「 だから!俺はガキじゃねぇし!自分のことは自分でできるし!あんまガキ扱いしてベタベタすんなよな!」
……反抗期だろうか。
普段通り帰り道がいっしょになったので、普段通りいっしょに帰宅していたところ、突然目の前の小学生はそう言ってそっぽを向いた。何が気に障ったのかは正直わからない。
この年頃の子は難しいな、と思っていたところで、それが表情に出ていたらしくますますむくれられてしまった。
「 あっ!今ガキ扱いしただろ!ゲンのバーカバーカ!!!もう…………てやんねーからな!」
捲し立てられて、一部聞き漏らしてしまう。今、何と言ったのだろう。
「 えっ、何?」
それを聞き返したことが最後のスイッチになったようで。少年の表情が更に険しくなる。
「 ゲンのバカ!インチキマジシャン!もー口きいてやんねー!」
「 なっ!?……インチキなんてしてないからね!……わかった、じゃあ千空ちゃんとはもう口きかない。帰りも別にしよ」
中学生が小学生相手におとなげないとは思ったけれど、つい。
売り言葉に買い言葉をしてしまったら、互いにあとには引けなかった。
「 ほーん、そりゃせいせいするわ。あとで泣き入れたって知らねぇからな」
あまりにドヤ顔でそんな追い討ちをかけられたものだから、無言でつん、と顔を逸らしてしまう。
「 ……おい」
「 口きかないんでしょ」
それだけ言うと、黙ったまま千空を自宅に送り届けてマンションに戻った。
部屋の鍵をかけると、カバンを投げ出して。リビングのソファにごろんと転がる。
「 あーあ……やっちゃった……千空ちゃんの世話焼かないとか、口きかないとか……耐えられるかな、俺……いやいやリームー…… 」
さっさと謝ってしまった方が楽なのはわかっている。ふだんはわかりづらくてもちゃんと他人に配慮できる優しくて賢い子だ。
きっと、気づかずに自分が何か失言を重ねたのだろう。
けれどそれはそれとして。
……インチキマジシャンは聞き捨てならない。まだ自分も小学生だった頃、一緒に行ったマジックショー。
華やかな舞台に鮮やかなテクニック。その場にいる全員を笑顔にしてしまう魔法の時間。
そして、隣でスゲー!と頰を紅潮させて興奮し、はしゃいでいた少年。
あんな風に、みんなを。そして千空ちゃんを笑わせたい。
そう思って勉強を重ねているマジックを、最終的に笑わせたい観客からインチキと言われてしまったら、この気持ちはどこに向ければいいと言うのか。
……そこについてだけは、どうしても聞き流すことが出来なかった。
そうして、口をきくことも一緒に帰ることもなくなって、数日が経って。
流石にそろそろ居心地が悪くなってくる。
……というか、自分自身が千空ちゃん欠乏になっている。
そろそろ泣きを入れてもいいだろうか。
そう、弱音を吐きかけたところで。
中学の正門前に、見慣れたペールグリーンの髪を見つけた。
「 ……千空ちゃん?」
慌てて駆け寄って、目線の高さに屈む。
何かを耐えるような表情が、徐々に歪んで。
ぼろぼろと涙がこぼれた。
「 千空ちゃん!!???えっなにどうしたのどこか痛い!!!???痛いの飛んでけする!?救急車よぶ!!!???」
すっかり動揺してしまって、意味のわからない言動を重ねてしまう。
千空はゴシゴシと涙を拭うと、ぐいっとゲンの横髪を引っ張った。
「 ……やっと、声聴けた」
そう言って、一瞬掠めるだけの距離で、やわらかい感触が一定間隔で何度かくちびるにふれた。
『---- ・・ -・・・- ・-・-・ 』……ええと、モールス信号、かな?
頭の中でコード表の記憶を手繰る。
ややして、答えにたどりついて。
「 俺も、ごめんね。千空ちゃん」
そう返すと、ぎゅっとしがみついてきた。
そこで、ふと。
喧嘩した日に聞き漏らした、千空の言葉がなんだったのかがなぜか気にかかって。
唇の動きを思い出して、組み合わせて。
その内容に赤面して、バイヤー……と天を仰いだ。
『 もう嫁にもらってやんねーからな』
そう言えば、言った。小さい頃に確かに言った。ずっといっしょにいたい、ケッコンしたい、などと言い出す幼馴染に。
『 じゃあ、俺が千空ちゃんのお嫁さんになって、毎日マジックで千空ちゃんを笑顔にしてあげる!』
「 なのに、てめーと来たらすっかり忘れてやがるし、他の男の話ばっかするし」
「 いやいやいや、手品の師匠だからね⁉︎ そう言うんじゃないからね⁉︎ 」
「 ……最初そう言わなかった」
「 うっ……メンゴ…… 」
「 だから、俺がジリツしたオトナのオトコだってちゃんとわからせてやろうと思ったのに」
「 千空ちゃんそう言うのどこで覚えてくんの…… 」
その会話で、すべてが腑に落ちて。
あまりのかわいらしさに骨抜きになってしまった。
「 じゃあ、お詫びに。……俺は、一生千空ちゃんを笑わせられる、千空ちゃん専用のマジシャンになるよ」
「 ほーん……今度は忘れんなよ」
「 うん、約束」
そう言って、小指を差し出すと、千空は破顔して。
ちいさな小指をそっと絡ませてきた。