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    hot_hot_water

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    hot_hot_water

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    「桜が散る少し前、小瓶が並ぶカレー屋で不意にペリカンが立っているのを見たという話をしてください。」という森見登i美彦みのすごいお題をガッと文字起こししてみた。
    ほぼペンギンハイiウェイやん…となってる。

    ペリカン その日も件のカレー屋にいた。
     窓際のよく陽の当たるテーブルは僕の特等席で、陽光の美しい日であった。


     学問への期待に胸躍らせて入学した大学での華々しき1年目は、僕の初心な期待を大きく裏切っていた。
    幼少の折より胸が痛むほどに憧れ続けていた物理学の第一人者たるかの教授は、第一学年向けの講義を一切受け持っていなかった。後にご本人から聞いたところによれば「一年坊主は嫌いだ」とのことであった。気難しい人なのだ。

     そういうわけで、1年目は膨大な時間を「一般教養」などと嘯く講義に充てなければならなかった。
    それらの講義に90分もの時間を費やすに足る含蓄があるとはついぞ1ミリも思えなかった。
    90分といえば1日の6パーセント、分母を活動時間にすれば(僕は1日のうち8時間を睡眠に当てるので)実に1日の約10パーセントだ。このように多くの時間を僕の貴重なうら若き青春に充てるべきではないと、うら若き僕は固い意志をもって断じたのだ。
    しかし僕の学友は皆石頭であった。
    「講義をフケるなんて不良のすることだよ、キミ」
    そんな風に僕を咎めた。
    その口ぶりはこまっしゃくれた子どものようで滑稽であった。
    「無意味な時間を見極められないなど、それこそ愚者のすることだよ、キミ」
    やはりこまっしゃくれた口調で僕はそう言った。

     皆は痛烈な嫌味を繰り返す僕を、それでも懲りずに講義に連れて行こうとした。
    故に講義ひとつフケるのも簡単ではなかった。
    古い紙の匂い立ち込める雄大な図書館や、草木の湿った青臭さの心地よい学内の森では誰かしらに見つかってしまい、両脇を抱えて講義室へ引きずっていかれるのが常であった。
    頭を悩ませた僕がついに見つけたのが、件のカレー屋だったのだ。
    そのカレー屋は大学の門を出たすぐ横の大きな駐輪場の、奥の奥の方に店を構えていた。
    駐輪場自体がひどく寂れていて、まず存在に気付く輩がいないのであろう。
    カレー屋はいつも閑散としていた。
    ではなぜ僕は見つけることができたのか?
    例によって学友たちから逃げていた折、たまたまターメリックの薫りを嗅ぎつけたのだ。

     授業をフケるにはまさに理想の地、オアシスであった。
    店はネパール人の男が一人で切り盛りしている風で、気の良い笑顔で水とおしぼりを僕の前に置き、注文を取り、厨房へと引っ込み、鍋をガシャガシャ言わせ、そして尋常でないサイズのナンと共にカレーを運んできた。
    味はそこそこといったところで、僕にはスパイスが効きすぎていた。

     僕はよく陽の当たるテーブル席に好んで座った。窓際にはスパイスの小瓶が並んでいた。
    あれは消費期限を切らしていたのであろうか。でなければあのように燦々と陽の光を浴びせる位置には置かないだろう。
    僕はとにかくその小瓶が気になった。
    絵にしか見えない文字の一つ一つを目で追いながら、カレーを口に含み、ナンを咀嚼した。
    秋になる頃にははたと「もしや右から読む言語なのでは?」と思いついたが、右から読んだところで何もわからなかった。


     季節は巡り、春が訪れた。
    オアシスを見つけたとて時折は学友に見つかって不毛極まりない講義に連行されていた僕はどうにか出席日数をクリアし、第二学年に上がろうとしていた。
    第二学年では、かの教授の授業を受けることができる。
    そのことが僕の胸を入学前以上に躍らせていた。
    しょうもないのひと言に尽きる一般教養のコマ数もぐんと減るので、ここに来ることも格段に減るだろうなと思いながら、僕はいつもの席からぼんやりと外の景色を眺めた。
    店の前には巨大な桜の木が植っていた。
    大木の影になってしまっていることも、このカレー屋が繁盛しない要因の一つであったと僕は思う。
    その日は風が強かった。
    天気予報では昨日だか一昨日だかに桜が満開を迎えたと言っていた。
    乗り捨てられたと見える自転車やぼろぼろの原付のサドルの所々にピンク色が散っていて、なるほど儚いものだなと頭の隅で思った。
    ゆらゆら、ゆらゆら。
    昼過ぎの暖かな陽光を受けて、花弁は舞っていた。
    何となしに目で追いながら、途中、視界がピンク色に染まっていることに気づいた。
    不審に思い瞬きを繰り返し、視界を広く取る。
    すると何事であろう、窓の外、数メートル離れたところで、ピンク色の大きな鳥が、立ち尽くしてこちらを伺っていた。
    追っていた花弁は鳥の頭の上に乗っていた。
    それを知ってか知らずか鳥は小さく身震いをして、花弁はまたひらひらと落ちていく。
    僕は唖然とした。
    唖然として、口が大きく開いていたように思う。
    鳥は僕を真似たのか、黄色く大きな嘴をがぱと開いた。
    思わずびくりと身構えたが、鳥は啼くことも暴れることもなく、かぽんと嘴を閉じた。
    「…あ、ペリカン」
    鳥の名前を思い出した。
    思い出したところで、この珍妙な光景が変わることはなかった。
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