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    ローニン男主夢。not刀。長州藩士男主の主高にしたいと思っている。まだその気配は薄い。原作前の萩、明倫館、高15歳くらい。当然捏造しかない。

    眠らぬ川蝉01「塩を溶かした水です。飲めますか?」
     隙間風のような掠れ声だった。
     掲げられた竹製の吸い筒に力の入らない手を伸ばす。吸い筒を握る男の右手に指先で触れると、飲み口がそっと唇に触れ、ゆっくりと傾けられた。少しずつ口内に流れてくる水が舌の上を転がり、喉を鳴らせば胸の方までするすると落ちていくのが分かる気がする。
     水は僅かに甘く、渇いた身体に染み渡っていくようで、その甘露を味わうことしか考えられない。吸い筒に伸ばしていたはずの自身の手がいつの間にか投げ出されていたことにも気付かず、高杉はしばし与えられるがまま、こくこくと喉を鳴らして水を飲んでいた。
    「水、汲んできたぞ」
    「ありがとう。この手拭い濡らしてくれ」
    「……おぬし、これで汗を拭っておったじゃろう」
    「緊急事態だ、それくらい許されよう。俺は首と胸を拭くから、お前は脚を拭いて差し上げてくれ。――水、一旦失礼しますよ」
     声とともに飲み口を遠ざけられ、追おうと思いはしたものの、どうにも頭が重い。諦めて男の胸に頭を預けたままぼんやりしていると、濡れた手拭いで首筋を撫でられ、くすぐったさに思わず身じろいだ。
    「衿元、少し緩めますよ」
    「ん……」
     稽古着の衿をぐいと引っ張られた。ぼんやりした意識の中でも僅かに抵抗感を覚えたが、衿元から差し込まれた男の手が、冷たく濡れた手拭いで両脇と胸板を丁寧に拭っていくのが心地良く、されるに任せる。脚も袴を捲り上げられ、同様に処置されているらしく、ひんやりと気持ち良かった。
    「扇子持ってるか」
    「おう」
    「袴の中に風を送って差し上げてくれ。本当は全部脱がせて体幹を冷やしたいが」
    「できるか阿呆」
    「……ああ。必要な処置とは思うが、この方の場合、俺達が血迷ったと思われかねん」
     熱の籠る身体を冷ますように、袴の中の脚と寛げた衿元に向けて風が送られる。ぱたぱたと忙しなく扇子を仰ぐ腕の振動が、凭れかかった男の胸を通して高杉の身体にもゆるやかに伝わってくる。母が小さな妹を寝かしつけるときに、肩を優しくとんとん叩いているのを見たことがあるが、きっと妹はこんな心地なのだろうなと高杉は瞼を閉じながら思った。
     冷たく湿った手拭いが額にぺたりと載せられ、雫が鼻筋の横を伝い落ち、唇のあわいに入り込む。ふと水がまた飲みたいと感じ、高杉は薄っすらとだけ目を開いた。
     高杉の上半身を背後から支える男の立てられた両膝と、槍術場の畳が視界に入る。まだ力の入らない手でその膝をちょんと小突くと、こちらを窺うような気配を感じたため、少し口を開けて無言のままに水を強請った。意図は過たず通じ、吸い筒の飲み口が近づけられる。流れてくる水はやはり甘く、夢中になって飲み干していく。
    「……随分喉が渇いておるようじゃな」
    「この暑さだ、稽古で汗を流しすぎて身体の中の水が足りないんだろう」
    「内藤殿に、稽古中に水を飲むことを義務付けるよう進言したほうが良いかもしれん」
    「それがいい。……ああ、大丈夫ですよ、水ならまだございます」
     やがて水が流れてこなくなり、もうなくなってしまったのかと未練がましく飲み口を舐めていると、それに気付いた男が新たに竹の吸い筒を取り出し、高杉の目の前で栓を抜いた。近づいてくる飲み口にちゅうと吸いつくと、少し焦れったく思うほどゆっくりと筒が傾き、口内に甘露が流れてくる。
    「少しぬるくなったか。すまんがもう一度濡らしてくれ。絞るのは水が滴らない程度で」
    「着物が濡れんか?」
    「どうせ稽古着だし構わんだろう。水気が肌に残っていたほうが、仰いだとき涼しい」
     額に載せられた手拭いが取り上げられ、その行方を目で追う。脚を拭っていた男の手へ渡り、再び桶の水に浸されて絞られる。水の滴る音が耳に涼しい。濡れた前髪を指で分けられ、額に再び冷たく湿った手拭いが載せられる。
     右手を持ち上げ、吸い筒を支える男の手首を少し押すと、抵抗もなく離れていった。少し中身の残るそれを畳に置くと、男は手拭いを手に取る。またも衿元に手を突っ込まれるが、最早抵抗する気も起きない。
     冷たい井戸水で濡らされた皮膚に扇子で風を送られ、心地良さにうっとりと溜息が出た。屋根で日が遮られる稽古場の空気は外気よりも冷たいらしく、鼻腔から吸い込むと、熱に浮かされた頭が少し冴える感覚があり、しばらく深呼吸に専念する。
     その間も背凭れとなっている男は忙しくぱたぱたと扇子で扇ぎ続け、時折手拭いを水桶に浸して絞っては、高杉の身体を拭った。脚ももう一人の男が同じように濡らし、扇ぎ、二人がかりで身体を冷やされてしばし、ようやく高杉の明晰な頭脳が働きを取り戻しはじめた。
    「……あんたがた、ここの手子役だよな」
    「はっ」
     高杉を背後から支える男の顔は体勢を変えなければ見えないが、脚を拭っていた男は目を動かせば確認できた。藩校に通っている中で幾度となく視界の端で見た覚えのある顔で、藩校明倫館で雑用を熟している下級役人の青年だった。年の頃は高杉自身とそう変わらず十五、六歳といったところで、気安い口調から背後の男も同じようなものだろう。
     高杉の視線を受けると、脚に扇子で風を送っていた生ねんは一旦扇子を置くと、姿勢を正して一礼した。その後すぐに扇子で扇ぎだすので何とも締まらないが、未だ高杉の身体は涼を求めており、その無作法をむしろ好意的に受け取った。そのためだろうか、自身でも驚くほどするりと詫びの言葉が口から零れた。
    「すまない……手間を取らせたな。俺はもしや、霍乱を患いかけていたのか?」
    「恐らく、そうではないかと」
     そのように返答したのは背凭れにしている男のほうで、頭上からやや感情の薄い掠れ声が落ちてきた。初冬の骨身に染みる隙間風のような、肌寒さを連想させる声質だ。
     しかし意識が朦朧としている間に受けた献身的な態度を、高杉は覚えている。
    「先程お尋ねした際、頭痛と吐き気がおありだと仰っていましたが、今はいかがですか?」
    「頭痛はまだあるが、吐き気は大分治まった」
    「それは、ようございました」
     話している今も、忙しない動きで風を送る男の右手を見る。声に感情が乗らないだけで、高杉を案ずる心は十二分に伝わってきた。
    「悪いが、もう少しこのままで居させてくれ。今立ち上がると、また目が眩みそうだ……」
    「承知しました」
     気怠い身体を起こす気になれず、背凭れにしている男が文句の一つも言わぬのを良いことに、高杉は手子役の男に上半身を預けたまま、ここに至るまでの流れを思い返した。
     明倫館の敷地内にあるこの稽古場で、剣術師範の内藤作兵衛から稽古を受けていた。今日はいつになく日が照り、息を吸うたびに熱気が身体を火照らせるような心地で、稽古場は門下生たちの流した汗と熱気で茹だるような暑さだった。稽古が終わり、他の門下生が三々五々散っていく中、頭痛と吐き気と眩暈を覚えた高杉は稽古場の壁に凭れ、それらが遠のくのを待っていた。振り返れば我慢するのではなく助けを求めたほうが良かったのだと分かるが、そのときは長時間座学に励んだ後立ち上がった際、稀に感じる眩暈と似たようなものかと思ってしまったのである。
     壁に縋りつく高杉が居る稽古場に手子役の青年たちが訪れ、様子がおかしいことに気付いた一方に体調を確認する質問をいくつかされたかと思えば、二名の青年たちに肩を支えられ、剣術場の板の間から畳張りの槍術場へ移動させられ、有無を言わさず横たえられた。気力だけで立っていたようなものだったので、そうなるともう動けず、されるがまま世話を焼かれていたわけである。
     やや強引な対処ではあったが、こうして今は体調も良くなってきている。あのまま一人であれば失神していたかもしれず、通りすがった二名の青年には感謝せねばなるまい。
     そして、当番中の手子役が用もなく稽古場に来るわけもないことにはたと気付き、高杉は気まずい思いで口を開いた。
    「……あんたがた、きっと用向きの途中だったんだろう。すまん……あんたがたの上役には俺から説明したい」
     開け放たれた稽古場の戸口から見える空はまだ明るいが、恐らく稽古が終わった昼八ツから半刻は経っているように思う。当番中の手子役たちを拘束していたことに今更思い至る。霍乱を患いかけていた高杉の身体を冷やしてくれていた者たちが、上役に叱責されないよう事情を説明してやらねばなるまい。
     眉を下げた高杉の気遣いに、涼やかな風のような声が「ご心配なく」と囁いた。
    「上役には、そちらの山縣から委細報告申し上げております」
     その言葉に、高杉の袴の中にぱたぱたと扇子で風を送っている山縣という青年に視線を移せば、生真面目な面持ちで「高杉殿の回復を確認したのち、我々のいずれかでご自宅までお送りするよう申し付けられております」と告げられ、思わず口端に笑みが滲んだ。
    「ふふ、抜け目のないことだ。……だがまあ後日、一言礼は伝えておくさ。随分と手厚くしてもらったようだからな。そうでもしないと気が収まらん」
    「痛み入ります」


     その後しばし、他愛ない雑談をした。明倫館の手子役は多くが武士の中で最も家格が低い中間の家柄ということは高杉も知っている。高杉家は長州藩の中で一門、永代家老、寄組に次ぐ家格で、毛利家に三百年仕えた名家であり、その嫡子である高杉からすれば、士席に名を連ねることもない軽卒と話す機会など滅多になく、物珍しさがあった。
    「……随分涼しくなってきた。もう大丈夫そうだ」
     身体には未だ怠さが残っていたが、いい加減付き合わせるのも悪いと感じ、高杉はそう言いながらゆっくりと立ち上がった。やや眩暈があったものの、背後の男が合わせて立ち上がりながら高杉の背を支えており、倒れるまでは至らない。
    「わしは片付けと報告をしておくから、おぬしは高杉殿をお見送りせい」
    「承った。……高杉殿、眩暈などはございませんか? 体調がよろしくないようであれば、僭越ながら私が背負いましょう」
     山縣何某は水桶を軽々と持ち上げると足早に去った。何度か瞬きをしているうちに眩暈も収まり、高杉は残った手子役の提案に「自分で歩ける」と返答しながら背後を振り返り、そこで初めて男の顔を目に映した。
     思いの外、高い位置に顔があった。
    「……あんた、いくつだ?」
    「十六です」
    「へえ。年の割に背が高い」
     唐突な質問を口にする高杉を見下ろす瞳は、重たげな瞼に半分隠れてどこか茫洋としている。左目の涙袋にぽつりと人懐こそうな黒子があるが、それを帳消しにするような厭世の色が滲んだ、陰鬱そうな顔立ちをしていた。
    「当番は面白いか? それともつまらんのか?」
    「……慣れてしまえば同じことの繰り返しですから、どちらかと言えば退屈ですね」
     好奇心のままに尋ねると、青年は僅かに片眉を上げつつも率直に答えた。歯に衣を着せぬ物言いだ、存外面白い輩かもしれぬと高杉は笑みを噛み殺した。何気ない様子を装いながら土間に向かい、草履を突っかけた。
    「だろうな。あんた、生きるのに飽いたような顔をしてるぜ」
    「……萩での暮らしには、あまり刺激はございませぬゆえ、多少なりとも退屈に思います」
    「ほう? その言い方、外に興味があるのかい。どこか行きたいところでも?」
     問いかけながら稽古場を出る。昼頃の刺すような陽光は和らぎ、ゆったりとした歩調で帰路に着く分には、それほど汗は流れまい。とは言え暑いことには変わらず、つい手で顔を扇いだ。すかさず手子役の青年が「お使いください」と扇子を差し出したので、礼を述べつつ受け取る。優しいというか、目端が利く軽卒である。こういった細やかさは手子役としては重宝されるであろうし、傍に置いておきたくなる。
     広げた扇子は柿渋色であった。こういう小物選び一つとっても、為人が表れるものだ。実用性重視とも取れるが、経年での変化を楽しむ奥深さもある。この男はどちらだろうか。
    「行きたいところ、ですか。強いて言うならば……蘭国ですかね」
     考え込みながら扇子で顔に風を送っていたせいもあるが、あまりにも想定から外れた返答に、高杉は些か面食らった。
     驚きに一瞬だけ歩を止めるが、それに気付かず青年は前を向いたまま歩いて話を続ける。
    「欧州では羽毛を詰めた布団があるらしいのですが、非常に軽くて暖かいのだとか。羽毛を買い付けて、綿の代わりに羽織に入れたいものです」
     急ぎ足で青年の隣に追いついて横顔を伺うが、至って平然とした様子だ。変わらず退屈そうな、茫洋とした目つきで道の先を見据えて、しかし口にするのは江戸や京ではなく、蘭国なのだ。手子役の仕事を熟すだけのつまらぬ男かと思ったら、とんだ変わり種である。
    「……蘭国に行ってまで求めるのが、温かい羽織か。しかもこんな真夏に綿入れの話……」
    「冷えは万病の元ですよ、高杉殿」
    「はははっ」
     態々視線を寄こしてしかつめらしい顔で言う手子役に、思わず声を上げて笑った。
    「いやあ、そうさな。冷えは万病の元、そのとおりだ。はっはっは」
     僅かに眉を寄せた青年の顔に「何が可笑しいのか皆目見当がつかぬ」と書かれているのを見て、高杉は更に笑った。その後、高杉家の門前に着くまでいくらか雑談を交わしたが、事ある毎に高杉が口端に笑みを滲ませるのに、青年は終始困惑した様子だった。
    「今日はご苦労だった。ここまで送らせてすまんな」
     萩城下の菊屋横町、藩主の住まいに程近い場所にある屋敷まで送らせたことに、僅かな罪悪感がある。確認したわけではないが、中間がこの近くに住めるはずもない。恐らく明倫館より南、川島や河添あたりの出であろうから、この後の帰路では随分な遠回りをさせることになるだろう。
    「お気になさらず。念のため、今日明日はご自宅で静養なさったほうがよろしいかと」
     手子役の小言めいた提言に、高杉は感情を露わに顔を顰める。
     青年の口から発される言葉は慇懃でありながら容赦というものがなく、剣術稽古がこのところ何よりも楽しい高杉にとっては不都合な正論だった。
    「う。……まあ、仕方あるまいな……」
    「気が進まぬご様子ですね」
    「お父様とお母様は心配性でな。俺のことをまだ十に届かん幼子だと思っている節がある。今日のことを話せば、一体どれほど床に縛りつけられるか分からん……」
     首を振ってわざとらしく嘆く高杉に、青年が「高杉殿は長男で唯一の男児ですから、いくら心配しても足りないのでしょう」とほのかに笑みを滲ませた声音で言った。
    「確かに昔は少し身体が弱かったが……今はそれなりに鍛えているんだから、そう心配する必要もなかろうに」
     自身の不服申し立てに賛同を得ようと青年の顔を見上げ、高杉は息を止めた。
     手子役は、静かな表情で高杉を見下ろしていた。
     眉は並行で、目は吊り上がっているわけでも垂れているわけでもなく、口角は上がりも下がりもしていない。声と同じで感情の伺えぬ造形をしている。その無表情はこの短時間で見慣れたはずだったが、どうしてか、気圧されるような違和感を放っている。
    「親は子を心配するものらしいですから」
     降り注ぐ光が柔らかにその顔に影を落とし、僅かに微笑んでいるようにすら見えた。
     見る者に解釈を委ねたような曖昧な表情は、仏像や孔子像のようで、どこか空恐ろしい。よく見ると右目の色が薄く、縮まった黒い瞳孔は野山の獣のように剣呑さを孕んでいるようにも思えた。
     恩人にそのようなことを感じる困惑を高杉は「そんなもんかね」と竦めた肩で覆い隠し、初対面の青年相手に相応しい問いを検討した上で、何気ない調子で問いかけた。
    「ところで……あんた、名は?」
    「ああ……、申し遅れました。杉山松芳と申します」
     左右で僅かに異なる色の瞳は、重たげな瞼で半分覆い隠され、茫洋としている。左目の涙袋にぽつりとある黒子は人懐こそうに見えるが、それで帳消しにできないほどの厭世の色を滲ませた顔の青年は、名乗りを上げた直後には別れの口上を述べ、一礼して去っていった。
     妙な印象の男だ。
     隙間風のように冷たい声で他人を気遣う。気遣い屋かと思えば厭世家で、そうかと思えば歯に衣着せず、外つ国に行きたいと言う。能面のような顔に分かりやすく困惑を映したかと思えば、静かな獣の目に気圧される。士族の嫡子に礼を尽くしたかと思えば、興味が失せたと言わんばかりにさっさと帰る。
     釈然としない思いで遠くの背中をしばし眺め、高杉も踵を返して屋敷の門を潜った。
     家族へ帰宅を告げ、自室で袴の紐を解こうとしたとき、そこに差してある柿渋色の扇子の存在に気付く。
    「……まあ、次に会ったときに返せば良いだろ」
     杉山が江戸へ旅立ったと聞くのは、その四日後のことだった。


    ■「能吏」山縣・杉山
     山縣有朋は吉田松陰に「気あり」と評され、杉山松芳は「才あり」と評された。
     両者は反りが合わず、頻繁に口論していたが、気が付くと傍に居た、と回顧録で伊藤博文が述べている。二人は隣家に生まれた幼馴染で、気が合わずとも家族のように傍に居るのが自然な間柄であり、互いの長所で互いの短所を補っていたのだろう。
     明倫館の手子役(雑用係)として勤務していた十五歳(数えで十六)のころ、二人揃って上司から「すこぶる能吏」と高い評価を受けていた。
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