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    へるはうんず

    供養:すけべ
    自主練:自カプ

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    へるはうんず

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    天使悪魔ぱろ
    ソロネとメフィスト
    むかしむかしのおはなしと

    Once upon a name部屋には紙の匂いが充満している。この匂いは嫌いではない。
    本棚に所狭しと並べられた本。天界で編纂されたものもあれば、魔界で編纂されたものや、下界で出版されたものまで揃っている。ちょっとした図書館くらいの蔵書はあるはずだ。
    ここで本を読むのが最近の時間の潰し方だった。どこに行っても一日中眩しいこの世界では、そこら辺をふらふら散歩する気にもならない。かと言って眠りこけるのも味気がなく、定番の読書に落ち着くのは当然といえば当然。

    「ここにいたか」

    どこかへ出かけていた家主が帰ってくる。
    ひと月ほど前に私をこの世界へ連れてきて、いとも容易く手綱を握ったこの天使。もう何も言うまい。
    私で一通り好きに遊んだ後、天使は私を牢から出して屋敷に招いた。私に逃げるつもりがないことを知って「ならばこちらの方が過ごしやすいだろう」と部屋を一つ与えた。
    この天使のすることだった。最初は当然警戒したが、何もなかった。あれは必要以上に私に干渉してこようとはしなかった。

    「また本を読んでいたのか、飽きないな」
    「これくらいしかすることがないので」

    天界には魔界や下界のように多彩な娯楽はない。本も娯楽のためというより、事実を書き記しておくための記録書としての面が強い。だから天界の本はあまり読まず、魔界や下界の本ばかり選んで読んでいた。
    別に天界のことに興味がないというわけではない。私は何でも知りたがる質だし、見聞を広げることは価値あることだ。しかしこの天使の境遇を筆頭に、私は想像よりもはるかに知らないことが多い。
    新しいことを知るというのは、面白い反面怖いことでもある。出来ればこれ以上調子を崩されたくなかった。

    「貴方こそ、老いぼれというにはよく出かけますね」
    「あぁ、最近は専ら魔界へ行くばかりだ」

    襟の長い上着を脱いでソファに深く座る。
    この天使は全て見通している。私が、どちらかというと自分からはあまり聞きたがらないのを理解し、彼もまたひけらかすことはせず、そのうえで私が自分から聞くのを待っている。本当に人の扱いが上手くて嫌になる。
    しかし私がこれからこの天使の元で過ごすとなると、少なくとも彼についてのことは遅かれ早かれ知ることになる。先延ばしにする理由も大してない。

    「…あの、貴方について教えてくれませんか」
    「ん?」
    「一方的に見透かされるのはやはり癪に障るので。フェアじゃないでしょう」

    私も本を閉じて向かいのソファに座る。座りつぶされていない固めの座面が少し冷たい。
    天使は足を組んでちらとこちらを見た。爛と光る金色と視線が交わると、いつも背筋が震える。まだこの天使のことを警戒している自分がいる。

    「ふむ、そうだな…といっても何から話すべきか」
    「手っ取り早く、聖戦争のことを聞いた方がいいですか」
    「…まあ、俺のことを話すなら、切れない話題ではあるからな」

    天使は真後ろの本棚から分厚い本を一冊取り出して、適当なページを開く。

    「魔界では聖戦争について、どのように伝わっている?」
    「一万年ほど前にあったとされる伝説の戦争で、天使と悪魔が互いの覇権を巡って争い合ったと。伝説としても知っているのは一部の王族だけで、事実と信じるものは当然いません」
    「なるほど」

    ページをめくる音だけが暫く続いた。

    「…楽園のことは知っているか?」
    「楽園?いえ、聞き覚えはありませんね」
    「天界と魔界は、かつてこの楽園という一つの大地だった」


    ***

    楽園には“善”と“悪”が住んでいた。双方は互いの関係を練ることで、人間にどのような機構を備えるべきか、人間がどのような可能性を孕むのか、それを見定めていた。
    楽園は人間をより繊細に作るための箱庭のようなものだった。
    ある日“善”と“悪”は「愛とは何か」について揉めていた。“善”は愛を「得ること」と言い、“悪”は愛を「喪うこと」と言った。“善”と“悪”は全く反対の属性をもっていた。だから常に互いの意見が衝突するのは当然のことだった。
    しかしその日は互いに主張を折ることはなかった。言い争いは次第に激化し、どちらともなく火蓋を切った。
    長い争いで大地は疲弊し、空気は枯れた。それでも互いを理解することが出来なかった“善”と“悪”は、大地を二分してそれぞれの世界を開闢した。

    「それが天界と魔界、というわけですか」
    「そうだ」

    それぞれの世界を得た“善”と“悪”は、先導者となる存在を作り上げた。“善”の象徴たる神と、“悪”の象徴たる魔王。者々は先導者に争いを勝利に導くよう希った。だが神も魔王もあまり気乗りしていなかった。なにせ皆に諭されて先導者にさせられたのだ。結果神は“善”からより多くの神を選び取り権力を分散させ、魔王は“悪”に何もしないよう言いつけた。
    その頃、“善”には天使、“悪”には悪魔としての姿が与えられた。

    「原初の神と原初の魔王は、後の時代で“Origin”と呼ばれたそうだな」
    「…貴方…原初の神だったんですか…」
    「まぁそう気を急くな、話はここからだ」

    俺は諍いの行く末にはこれっぽっちも興味がなかった。馬鹿馬鹿しいと思ってすらいた。だから神殿に籠って、しかし知らん顔をするわけにもいかず、結果神々から輝きを受けて天使を生むための苗床になった。そうあれと周りが言ったからだ。
    神々は、天使たちを戦いへ先導した。それに対して原初の魔王は、守りの為の力を悪魔に授け、決して自ら天使にけしかけるようなことはしなかった。
    けれど、魔王も所詮少し力の強い悪魔だった。力と恐怖と怒りに身を任せた悪魔達は、多勢の天使たちを圧倒的な力でねじ伏せ、殺した。まだ世界開闢からあまり時間が経っていなかった当時、生まれたての彼らに光と闇や輝きと陰のような概念は淡く、天使も悪魔も死ぬしかなかった。魔王も、それを止められなかったのだ。

    「皆、もうその頃には何のために戦っているのか、きっと分からなくなっていただろう」
    「…」

    あの時の俺は全てに対して興味を持たな過ぎた。俺が生んだ天使たちが生まれた理由も知らされず、死ぬために地の底へ赴き、恐怖を感じる間もなくその身を散らしていると知ったのは、世界開闢から三千年が経ったころだった。
    俺は自分のしたことを後悔した。死ぬために生まれた天使たち、多勢に力を振るうしかなかった悪魔たち、勝利に目が眩んだ神々。この状況を生んだのは俺だった。俺は責任を取らなければならなかった。

    「…俺は殺した。天使を、悪魔を、神々を。あの時争いを引き起こしていたもの全てを、この手で破壊した。もしあの時皆誰しもが、自らの信じる秩序のために戦っていたのだとしたら、俺は真なる混沌となる覚悟さえあった」
    「…どうなったのですか、そのあと」
    「俺も死ぬつもりだったんだがな…ふ、逃げるなと言われてしまった」
    「…魔王に、ですか」
    「あぁ」

    魔王は、力を持ちながらそれを傍観した俺と、力が無いが故に争いを止められなかった自分、そのどちらにも責任があるといった。魔王は持ち得る力の全てを使って魔界の裏に世界を造り、そこに死した悪魔と天使、そして神々の墓地を作った。
    これから先の命たちが同じ過ちを繰り返さぬよう、俺は神と魔王のための枷を造った。天から総てを見定める聖門と、地から総てを見定める幻狼だ。
    魔王は再び少数の悪魔を生み、一人の子に次期魔王を任せ、獄たる裏世界で墓守となった。俺は少数の神と天使を生み、神の座を降りた。


    ***


    「それからは、もうお前たちの知る通りだ」
    「…なるほど」

    想像以上に壮大な話だった。いつの間にか部屋が薄暗くなっている。今日は週に一度の夜の日だったらしい。
    天使は本を閉じ、本棚の元あった場所へ戻す。

    「“善”たる天使は本来欲を知らない。潔癖なまでの理性ともいえるだろうな」
    「悪魔とは真逆ですね」
    「だが俺は欲を持たないが故にあの惨劇を起こした。故に俺は欲を識り、欲を認め、欲を語る。天使たちが読みものだけ人一倍するのは、智という欲が何にも勝って重要だからだ。識らないというのは恐ろしい」

    暗い空に眩しい恒星が昇っていた。町並みは明るいが、それでもいつもより幾分か落ち着きがある。魔界の晴れの夜に近いものがあった。

    「知らない方が良いこともあるだろう。でも、それがその先続いていく世にとって良いかどうかは、今いるものたちが見極めねばいけない」
    「…どちらか一方では、いけないということですね」
    「愛も、そういうものだったのかもしれないな」

    天使はソファから立ち上がりぐっと背伸びをする。私がそれを仰ぎ見ると、酷く穏やかな顔で笑った。

    「さて、俺に関しての話はこれくらいでいいか」
    「…今日はいいとしましょう」
    「何だ、まだ聞きたいことがあるのか?」

    美しい顔に影が落ちる。今は目を逸らすことなく、その顔を直視できた。

    「次は天使の貴方の話を聞かせてください。そっちの方が期間も長いですし、第一私にとっての貴方は、老いぼれ天使ソロネですから」
    「………ふ、悪魔にはつまらないかもしれないが…そうだな、次はそうしよう」

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