「もーーーイヤニャーン……」
ぺたりとテーブルに頬をくっつけてぐったりとしているあの子に作りたてのレモネードを差し出す。ガス周りのチェックの為に閉めている店内だからか、普段の『アイドル・まきみきのミキ』ではなく素顔の彼女が疲れ果てた様子は、なんとも自分にもくるものがある。
「なぁに、またあのマネになんぞ無茶振りされたんかい?」
「それもありますけど……、あのアイドルのテンションに疲れちゃったって言いますか……」
ず、とストローでレモネードを飲む様子は幼い頃と相違無く、人気アイドルとして振る舞う底にかつてのあの子が残っている事がどれだけワシの救いになっとるかなんて、きっと知らんのじゃろな。
だから何となく、本当に何となく、ポツリと思った事がこぼれ落ちた。
「そんなに辛いんだったら、アイドル辞めるかの?」
「え?」
「アイドル辞めて、ワシの奥さんにでもなるかい?ワシ薄給じゃけど」
「は⁇」
正直なところ、考えなかったわけではない。店の裏なら家賃も少なく済むし、兄貴達もおるから疲れてる彼女に悪い環境ではない筈。
本人も望んでなったアイドルだけども、キャラを作ってそのストレスに押し潰されてしまう前に、逃げてしまってもいいんじゃないか?そう、疲れ果ててあのニャパラッチすら記事にするのを躊躇うレベルの醜態を晒してしまった時に思ってしまった。
「私のヒモになるんじゃなかったんですか?」
「ミキちゃんがずーっと元気にアイドルしとるんじゃったらそれもええけど、そんだけくたびれとるのにヒモになりたいから辞めるなー、なんぞ言うたらただの屑じゃろ」
健やかに、のびやかに生きてほしい。奉公に来た兄達を訪ねてやってきた小さな野干の仔の時からずっと、そう願っている。
「ずうっと真面目にやってきとるんだから、偶にはゆるーっと生きるんもええとワシは思うよぉ」
ぽふぽふと頭を撫でる、柔らかく滑らかな髪が滑って心地いい。するとあの子はやおら立ち上がると、両の頬をぱん!と叩いた。
「ミキちゃん?」
「よし!元気出た!!」
そう言って店の出口に歩いて行く彼女は何やら随分と元気よく。
「檎さんにお仕事辞めてもいいって言われたから頑張らなきゃって思いました!」
振り返って花のように笑う彼女は、解き放たれたように綺麗で、とても眩しくて。だから、ワシはこう言った。言葉にできない程の想いを込めて。
「頑張るんじゃよぉ」
すると彼女はこう返した。
「そのセリフ、そっくりそのまま返しますニャーン!」