……薄暗い煉瓦造りの地下工房の中、燐光を放つ魔方陣を前に、囁くような声が響く。
白衣を纏った少年は、怜悧な眼差しを方陣に向けながら、厳かに言葉を紡いだ。
「 ……閉じよ(みたせ)。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる時を破却する」
ちりり、首の後ろの毛が逆立つような感覚。
「 素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
それを意識の端に追いやり、慎重に文言を紡いでいく。
「 ……告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
血管の中を蜈蚣が這い回るような不快感に、眉を顰める。
魔力が全身を廻る時の独特の感覚だが、どうにも慣れない。
……この程度で集中を欠くことはないが、不快なことに変わりはなかった。
すう、と細く息を吸い込んで、詠唱に戻る。
「 ……誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
中央に敷かれた召喚陣の周りに、火花を散らしながら風が逆巻く。
それは、徐々に勢いを増しているように見えた。
……陣の中心を見据えながら、最後の一節を唱える。
「…汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
ごう、と竜巻のように風が巻き上がって。
それに混じって、ふわり。
花の香りが漂った。
……香りだけではない。
召喚陣を中心に、白い花びらが舞っている。
強風に煽られながらも、その中心に目を凝らした。……さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
「 ……初めまして、だね。
君が俺のマスターちゃん?……うわゴイスーイケメンだね!?
……俺はゲン。花の魔術師、って呼ぶ人もいるけど、どうぞよろしく。
メンタリストって呼んでよ♪」
召喚陣から現れたのは、軽薄な笑みを浮かべる胡散臭い魔術師で。
けれど、なぜかひどく親近感を覚えた。
「 ……さて、今回の聖杯戦争で、キャスターのクラスを以って俺を召喚せしめた召喚者。
……君の名前を教えてくれる?」
「 千空だ。……石神、千空」
短く名乗ると、白黒半々の道化師(クラウン)のような見た目の男は、にっこりと愛想よく笑った。
「 オッケー!千空ちゃんね。……じゃあ、契約を。マスター」
従僕の言葉に頷くと、千空は白衣の袖を捲った。……手の甲に、ひび割れた笑顔のような形の刻印が覗く。
「 汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に。
……聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
言葉に、男は千空の手を取って。
そっとその甲にくちづけた。しっとりとやわらかい感触に、ほんの少し。
感情が波立った。
「 誓うよ、マスターちゃん。我が身は汝の下に。汝が命運は我が剣に。
君が生き抜き、目的を達成するための力を貸すよ。……でも、戦うのはあんまり得意じゃないから当てにしないで?」
そこで、一度言葉を切って。
……ゲンはやわらかくわらった。
「 だって、戦争より花でしょ?」