The Marker of Jealousy (日本語版) 「メカボット、悪いんだけど洗濯物取り込むのお願いできるかしら」
「アマトは?」
「追試があるから勉強しなきゃいけないの」
俺はデストロイヤーロボットだ。決してお手伝いロボットではない。でもだからって洗濯物を取り込めないわけじゃないし、他ならぬカアサンの頼みだからな。
庭に出て、乾いた服をカゴに入れていく。ここコタヒリールは地球上ではかなり暑い地域のはずなのに、なんだって人間はこんなにたくさんの布を身につけなきゃなんないんだろう。黄色とオレンジのTシャツ、トウサンのズボン、青いパーカー、カアサンのスカーフ、黄色とオレンジのTシャツ、カーゴパンツ、黄色とオレンジのTシャツ、黄色とオレンジのTシャツ……。
「……あいつ同じ服持ちすぎだろ」
全部の洗濯物を持ち主別に3つのカゴに分けたけど、結局アマトの黄色とオレンジのTシャツは5枚あった。あいつ今何着てるっけ、確か黄色とオレンジのTシャツだったと思う。ってことは最低でも同じTシャツが6枚はあるってことか!?
「そんなにいい服か?これ」
何気なく、そのうちの一枚を手に取ってみる。癪に障るが、人間は大抵俺より大きくて、アマトも例外じゃない。両腕を通してみたけどブカブカだ。そのくせ頭を入れる穴は小さすぎて羽根が引っかかる。
「……んああ、やめだやめだ!」
こんなバランスの悪い服、俺には似合わねえや。誰かに見られる前に、慌ててカゴに脱ぎ捨てると、ちょうど胸んところについてる白いMの字が見えた。
……そういや、何でM?あいつのイニシャル、Aなのに。
カゴを持って部屋に入ると、アマトが椅子に背中を預けてぐうぐう眠っていた。追試のために勉強してんじゃなかったのかよ。カゴを置いて机の上のノートを覗いてみれば、くだらねえ数式が2、3行綴られてて、それだけ。早々に寝落ちてんじゃねえよ。
居眠り中のアマトは、やっぱりいつもの黄色とオレンジのTシャツを着ている。左胸にはMの文字。
……俺が思うに、このMってやっぱり、「メカボット」のMなんじゃないかと思う。
だってそうだろ?アマトにとってMで始まる大事なものっていったら、この俺メカボットに決まってるじゃねえか。いじらしい奴め。服に俺のイニシャル入れるぐらい俺のことを……。
わしゃわしゃと頭を撫でてやると、アマトが身を捩る。それからいつもに増して間抜けな声で、口元を「M」と発音する時の形にして唸る。
「……んむぅ……」
「何だよ、俺のこと呼ぼうとしてんのか?赤ん坊アマト、俺様はここにいるぜ?」
「……マーラ……宿題写さしてよ……頼む……」
……はぁ?
こいつ、マジか。夢ん中までマーラの宿題写してたらそりゃ落第もするわ。
……いや、問題はそこじゃねえ。この俺様を差し置いて。マーラの名前を呼びやがった!イニシャルがMといえばこのメカボット様だろうが!
俺の苛立ちなんか知ったこっちゃないアマトは、更にこんな寝言を言い出した。
「マスクマナはどこ……?」
「おいアマト!お前に二つ明確な事実を教えてやろう。第一に、マスクマナがこの場にいたとしてお前の宿題を手伝うことはない!第二に、イニシャルMは俺のモンだ!マスクマナなんかに渡してやるもんか!!」
俺は辛抱堪らずアマトの胸ぐらをつかむ。乱暴だって?知るか!こんなことしても目を覚まさねえアマトが悪いんだ!
ペン立てに乱雑に突っ込まれた中から油性ペンを一本引き抜く。左手でアマトの胸ぐらをつかんでるから、右手に持ったペンのキャップは口に咥えて外す。
「お前が誰のマスターなのか、しっかり教えてやんなきゃなんねえようだな……!!」
「おいメカボット!何だよこれ、お前が書いたんだろ!?」
洗濯物を片付け終えて、リビングでご褒美のカレーパイを頬張ってると、アマトがやかましい足音を立てて2階から降りてきた。
「やっと起きたかこのネボスケ」
「お前これ油性で書いただろ!イタズラにしてはタチが悪すぎるぞ!」
「イタズラ?失礼な、俺は地球のルールに則ってやったんだ」
そう返して、アマトの胸元の油性ペンの跡を指でなぞる。
「地球人は自分のものには名前書くんだろ?Mしか書いてなかったらマーラだかマスクマナだかマレーシアだかわかんねえからな、俺が書き足してやったんだ!」
アマトのTシャツに元々書いてあったMの横に、「ECHABOT」。我ながらなかなか上手く書けたと思う。
「このTシャツは僕のだろ!」
「Tシャツなんかどうでもいい、でもお前は俺のマスターだろっつってんだよ!お前にはそりゃーいっぱい知り合いがいる、良い奴も悪い奴も、でも忘れんなよ、お前は俺の!俺だけの!マスターなんだからな!!!!」
「……え?」
それまで俺のことを睨んでいたアマトが、急に目ん玉をまんまるくして、間の抜けた声を出す。
「……えーと……それで、僕に、メカボットの名前を書いたってこと……?」
アマトはしばらく油性ペンの跡を見てたけど、クスッと笑って、こっちに向き直った。
「まったく、これじゃ外に着ていけないじゃん。他のTシャツには書くなよ、これは寝巻きにする」
口調とは裏腹に、ニヤニヤと笑みを浮かべて、胸元を右手で大事そうに撫でて。
俺は何だか俺の「ナカミ」がむず痒くなるような感じがして、でもそれをアマトに察されるのは嫌だから、とりあえずカレーパイを頬張った。
「あっ、カレーパイ」
「やらねえぞ」
「けち!」