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    伊坂台

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    伊坂台

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    エルデとプルソンの謎現パロホラー

    1日目夜

     おれは家に帰ってきた。おれの家は戸建てではない。でも、マンションかアパートかと聞かれるとよくわからない、絶妙な建物に住んでいる。つい最近、一階の入口がオートロックになって、鍵が一本増えた。鍵のタグかと見間違えそうなプラスチックの電子キーを、ピピ!っとやらないと家に入れなくなった。このピピを家に忘れるのをここ最近で2、3回はやった。3回目で、なぜ今までの玄関の鍵と一緒に括り付けておかないのか、父さんに聞かれて、その手があった!と思った。だから昨日からはスムーズに家に入れている。今日もピピをした。オートロックがついてるということは、うちはマンションだろうか。5階までしかないのはアパートっぽいけど。
     エレベーターはある。それを通り過ぎて突き当たり、階段で3階まで上がった。おれはおじいちゃんではないので、階段で上がる。見慣れたドアまで来て、見慣れた方の鍵で開けた。
     ただいま、母さん。母さんはおれを見て驚く。無理もない。おれはこんな夜遅くに帰ってきた上に、すってんてんに汚れていた!母さんに謝ってから、すぐに風呂に入ると言った。風呂は冷めているらしいが、シャワーで入るのでかまわないと伝えた。とにかく汚れを落として、体育祭で作ったクラスのTシャツと短パンに着替えて、寝たい一心だった。風呂直通の洗面所までダッシュで行って、服を全部脱ごうとして、やめる。鏡に写った自分があまりに汚れていたから、このままシャワー浴びたほうがいいかもしれない、と思った。母さんの洗濯の手間を減らしながら、服を着たまま風呂に入るという経験ができるのは、すごい。発明だ。母さんに見られたら絶対に何か言われるのは分かっていたので、開けっぱなしになっていた脱衣所のドアを、親に着替えを見られたくない思春期を装いつつ閉めてから、着替えているような間を置いて、風呂に入った。巧妙な手口だ!
     
     体を洗うタオルを忘れた。半年に一回くらいの頻度で忘れる。今日はいいことを思いついてしまったから、その弾みもあって勢いよく忘れたのだと思う。服ごとシャワーを浴びてから風呂の中で服を脱いで、そのあとは普通に裸でシャワーを浴びたいので、タオルを取りに脱衣所に戻ろうとした。ドアが開かない。
     風呂の内鍵を自分でかけることは基本的にない。小学生のころ、冬休みの宿題の書き初めを、墨汁をこぼしてもいいように風呂場でやっていたときには集中したくて鍵をかけたけど、記憶ではそれくらいしかない。どういうことだ。
     気が動転してしばらくノブをガチャガチャやっていた。でも、考えてみれば、内鍵ということは、内に鍵があるから、こっちから開けられるんじゃないか。
     なかった。内鍵の部分が忽然と消えていた。
     じゃあ逆にドアの向こうに内鍵があるのか。おれは混乱を極めたが、深呼吸をしてとりあえず小康状態になった。ドアの裏表が入れ替わるわけがない。自分で風呂に入ってドアが開かないはずはないし、内鍵が消えるわけもない。落ち着いてもう一度ドアノブを見つめた。が、やはり何もなかった。それどころか、磨りガラス風のドアの向こうに誰かがいた。背丈からして母さんには見えない。父さんは明日も仕事だから寝ているはずだ。正体を確かめるには相手が遠い。ぼんやりとした輪郭しか見えなかった。急激に、世界が怪談じみてきて困惑した。とても不可解だ。不可解なことに苛立ちはあるが、不思議と危機感とか恐怖はあまり感じない。
     おれを閉じ込めているのは、ドアの向こうの人なのか。あの、と声をかけたが返事はなかった。立っている以上意識はあるんだろうから、無視されたんだ。おれは、とりあえず頭を冷やすためにも、目下の目的であったシャワーを浴びることにした。冷水のまま浴びた。服に染み込んだ血がだんだん薄くなっていった。血はついたばかりだから、比較的落ちやすかった。着衣シャワーは、着衣泳と違って、面白くもなんともない。冷えた頭で、外鍵の風呂ってなんだよ、と考えていた。風呂の外にいる誰かのことは、どうしてもそんなに気にならなかった。

    2日目夜

     ドアは開かない。ドアの向こうにいたらしい人が、今度は空の湯船の中にいる。どうしてドアの向こうの人を、目の前にいる人だと思ってるのかはおれ自身もよく分からない。でも、そういう勘はよく当たるほうだ。その人は死んでいるように見えたので、おれは息を確認した。緩く浅く息があった。うなだれて死んでいるみたいな格好は、うちの親戚のあつまりにやってくる、おれとどういう血縁なのかよくわからないおじさんが酔い潰れたときに似ている。でも、この人は謎のおじさんのように酒臭くはない。代わりに錆びた金属みたいな匂いがした。話しかけても返事がない。そして、風呂から出られない。シャワーを浴び終わった後はやることがなかった。シャワーと湯船と桶と家族共用のシャンプー、母親が使っているリンス、風呂用洗剤、のラベルの成分表示まで読んだが、それでもやることがない。このまま個室に閉じ込められ続けたらおれはどうなるだろう。何もない場所では、人間の精神は72時間しか持たないとかなんとか聞いたことがある。おれは、暇を潰すため、いかに酔っ払った人が面倒なのかと、おれの将来酒を飲まないという決意を、よく分からない人に一方的に熱く語っておいた。とにかく返事はなかった。

    3日目夜

     ドアはびくともしない。先輩ならタックルでドアを破ったりできるんだろうか。先輩は、おれの2つ上なのに身長が190くらいあって、とても怖い顔をしている。見た目だけでなく口調も荒々しいが、かなりの頻度で捨て犬を助けたり捨て猫を助けたりしている。あと、断っているのにすごく奢ってくる。優しい人だ。きっとあの人には、見捨てたら罪悪感があるからとか、そういう他人に親切にする理由なんて一切なくて、とにかく優しい人なんだと思う。おれもそうなりたいな。
     そして湯船の中には、というより風呂の部屋全体にまたがって、例の人ではなく、めちゃくちゃでかい金属のオブジェがあった。美術館とか、都会の駅前とかにありそうだ。腕を模しているのはわかる。肘の上が湯船の底から生えていて、今にもおれを掴もうとしているような指の開きをしている。よく観察すると、ところどころロボットじみていて、カッコいいかもしれない。オブジェにしては、構造が実用的、実戦的な感じがする。そこが、アツい。
     とても熱い。風呂が暑いのは当たり前だけど、今はやけどしそうなほど熱い。くぐもってきた視界の中で変なオブジェを見ると、内部に溶岩が流れているのが見えてきた。手のひらから下へ、腕の方へゆっくりと垂れていく。間の悪いことに今日は湯船に水が張ってあって、すごい音を立てて水が蒸発している。火砕流ってこんな感じだろうか。ポンペイのことを思い出した。ヴェスヴィオ火山が噴火して埋もれた都市の名前だったはずだ。おれもこの間抜けなポーズが空洞になって未来の人に発掘されたりするんだろうか。母さんと父さんは無事だろうか。死ぬときって、こんなことを考えていられる時間があるものなんだ。いわゆる走馬灯か。こんな走馬灯嫌だなあ。全然まだ死にたくない。誰の役にも立ってない。

    4日目夜

     ドアは開かない。おれは生きている。湯船に例の人が戻っていた。今日はきちんと立っていて、俺よりまあまあデカくてガタイのいい人だとわかった。こっちを見ている。あと、なにかを言っている。この狭い空間でなにを言ってるのか聞き取れないのはシャワーの音がうるさいからだ。全開にしたってここまで大量の水は出てこないはずだ。激しく地面を打つような硬い音が、バシャバシャと水面を打つ音に変わった。排水口から出て行く水の量をシャワーがブッ放す水の量が超えて、水位が上がっていた。もうおれの足首くらいまでは溜まっている。こんなに景気のいい壊れ方ってあるんだ!と感心した。
     おれは、目の前の人のこともシャワーのこともそれ以上あまり考えてなくて、今日歯を磨くのを忘れたかもしれないということを考えていた。学校の健康診断でも引っかかったことがないくらい、おれは虫歯にならないので、虫歯に関しては大丈夫だと思う。虫歯にならない人は歯が強いというよりよだれの質が良いらしい、とミxxxに話したら、なにかツボに入ったらしく、おまえのよだれ最強じゃん!と3日くらい言われ続けたのを思い出して、腹が立ってきた。あいつにはたしか銀歯があったはずだ。虫歯になるより涎が最強のほうがよっぽどいいだろ。
     目の前の例の人が、怒りだした、ように見える。おれと一緒に怒ってくれているのか、それとも、おれが話を聞いてないのにキレているのか、分からない。

    5日目夜

     ドアが開かないかどうかは確かめていない。湯船に何かあるかどうかもわからない!おれは風呂場で例の人に首根っこを掴まれていた。ちょっと浮いていた。しばらくそのままで苦しかったが、例の人は手首が疲れたのか、おれを放した。おれは少しよろめいて壁に手をついた。例の人はどう考えても怒っていた。でも、相変わらず何言ってるか分からない。今日はシャワーが壊れているわけでもないから、とても静かなのに、何も聞こえない。例の人は、おれのシャツを掴んだりして凄みながら、ずっと口パクをしている。例の人は俺が無視していると思っているだろうが、違う。あなたが喋ってないんですよ!と、おれは指摘してみた。だって壁に手をついたり、水がしたたる音は聞こえるんだから、おれの耳がどうかしているわけでもない。それなのに、ずっとおれをここに閉じ込めて、なんなんだこの人は……。おれは、あなたずっと口パクしてますよ、何も聞こえないです、と必死に伝え続ける。
     おれが黙ったらまた静かになった。例の人は諦めたように、力無く湯船のふちに腰かけた。諦めるも何も。挑んでもなくないですか。いや挑んでるのかもしれないけど。なんなんですか。おれはむくれた。例の人は頭を抱えて口パクで何かをぼやいている。おれは、暇になった。今日はなにを考えようか。ふと、おれは風呂場のでかい鏡を見た。シャワーを浴びていないから血塗れのおれと、よく見ていないから分からなかったが、例の人が同じように血塗れで、鏡に写っていた。
     その人の顔と、俺の顔。同じだった。そのとき、鍵が開いたみたいに、当たりの空気が襟を正して整って、道を開けた。風呂の天井の換気扇から例の人、もといおれの声が響いた。ようやく、この人が何を言ってるのか分かった。内容はよく分からないが、聞き取れた。メギドって、何だろうか。
     おれとそっくりな例の人は、おれを真っ直ぐ見据えていた。このときを待ち侘びていたようだった。おれが声を聞き取るのを待っていたようだった。おれと同じ色の目の奥が、ぐちゃぐちゃで、底なしで、怖かった。怒っている人の目だ。この人は、どのくらい長い間おれを待ってたんだろうか。どのくらい長い間怒ってるんだろうか。何を、されたんだろうか。人が怒るなら、何か嫌なことがあったんだろうけど、おれは嫌なことがあっても結構すぐ忘れてしまうから、怒り続けるこの人の気持ちがちゃんと分かるだろうか。
     そっくりさんが口を開いた。
     
     6日目、朝、目を覚ました。6日前から見始めた変な夢は、日に日に詳細に、鮮烈になっている。
     そっくりさんが喋ったことをおれは完全には覚えていない。夢は夢か。最近部活で疲れて、眠りが浅くなっているだけか。あれはおれの脳が休む片手間に作り出した、ランダムな映像か。脳ってすごいな。だけど、メギドっていうのはなんだ。それもおれが寝ぼけて作った言葉なのか。
     そんなわけはない、と思った。「メギド」という言葉の響きと、夢で見たおれのそっくりさんの瞳と、あの人のからだにこびりついた血の質量が、あくまで夢だという合理的な結論を、大きなからだで踏み潰した。確かに、現実にはおれの鍵は一本しかないし、おれの家はオートロックになってないし、全然アパートだと思う。そしておれは服を着たまま風呂に入ったりしないし、まして人を殺したりしないから、血みどろになることもない。それは正しくない。でも、おれを見ていたちょっと錆びた金属臭い人は、確かに存在した。死ぬかと思ったけど、カッコいいロボットの腕も存在した!
     あの人は夢を使って、確かに、後ろ手にバトンを渡してきた。ここにくるまでに、おれが全く知らない辺境の、とても長くて歪な道を走ってきたのだと思う。バトンは血が滲んで、錆びて、変形していた。おれはそれを手繰って、掴まないといけない。あの人の役に立てるのはおれしかいない。
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