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    【荒井】ホラー風味

    見ててね その日、荒井はいつもより一時間も早く目が覚めてしまった。二度寝にしけこもうか、と寝返りを一度打った時、ふと思ったのだ。誰もいない教室に一番乗りしたら、一体どんな気持ちになるのだろう。なんだかやたらに目が冴えていて、玄関でスニーカーの紐を結び終わる頃には、行かなければ、とさえ思っていた。思えば、この時から少しおかしかったのだ。

     一時間も早く登校すれば、活気のない昇降口はいつもより薄暗く、心なしか室温も低かった。自分の足音が鮮明に聞こえる校舎内は新鮮で、いつもより大げさに足を踏み鳴らして反響を楽しむ。廊下に差し込む日差しが荒井が舞いあげた埃をキラキラと彩っていく様に、まるで自分を歓迎されているかのような心地がする。俳優がレッドカーペットを歩くかのように堂々たるウォーキングをお披露目しながら、荒井は目的地を発見した。二年B組と描かれた小さな板が扉の上にぶら下がり、いつもと変わらぬ姿で沈黙していた。
     埃を巻き込み滑りが悪い扉を開いて、誰もいない無音の教室を覗き込む。電気も付いておらずカーテンで締め切られた空間が思いのほか暗くて、荒井は少しどきりとした。学生たちが集い会話が飛び交う普段とのギャップに、少しだけ気後れしたのだ。
     可能な限りいつもと同じ風景に戻すため、荒井は真っ先に電気をつけ、次にカーテンへと向かった。ついでに窓も開けよう。きっと、こんな気持ちになるのは閉鎖された空間だからだ。
    「……え?」
     その道中。誰もいないこと以外変わりないはずのいつも通りの教室に、違和感があった。教室の主役然とした存在感で佇む黒板。その中央に、小さく文字が書かれているのを見つけたのである。カーテンに向かう足を止め、黒板に向かう。かなり小さい文字だったため、目の前に立ってようやく正確に視認することができた。丸つけ用の赤いチョークで書かれた、女性らしさのあるまあるい四文字。

     『見ててね』

     なんの文脈もない、たったそれだけ。
     居心地の悪さを感じながらも、荒井は躊躇なくその文字を消した。誰かが残したメモとは思えない内容であったし、単純に昨日の消し忘れだろうと判断したのだ。黒板消しを何度か往復させ、その文字が消えたことを確認して一息つく。
    「日直がさぼったのかな」
     荒井はわざと、大きな独り言を漏らした。そうすることで少しでも現状の淀んだ空気感を打破したかったのだ。この教室に足を踏み入れたときから、なんだかずっと背中がむず痒くて仕方ない。肌寒さがそうさせているのだろうか。
     消された文字の名残を目線でなぞりながら立ち止まっていた荒井だったが、暫くして当初の目的を思い出して背筋を伸ばした。早くカーテンを開けて、空気を入れ替えよう。こんな些細なことを気にするなんで、自分らしくもない。
     そうして改めて窓に目を向けたとき。
     背後でカシュ、と音が鳴った。聞いたことのある音。なんの音だったかはすぐに思い当たった。――チョークと黒板が擦れる音だ。
     音源に思い当たった瞬間、荒井は全身の産毛が総毛立つのを感じた。誰もいないはずの教室内。足音さえ響き渡るこの空間に、なぜ、他の雑音もなく唐突にそんな音がするのか。

     荒井は趣味で映画を嗜む。その中でもよく観る分類として上げられるのがホラーである。愚かな人間たちが、あるいは何の罪もない人間たちが、超常現象に見舞われるような類のものだ。そういった映画に決まっているのが、なぜ“そんな行動”をとってしまうのか、傍目からは理解し難い人間だった。不可思議な事象がすぐそこで起きたとき、何故かそれに巻き込まれるような行動をとるのだ。彼らを見るたび、荒井は傍観者として度々首を捻っていた。
     行かなければいいのに。見なければいいのに。そうすれば、目を覆うような事態にならずに済むのに……。
     しかし、映画はエンターテインメントだ。そうしなければ映画として成り立たない事も理解できる。そう呑み込むことでそれらの作品を受け入れていたが、……荒井は知った。
     得体のしれない事象に行き当たったとき、人はそれを解決しようとする。好奇心を満たすため。そして、安心を求めるため。まさに今の荒井のように。
     ……きっと、チョークが何らかの理由で黒板に寄りかかるように置かれていたんだ。それが、今黒板消しを使った衝撃で動いて、滑って、……そうに違いない。
     荒井は思い浮かぶ限りの理由を並べ立てながら、ぎこちなく、ゆっくりと、音源の方向へ首を回した。

     『見ててね』

     先ほど消したはずの赤い文字。まるっきり、位置も形も同じだった。それも、今まさに描かれたということを証明するかのように、粉受けで一本の赤いチョークが揺れている。
     荒井は一瞬でみぞおちに霜が降りたような心地に襲われた。喉が締まり声も出せずに一歩後ずさる。膝の震えが止まらない。好奇心に駆られ哀れな役者達と同じ結果にたどり着いた荒井は、その次に取った行動も例外なく彼らと同じものだった。
     走り出したのだ。現状を打破するために。
     震える足を無理やり引きずり、カーテンへと走った。外を見たかったのだ。なにより、黒板から離れたかった。またあの音が聞こえるのが嫌で両手で強く耳を押さえたまま、ドタバタと無様に走る。たった3メートルほどの距離だというのに、息が切れて仕方なかった。地上でおぼれかけながら、ぶつかるようにカーテンにたどり着く。必死で布を掴み、勢いをつけて強く引く。
     ……カーテンは何の抵抗もなく、あっさりと開いた。眩しいほどの光が差し込み、目を細める。広い校庭と晴れた空が目の前に広がる。
     次いで、荒井は鍵に手をかけた。――その瞬間。
    「……ああ?」
     ガラスの向こう。一人の女子生徒と、さかさまに目が合った。一瞬の事だった。
    「え……?え?」
     とうとう腰を抜かすしかなかった。ひどい耳鳴りがして、自分が床に倒れこんだ音さえ聞こえない。体の末端から順に冷えていくのを感じながら、なぜか、荒井は黒板を振り返った。そうしなければいけない気がしたのだ。
     そうして、その文字を見た。

     『死ぬところ 見ててね』

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