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    kirche_is_dcst

    @kirche_is_dcst

    @kirche_is_dcst
    千ゲ生産業。左右相手完全固定。千左固定。カプ固定だけど主人公総攻めの民なので千は全宇宙抱けるとは思ってる。逆はアレルギーなので自衛。
    基本フェチ強めのラブイチャ。ワンクッション置いてるけど時々カオスなものも飛び出します。
    受けの先天性・後天性にょた、にょたゆり、パラレル、年齢操作やWパロもあり。みさくら、♡喘ぎ多め。たまにゲがかわいそうなことに。(要注意案件はキャプションに書いてます)
    最近小説AIと遊んでます。
    一時期特殊性癖チャレンジをしてた関係で触手とかなんか色々アレなやつもあります。

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    kirche_is_dcst

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    加筆修正版①

    砂礫の楽園(1/2) 見渡す限り、石と砂と、そして蒸気と機械の世界。
    そんな状況でも、戦争は続いている。
    限られた資源を奪い合うために。
     ……数百年前。
    突如世界を襲った急速な砂漠化現象。
    それでも各国で協力し、研究を重ね、全人口をフォローし得る食糧・環境プラントの準備は進められていた。それで、全てを賄えるはずだった。

    その均衡が崩れたのは、たった一つのスイッチから。
    過酷な長時間勤務の続く、某国の軍事研究施設で。
    宿直の研究員が重度のストレスによる極限状態のため誤操作してしまったそれは、長距離弾道ミサイルの発射ボタン。
    これにより発射されたミサイルが、各国のプラントに壊滅的な打撃を与えた。……そうして、当初の予測より速いスピードで、砂漠化は進行する。
    あとは残った、あるいは活用可能なプラントをどう運用するか。
    その利権と、そして自国の生存に必要な設備の奪い合いのために、大きな戦争が繰り返し起こった。
    また、その起因となったヒューマンエラーに危機感を覚えた世界各国は、疲労を感じず失敗を犯さない労働力……ロボットの開発に躍起になった。
    完璧にコントロールされた機械による運用を行うことで、労働力の疲弊と人為的ミスを撲滅する。それが世界の指標となった。また、効率的な代替労働力として、ロボット開発は躍進を遂げ、それに伴いAIの研究も進んだ。
    よりニンゲンに近く。ニンゲンより秀でて。ニンゲンに出来ない危険な仕事をこなすモノ。オートマタ。

    近年では人口皮膚に臓器、人工血液や骨格まで備えた、解剖しなければヒトと区別がつかないようなモノまでいると言う。
    戦闘力に優れたモノ、知能の高いモノ、耐久力に特化したモノ、娯楽遊興を賄うモノ。
    ……世界には、そんな。
    ヒトの姿を模したヒトでないモノが溢れた。
    中でも有名だったのは、某国肝煎りの通称、『 戦闘力0の殺戮兵器』。
    見た目は完全にニンゲンのそれと変わらず、非武装で戦場に現れたソレは。
    自らは刃を振るうことも、弾雨を浴びせることもなく、花の香りさえ漂わせて、笑顔で村ひとつ、簡単に沈めてしまうのだと言う。
    しかもそれに際して、一滴の血も流さない。屍の上で微笑む人形。

    穏やかな面貌で、やさしい歌声で。
    人の心を狂わせ自滅させる死の天使。
    ……そんな風に聴いていた。
    多くの国を股にかける、巨大軍事複合企業(コングロマリット)、ウィングフィールド財団の開発した最新鋭のオートマタ。
    彼の声には独特の波長が含まれており、これが戦場の、そしてヒトの脳の電気信号を狂わせる。
    かつて世界を席巻した歌姫のうたごえ。
    その歌を聞いたニンゲンは、疑心暗鬼に陥りまともな意思疎通が取れなくなり、自壊する。まるで神話のセイレーンだ。

    そうして、彼自身が手を下すことのないまま、幾つもの戦場が彼の足元に沈んだ。
    無数に折り重なる骸を前に、彼はやわらかく微笑を浮かべる。
    それが、彼にインプットされていた、唯一の表情だったから。
    死の天使はわらいながら、うたいながら、荒野の戦場を渡り歩いた。

     フリーランスの技師として各地を旅する千空が、そのオートマタに出会ったのはとある戦地でのことだった。
    依頼を受け、プラントの修理に向かう道すがら、補給のために街に立ち寄った。
    ……砂漠化が進行し、資源が枯渇しつつある現在。よりクリーンなエネルギーとして見直されたのが蒸気機関だ。
    かつての蒸気機関は内燃機関でかつ大型のものであったため、騒音や煤煙などの公害、また内部ボイラーの爆発等のトラブルにより運用に支障を来していたが、旧世界に比べ、コンパクトかつ安定的な外燃機関へと進化したこと、瞬間湯沸かし式ボイラーによる起動時間が大幅に短縮したことによりこの問題は解決された。
    また、大気汚染物質の排出が少なく、ガソリン、灯油、石炭、アルコールと燃料の選択肢が多いことから、今では広く蒸気機関を動力としたインフラが普及している。
    ……彼の愛車も、例に漏れず蒸気動力のものだ。
    成人の際に養父から譲られた車で、かなりの年代物だったが、定期的なメンテナンスは欠かさず行なっているため、おありがたいことに現役で稼働してくれている。
    「……さて、んじゃ百夜のメシと……あとはニンゲン様に必要なモン調達して、さっさと移動しねぇとな」
    今日は一段と日差しが強い。早めに動かなければ、砂嵐とカチ合う可能性があった。
    数日分の保存食と水、燃料。強い日差しから身を守るための外套。それらを調達して、足早に車に戻る途中。
    すれ違いざまに、密やかな、しかし興味深い囁きが耳を掠めた。
    「今度はサウスピークの街にヤツが出たらしい」
    その名を出すことすら憚る男に、連れの男が怪訝そうに問い返す。
    「ヤツ?」
    すると、男はきょろきょろと忙しなく視線を動かしながら、さらに声を低くして。
    恐怖……いや、畏怖とともに吐き出した。
    「 『 戦闘力0の殺戮兵器』……リミテッド・ゼロマーダーだよ」
    「ああ、噂の『セイレーン』か。何でも天女みてぇな極上の声で唄うらしいじゃねぇか。
    ……酒の肴に一曲お願いしてみてぇモンだな」
    おどけた口調の連れに、男は帽子のツバを目深に引っ被って震え上がる。
    「バカ!死にてぇのか!ヤツがこの前通った西の戦場は全滅だったって話じゃねぇか。
    しかも、味方同士の同士討ちでだ!ヤツの唄でどいつもこいつも頭がイカれちまって、最後は重機関銃乱射して、街自体が無くなっちまった。歩く災害みてぇなヤツだ」
    「ひえ〜、くわばらくわばら」
    旧世界のまじないだろうか。不思議な言葉を呟きながら、男たちは遠ざかっていく。
    「サウスピークか……チッ、運が悪ィな。ちょうど目的地まで、迂回できねぇルートじゃねぇか」
    ……いや、むしろ。
    運がいいのかもしれない。
    外套を羽織り、首にかけていたゴーグルを装着すると、彼は剣呑な笑みを刷いた。
    ウィングフィールド財団肝煎りの高性能オートマタ……いや、バイオロイドと言った方が正確かもしれない。
    そのデータを、実態をこの目で確かめることが出来るのなら。
    『知りたい』。その根源的な欲を満たすことが出来るのなら、噂のセイレーンとやらに是非ともお近づきになってみたいものだ。
     ……何気なく心の中で嘯いたその言葉は、思わぬ形で叶うこととなった。

     ……南の砂漠をジープで横断中、ふと岩陰にうずくまる人影が視界を掠めた。
    周囲を見回しても他に気配はない。
    ひとつ、息をついて。
    その人影を覆うように車を停めた。
    行き倒れだろうか。
    覗き込むと、砂漠を渡る装備としては軽装にすぎる出立ちの、すらりとした痩躯の青年だった。歳の頃は彼と同じか、少し上くらいか。
    見た目より幼い、捉えどころのない表情のせいで、一見して年齢の判断が付きにくい。左右で髪の色が異なり、短く刈り揃えられた黒髪と、表情を覆い隠すセミロングの白髪という一風変わった容姿をしている。
    喉を押さえていることから、水が尽きたのかもしれない。
    「……オイ、大丈夫か?」
    竹筒で作った飲み切りサイズの水筒を差し出すと、意外とかっちりした長い指がそれを掴んだ。振り返ってこちらを見上げた瞳は、星を散りばめた夜の色。吸い込まれそうに深い闇色の双眸に息を呑む。
    青年はこくりと頷いて、水を飲み干すと口元を拭って水筒をこちらに返してきた。
    ぱくぱくと口を動かすが、発声が出来ていないということは喉を傷めたのだろう。
    砂嵐の多いこのエリアでは、よくあることだ。……ニンゲンのメンテナンスは、専門外なんだがな。
    そう胸中でひとりごちて、青年を手招きした。警戒心なくすぐそばまで近づくと、青年はきょとんとこちらを見上げてくる。
    喉を調べようとして……首枷のような、特殊な機械でしろい頸が覆われていることに気づいた。ペットの迷子札よろしく、裏面に登録ナンバーも刻印されている。
    XHWF-3700-GA0401-limited-00175MT。
    「……マジかよ」
    XHWF……この刻印はステイツの軍事顧問、ウィングフィールドのものだ。
    現在地は、サウスピークから南西に20キロあまり。……状況が、符合する。
    「オイ、テメー………… 」
    そう口に出したところで、カチリと撃鉄の上がる音がした。それに反応してか、青年が千空の頭を覆うように、ぎゅっとしがみついてくる。
    視線だけを動かすと、四方が銃口に囲まれていて。ふっと皮肉げな笑みを刷いて、両手を挙げた。
    「そいつから離れろ。……何者だ?」
    低く、くぐもった声。変声機使ってやがるな。てことは、やっぱり。
    「行き倒れに水をくれてやった善良な一民間人だよ。武装もありゃしねぇ。……ミドルコーストからプラントの修理を依頼されて向かってたとこだ。ジープにIDと通行証もある。依頼人に確認してくれていいぜ?」
    飄々としたいらえに、銃眼の一角がジープへ向かった。
    「貴様……いや、アナタが……Dr.イシガミ……、これは失礼しました。
    お噂はかねがね」
    どうやらこの男がリーダー格らしい。男の言葉に、四方を囲んでいた銃口が一斉に降ろされた。戦闘服の胸元にはステイツの鷲を模した意匠が施されていて、己の想像が的中していたことを悟る。
    「それで、コイツは…… 」
    まだ銃撃を警戒しているのか、頭部を庇うようにしがみついたままでいる青年を指差すと、男はおもねったような笑みを刷いた。
    「ああ、お見苦しいところを。すぐに回収しますので。……帰るぞ、GA0401」
    「喉を傷めて声が出ねぇらしい。……『修理』なら請け負ってもいいぜ?」
    どっちにしても、このままじゃ動けねぇしな。そう嘯くと、一団は通信機を手にしばし密談を交わしたあと、こちらに向き直った。
    「……では、ご厚意に甘えさせていただきます、Dr.イシガミ」
    「おう」

     こうして千空は、任務を終え帰投途中の彼の喉の不調に遭遇し、メンテナンスを請け負うこととなった。
    喉に装着されたその装置はとても精緻で、特殊な構造をしているため、これまでは専属の技師がおらず、開発者であるウィングフィールドがメンテナンスを一括して行っていたらしかった。
    今回の件は渡に船といったところなのだろう。
    機密に関わることになったため、その日から国との間で専属契約が結ばれ、千空はそのオートマタの担当技師を委任された。
    機械は機械。ヒトはヒト。
    どんなに酷似していても、それは別のモノだと、これまではそう思っていたけれど。
    彼と話しているとわからなくなってくる。
    いざ改めて向き合ってみると、悪名高い殺戮兵器は、彼が抱いていた印象とまるで違った。白い花のようなやわらかい笑顔で、その機械人形は、ゲンと名乗った。
    「Genius Electric-Newtype……長い、ので、ゲン、とお呼び、ください、ドクター」
    ……言葉こそぎこちないが、もっと、機械めいた冷たい顔で笑うのだと思っていた。
    「おー。んじゃ、改めて自己紹介だ、ゲン。
    ……俺は石神千空。センクウ、だ。まあ、テメーの主治医ってとこだな」
    手をとって、手のひらに一文字ずつ、スペルを書いてやる。
    主治医、と言う言葉に難しい顔をして考え込むゲンに、軽く笑いかけて。
    あんま深く考えんな、とあたまをなでてやった。知能は高いが、精神性はまだせいぜい幼児と言ったところなのだろう。
    くすぐったいのか、むずがるようにしながら無邪気な声でわらった。
    そこに、殺戮兵器らしい剣呑さや警戒心は見受けられない。
    というか、こんなに簡単に急所でもある頭部に触れさせて良いものなのか。
    逆に心配になるほどだ。
    「ドクター、あの、ときは、お水を、………… 」
    言葉に詰まるゲンの表情を覗き込むと、途方に暮れた顔をしていて。
    何か伝えたいことがあるのに、うまく言語化できないのだと気づく。
    「……うん?」
    「……少し、お待ち、ください。……データベースを、検索、します……、ええと…… 」
    知識は膨大に与えられているものの、体験に基づかない知識は、うまく状況と紐付かないのだろう。彼が言いたいことを悟って、普段よりややゆったりした口調で告げた。
    「あの時、テメーは喉が痛くて、水が欲しかったんだな?」
    ひとつひとつ、丁寧に。
    イエスかノーで答えられる質問を投げかける。
    「はい」
    ゲンは、素直にそれに頷いた。
    「それで、水を渡した俺に、言いてぇことがある?」
    「はい」
    「それは、不快な気持ちじゃねぇのか?」
    そこで、少し考えて。
    「……わかり、ません。ハジメテ、そう、初めて、の思考、です……でも、ストレス、ではない……あの、水は、ワタシの、動力維持に、……ヒツヨウ、だった…… 」
    訥々と、そう言葉を継いでいく。ツギハギだらけの……けれど、それは確かな。
    「んじゃ、教えてやるよ。……それはな、『感謝』だ。カンシャ」
    一文字ずつ区切ってそう告げると、ゲンは噛み締めるように何度かその言葉を口の中で繰り返した。
    「カンシャ、……相手の行為によって、自らが恩恵や利益を受けたことを、積極的に評価する、感情。……理解しました。
    カンシャ、しています、ドクター」
    脳内のデータベースから索引したのだろう。それこそ積極的に学ぼうとする姿勢は、好ましいものだった。にっと口角を吊り上げて笑みを刷くと、もう一度ゲンのあたまを撫でてやる。
    「うし、上出来だ。……なら、もうひとつ。相手にそれを伝える、もっとシンプルな言葉がある。……ありがとう、だ」
    「……アリガ、トウ……ありがとう……確かに、先程より、平易でシンプルです」
    ゲンはうれしそうに、何度も覚えたばかりの言葉を繰り返した。
    「あ、あと、敬語とかはいい。まだるっこしいだろ」
    他者とのコミュニケーションを取る必要がなかったため、対人語彙が少ないのだろう。
    そう察して告げた言葉に、ゲンはきょとんとして。
    「では、ワタシに……教えてください、ドクター」
    そう言って、はにかむようにわらった。
    「うし。……んじゃ、まずは日常会話からだな。当面はパートナー……相棒みたいなもんだ。堅苦しいのは好きじゃねぇ」
    「……では、一般的な、会話サンプルを、検索します」
    返された生真面目な言葉に、クククと喉の奥で笑って。くしゃくしゃとゲンの頭を掻き撫でる。噂の殺戮兵器とほほえましくお勉強とは、……唆るぜ、これは。

     ゲンは好奇心も知識欲も旺盛で、些細なことでも、何でも知りたがった。
    ワタシと言う一人称は、気が付いたら俺、と改められていた。
    一番接する時間の長い、千空に影響されたのだろう。話し口調のベースは、研究所の女性スタッフから参照したのかやや女性的な、やわらかい口調になっている。

    「あの花は何?」
    「鳥はどうして空を飛べるの?」
    「命って何?……生きているって、どういうこと?」
    メンテナンスの合間に投げられる他愛もない問いに、ひとつひとつ答えてやると、ゲンはとてもうれしそうにはしゃいでいた。
    知識を分け与えることを厭う学者などいないし、実際にゲンはとても優秀な生徒だった。
    教えたことは何でも、土が水を吸うように吸収していく。
     そうして、会話を交わしていくうち、このオートマタには感情がないのではなく……ただ、知らないのだとわかった。
    他者との触れ合いも、コミュニケーションの方法も、モラルをかたちづくる、さまざまな条件もなにひとつ。
    最低限のセーフティラインすら、彼には設定されていない。
    ただ命令に従い、歌い、滅ぼすだけ。
    自らが歌うその歌の、コトバの意味さえ理解することなく。
    「ねぇ、ドクターはこの唄を知ってるの?」
    ある日、定期メンテナンスを終えたゲンは音階調節のために歌を口ずさみながらそう訊ねてきた。
    「ぁ、有名な唄だからな。
    ……小さな一歩。大昔、月に行ったヤツの、最初のひと言だ」
    「月?月って、空に浮かんでるあの月?」
    「おう。……そいつが月面に降り立った時に、こう言ったらしい。
    "One small step for man one giant leap for mankind." 」
    きょとんと目を見開くゲンに、そう言ってやんわり笑みを返してやる。
    「どういう意味?」
    「私と言う一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな躍進である」
    当時、人類にとっては未知の、月と言う惑星に降り立った男の、最初のひと言。
    その言葉に、ゲンは目を輝かせた。
    「……ニンゲンって、すごいね。ドクター」
    「……そうだな」
    頷いてやると、そこでふと、夜空の色の瞳に雲がかかったように翳が落ちる。
    「 それを、俺は殺してきたんだね」
    声に、はっとして振り返った途端、ゲンはぎゅっとしがみついてきた。
    初めて出会った、あの日のように。
    「……ねぇ、俺を解体(ころ)して、ドクター」
    そうして、千空にしか聴こえないような、小さな声でそうつぶやいた。
    「俺は今まで、命じられるまま、この唄でヒトを狂わせてきた。……それだけが、俺の価値だったから」
    そこで、一度言葉を切って。
    深い深い、夜空の色の瞳がじっとこちらを見つめてきた。
    「それを疑問に思ったことも、なかったの。……でも、俺は……ドクター……、…… 」
    しがみつく腕に、力がこもる。芽生えた感情を、絞り出すように。
    「もう、殺したくない。……耐えられない。だから、俺を解体して」
    そう懇願するゲンをなだめるように抱きしめて、ぽんぽんと背を撫でてやる。
    「……ああ、でも。
    こうなったことに、解体されることに、後悔はないの。ドクターと会わなかったら、こんな気持ちも、……俺を取り囲む、世界がキレイだってことも。
    なにも、知らないままだったから」
    「……もういい、ゲン。今の状況は、テメーのせいじゃねぇ。俺が…… 」
    その言葉を遮るように、ゲンはふふっとわらった。
    「……ありがとう、ドクター」
    君に会えてよかった。
    それは、一番最初にこの幼な子に彼が教えたコトバ。
    「……バーカ。んなこと言わせるために教えた言葉じゃねぇわ」
    苦々しく吐き捨てて、彼は思考を巡らせた。
    ……こんなロボットはありえない。
    自死を望むようなプログラミングなど、ロボットにはありえない。そもそも、セーフティラインの設定がない。任務に関係のない知識も倫理観も、敢えて与えずに作られたとしか思えない。
    そんなものを、少なくとも公の認可を受けて作れる筈がない。
    しかし、これだけ精緻な、人間と区別が付かないようなオートマタを、認可なく巨額の公金あるいは私費を注ぎ込んで作れるような財力は、この国にはない。
    いくら軍事顧問のウィングフィールドが巨大な財閥だと言っても限度がある。
     ……ふと、ある可能性に思い当たった。
    胸が悪くなるような、不快な想像。
    その正否を確かめるため、長期メンテナンスを装って、ゲンの身体を調べた。

     細胞組成と血液の成分の分析結果が出たところで、己の推測が的中していたことを悟り、千空は苦虫を噛み潰した。
    ─── ……間違いない。
    ゲンは、ニンゲンだ。洗脳か薬物か、何らかの方法で自らを機械兵器だと思い込まされてはいるが、喉に取り付けられた特殊な装置を除いて、少なくとも90%以上は生体だ。
    稼働年数を考えると、肉体を全盛期に保つため、ある種の外科処理あるいは薬物投与が行われた可能性が高いが、身体データの増減もあり、つまり成長している。
    取り付けられていた機器を慎重に解体しながら、データを解析していく。
     だが。……この事実は、感情の芽生え始めたゲンにとって、更なる負担にしかならないのではないか。自らがニンゲンではないと、機械だと思っていた。それが任務で唯一のプログラムだったからこそ、呵責なくヒトの命を奪うことができた。
    本来のゲンは、ただ何も知らなかった、知らされなかっただけで、残酷さとは無縁の性質をしている。
    そうして、そのために今、苦しんでいる。
    それを知ってしまったから。
    ニンゲンに戻してやりたい。自由にしてやりたいと思う気持ちと、この事実がゲンに与える影響を……傷を怖れる気持ちがせめぎ合う。
    このまま、この装置を完全に取り除いてしまえば、ゲンは普通のニンゲンに戻れる。
    しかし…………。
    「……どう、したの、ドクター?メンテナンス、どこか、欠陥、あった?」
    たどたどしい声に、はっと顔を上げた。
    夜空の色をした瞳が、いつの間にかこちらをじっと見ていた。
    視線の先には巨大な蒸気演算機(コンピュータ)のモニターがあって。
    慌てて、乱暴に画面の電源を落とした。
    「……ドクター?今の………… 」
    大きく見開かれた目から、ややしてはらはらと涙がこぼれた。
    本人も、なぜ泣いているのか。何が悲しいのか。わからないと言った表情で、ただ涙をこぼしている。
    初めての、制御不能な感情の奔流に呑まれて戸惑う様子は、まるでちいさなこどものようで。泣くな、と囁きかけて、ほっそりとした身体を抱き寄せた。
    「なんで……、わかんない。わかんない。わかんない。……ドクター、これは、なに?」
    それには答えず、宥めるように背を撫でながら、問いかける。
    「……ゲン、俺と来るか?」
    初めて感情を覗かせた時。ゲンは自分を解体してほしいと言った。耐えられないと。
    けれど、感情を教えてくれたことに感謝している。出会えてよかった。ありがとう、と。
    覚えたばかりのたどたどしい言葉で訴えた。
     けれど。
    彼の本当の望みは、きっとそうではない。
    腕の中から、ゲンを解放して。
    夜空の色の瞳を覗き込みながら、手を伸ばす。
    「……生きてぇんだろ。テメーは。
    だから、俺が地獄の底まで付き合ってやるよ」
    知らなければただの兵器でいられた彼に、感情を芽生えさせてしまったのは自分だ。
    そして、その声が多くの命を摘み取ったのだと知りながら、死なせたくないと思っている。だから。
    地獄の底まで、共に。
    そう告げて差し出した手を、ゲンはおずおずと握り返した。

    「……うん、俺は……ドクター……、君といっしょに、いきたい」

    生きたい、なのか、行きたい、なのか。
    そんなことはどうでもいい。
    差し伸べた手を握り返してくれた。
    ……それだけでいい。
    決意を込めて、ゲンの喉の装置……彼をここに縛る首枷の最後のパーツを取り除く。
    慎重に。ゲンの声帯を傷つけないように。
    ゲンは大人しく、そんな千空の手に身を預けていた。
    実際の時間では三分にも満たない時間だったのだろう。……三千年とも思えるような長い時間ののち、
    カシャン、と見た目よりも随分と軽い音を立てて、枷がゲンの足下に落ちる。

     そうして二人は、この不自由な鳥籠から手に手を取って逃げ出した。

     アテはある。
    千空がかつて拠点としていた、砂礫に覆われた、地図にもないような小さな村。
    そこならば、奴等の目も届かない。
    ひとまずそこを目指すことにして、夜陰に紛れてジープを走らせた。
     距離にして、四日程度。最短を突っ切れば二日ほどか。ルートはいくつかあるが、大きい街は避けた方がいい。少し遠回りにはなっても安全な経路を選ぼう。
    『首輪』を解体したことで、すでにゲンを連れ出したことは気付かれているに違いない。
    ヒトを素体としたオートマタ。そこはおそらくウィングフィールドとしては大きな問題ではない。世間一般の倫理観など、効率の前には些事と切り捨てるだろう。
    世論の封殺もあの男なら容易い。
    むしろ、ゲンの後続となるオートマタが既に製造されている可能性すらある。
    それでも、ゲンのこれまでの知識や経験則を含めた膨大なデータが彼らにとって重要な機密であることは疑う余地もない。
     まずは見た目をなんとかしないと。お互いに外見に特徴がありすぎる。
    外套を羽織っただけでは限度があるだろう。
    食糧や水の備蓄も必要だ。……口座は既に凍結されている可能性が高いが、幸い、先のプラントの整備で懐はそれなりに暖かい。
     最初に立ち寄った町で染料やウィッグ、衣類等、必要なものを購入し、その日は宿に一泊することとなった。宿代を前払いし、部屋に入ると荷物をバラして用途別に分け始める。ひとまず風呂場で汗を流すと、外見を誤魔化すために肌の色を変え、髪の色を変え、目には色ガラスを嵌めた。
    透明のローションは入浴後の肌に塗布すると、三十分から一時間程度で角質層のタンパク質に反応し、角質層だけを変色させるもので、入浴しても色落ちせず、そのままにしておけば三〜四日程度で自然に元に戻るという便利な代物だ。持続時間を延ばしたい場合は重ね塗りをすればいい。
    ここから村まで、スムーズに行けば三日程度。十分誤魔化し切れる距離だ。
    主張の強い髪を香油で撫で付け、一纏めに束ねると、ゲンはキョトンとしてこちらを凝視した。
    「うん?……どうした?ちゃんと別人に見えてるか?」
    こくこくと頷くゲンに笑って、そっと手招きをする。
    「んじゃ、次はテメーの番だ」
    促されて、ゲンは側まで歩いてきた。
    ローションはムラなく全身に塗布する必要がある。そう伝えると、なぜだか一瞬躊躇したあと、着衣に手をかけた。
    衣擦れの音や、ぱさりと衣服が床に落ちる音が、やけに大きく響いて。
    メンテナンスと状況は変わらないはずなのに、なんだか落ち着かない。
    「ドクター?」
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