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    時雨子

    フェリディミ

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    時雨子

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    馬上槍試合。戦前のブレーダッド領では各地で頻繁に行われていた。戦後となってフォドラ統一国家となった後も、騎士道を重んじるファーガスの地では変わらず定期的に催されるようになった行事であり、娯楽でもあった。
    もちろん、参加する騎士は遊び半分では無い。娯楽というのは観客側だ。どの騎士が強い、だの。槍の型が洗練されている、だの。
    貴族たちはあれこれと批評し、平民は羨望のまなざしで並み居る騎士達を見守った。
    女神の名のもとに武を捧げるという建前上、表立っては行われてはいないが、賭け事という楽しみも尽きなかった。仲間内で取り決めて、時に大金を叩いて大儲けする者、泣きを見る者。
    人が――それも荒事を好むような人間が集まりやすいような場では揉め事がつきものだ。
    しかし、些か眉を顰めるようなことがあっても誰かしらが仲裁に入る。民が活動的であるのは、結局のところは良いことだ。ただ疲弊して飢えて死ぬのを待っていた頃と比べれば各段に生命力溢れた顔を多く見れるようになった。

    そんな群衆に紛れて、背の高い男が闘技場の方を見やった。フードを目深に被って、その巨躯を縮こまらせようと胸元に外套の縁を握りこんでいる。
    フェリクスがその様子を見つけたら間違いなく呆れかえって告げただろう。
    猪がいくら身を縮めようと只人に紛れて目立たぬはずが無かろうと。

    友としても臣下としても諫めてくる姿が容易に想像がつく。ディミトリはフードの下で密に笑みをこぼした。しかし、今日はどうしても観客席で見たかったのだ。貴族に用意された天幕からでは無く、平民に混じって。騎士達の槍が中空を薙ぐ音や、馬の駆ける土埃、ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら器用に馬を操る手綱捌きが分かるほどの近くで。

    目当ての騎士が居た。黒毛の馬を悠々と操る姿は落ち着き払っている。熱気に包まれた闘技場の中において、そこだけ空気が静かになったようだった。
    予選の時点ですぐに気づいた。目以外の顔のほとんどを隠す甲冑では、どこの誰であるかは分からない。呼ばれるのも登録された番号だ。
    しかし、自分には分かる、と。その自負を誇らしく少しばかり照れくさくディミトリは思っていた。

    試合が始まった。場内をゆるりと馬が踏み出し、槍が構えられる。甲冑を纏ったその下の表情は伺いしれない。大振りの槍で扱いにくくは無いか。体格にあった重量の得物は選べただろうか。
    何くれと口を出してしまいたくなる。それを実際に言えば鬱陶しがられるだろうが、そういうことも含めて楽しい時間なのだ。
    だというのにさっさと一人で身支度して、来るなよと釘を刺されたら逆効果ということに気付かないお前が悪い。
    ディミトリは心の中で言い訳をしながら身を乗り出した。馬は既に駆けだしている。双方の槍が構えられ、一合、二合。まだ槍は落とされない。
    三合、四合目を振り上げたところで相手が大きくバランスを崩した。そこにすかさず鋭く槍が繰り出され、相手の槍が弾かれ、宙に舞った。
    あいつが本気を出せば一合目から槍を折ることも出来たろう。ディミトリは贔屓目を差し引いてもきっとそうだと見積もった。だが、紋章を出さないためであろう、明らかに力押しは封じて慎重に見定めていた。
    勝敗を決した馬上の騎士は少し安心したようだ。もちろん、いまひとつ満足しないような様子ではあったが。
    少し苛立たし気に槍が降ろされる。馬の轡が引かれると同時に甲冑の奥が観客席の方へ向けられ、何事も無かったかのように退出していった。


    兜も取らないうちに抱きつかれた。闘技場を出て、出場者のための裏口から一歩出たところで。
    「お前は、全く……首輪でも付ければいいか?」
    「そういうのが好きなら吝かでは無いな」
    「何を人聞きの悪い。お前に冗談の才は無いのだから黙っていろ」
    あまり見られたくは無かったのだがな、とフェリクスは溜息をついた。
    剣の方が得手ではあるが、槍も馬術も幼い頃から叩き込まれていた。とはいえ、いかにもファーガス騎士らしい出で立ちで、らしくも無く槍を振るう姿をこの男に見られるのは面白いものでは無かった。
    この男の剣、盾として恥になるような立ち回りはしていない。ただ、どちらかと言えば、兄だか親だかのような視線を向けられることが面白く無いだけだ。
    と、いうのを悟られるのも癪であるからして、結局は好きにさせられている。
    「すまない。試合、見に来たんだ」
    勝手に兜が取られ、目の前でニッコリと微笑まれた。弾みでまとめていた髪が解けて鬱陶しい。
    「そうか」
    それに全く気遣う素振りも無く、ぐしゃぐしゃと髪の毛を乱すように頭を撫でられる。非常に不本意ではあるが、慣れた。というか諦めていた。
    だが、せめて身なりを整えてからにしてほしいという意を示すようにフェリクスはディミトリの手を雑に払いのけた。
    「ああ、よかったぞ」
    「……何がだ。あんなもの、ものの数にも入らん」
    本気を出せるわけでもなし、大した強者がいるわけでもなし。甲冑はがちゃがちゃと動きづらく、使い慣れない大振りな槍で繰り出せたのは凡庸な技しかなかった。
    それでも勝ててしまう程度なのだから、退屈なことこの上無かった。

    ディミトリと、身分を隠して国内を見て回っていた。流れの騎士二人連れという出で立ちで。
    お忍びというやつだ。しかし、何やら人助けをしているうちに――怪我をしている子供に、病気の老人、飢えて苦しむ母子を見かけるたびに自己満足とは分かってはいてもそれを理由に何もせずに見捨てるのもおかしいだろうと主張するディミトリに反対しきれず――うっかり、だった。
    うっかり、路銀が足りなくなった。食料は山で野兎でも捕まえて野宿でもすればいいなどと抜かした国王陛下にフェリクスは鉛でも詰まっていたかの如く深く溜息をついた。
    だからこの能天気な王にしこたま小言を浴びせ、街の入り口の門で待たせてさっさと闘技場で用を済ませるつもりだった。口約束で猪を繋いでおくことなどどうせ出来はしないと知りつつ。
    本来は民から税を預かる身の者が闘技場で稼ぐなど、場を荒らすも同然なことだろう。あまり使いたくは無かった。それでも必要最低限はこの身で稼ぐ。
    山賊の退治やら商人の護衛やらの仕事があればよかったが、どこの傭兵団にも属しているわけでも無し、都合よく日雇いの依頼が降ってくる期待は薄かった。
    と、妙な経緯でフェリクスは仕方無しに槍を手に取った。
    「ふふ、どこからどう見てもどこにでもいるただの騎士だったよ」
    「それは馬鹿にしているのか」
    「まさか。お前は器用だと褒めているんだ」
    「フン。そんなものを褒められても仕方が無い」
    そう言ってフェリクスは髪を結いながら歩き始めた。それを追うディミトリの姿は、どちらが主君か分からない。事実、身分などという邪魔な肩書を放っている真っ最中なのだから、どちらでもいいことだった。


    無事に取れた宿で甲冑を外してやり、軽装になればいつもの見慣れたフェリクスだった。
    ディミトリも旅装を解いて、夜食をつまんでいる。
    「俺も何か出来たらよかったが」
    「要らんことは考えるな。お前の成すべきことは少しでも民の現状を知り、言葉を交わすことだ。俺の努力を無駄にしたくなくばな」
    宿で営まれている食堂で夕食を取っている時も、得られるものはあった。どのような身なりの人間が宿場を利用しているのか。どこの出身か。職は、家族は。
    聞こえてくる喧噪も、食事中の些細な関わりも、王城の静かで冷たさすら感じる食卓では決して得られないものであった。
    玉座から眺める景色。民の表情ひとつ分からぬ距離で出した政策や法案が、どのように働いているかも分からずに何事であっても成した気にはなりたくない。
    そう言いだしたのはディミトリの方であった。
    まず最初にフェリクスにだけ打ち明けて。出来るだけ内密に、しかし周囲に迷惑がかからないように根回しをして。
    謝罪など求めていない。空虚な上っ面だけの言葉で飾り立てるな。大事なものが何であるのか取り違えるな。
    厳しくも強いフェリクスの言葉をディミトリなりに咀嚼した結果だった。
    ならば付き合ってやる他あるまい、と。寝食を惜しんでフェリクスはディミトリの願いを叶えるべく尽力している。
    それに報いたい。もちろんディミトリ自身の信念を以てしてでもあるが、個人的な感情だって伝えてやりたかった。
    「そうだな。お前には感謝している。……少しくらい、お前を労っても罰は当たらないと思うのだが」
    「別に疲れておらんが」
    多少は肩が凝ることではあったが、と気のない素振りでフェリクスがぼやいている。こういうところは気の利かない男だ。ディミトリは自身を棚に上げてフェリクスの腰を取った。
    「……なんだ」
    じり、と後退さりする素振りを見せるが、ディミトリはそれを封じるように腰に腕を絡みつかせて頬に口付けた。
    「勝者への口付けをしてやろうかと」
    「王直々にとは贅沢だな。そも、浮ついた頭の貴族共がやるような余興なんぞ俺は興味が無い」
    「それを聞いて安心したよ。興味があったらご令嬢たちはお前を放っておかないだろう」
    「……おい、手を離せ」
    「でも俺には興味あるだろう」
    「その自信はどこから来る」
    文句を言いながら、それでもディミトリが顔を近づければフェリクスは目を閉じた。
    責務を忘れて恋に溺れるほど愚かでは無い。しかし少しは寄り添い睦みあってもいいだろうと。
    何か理由が無ければ、きっかけが掴めなかったのだ。折角の二人旅だというのにそういう触れ合いをする、きっかけが。
    「ん、んむ」
    なかなか離そうとしないディミトリに根負けしたフェリクスが手を伸ばす。
    耳をこすり、髪を梳いて唇を押し付けると、ディミトリは嬉しそうにフェリクスを引き寄せて寝台に倒れこんだ。
    「今日はもう休もう」
    「少しは話を聞け」
    唇を離して額をくっつけあうと、フェリクスはディミトリを睨みつけた。
    寝台は二つある。何故好き好んで大の男が狭苦しく一つの寝台に寝るのか。
    いかにももっともらしい文句を投げられるが、目の前で少し朱の差した顔はその全ての言葉が照れ隠しであることを雄弁に語っている。
    「はいはい、おやすみフェリクス」
    「おい」
    「俺の安眠のために一緒に寝てくれ?」
    意識的に甘えた声にはディミトリ自身、どうなんだという気持ちが無いでもなかった。だが、これで丸め込まれてくれるのだ。
    「お前、そう言っておけば俺が反論できないと思っているんだろう」
    口ではなんと言おうと。それを知っているから、ディミトリも何も遠慮をしないで済んでいる。
    「さあな、お前のおかげで俺はもう夢の中だ」
    ディミトリはフェリクスの胸に顔を埋めて満足そうに息を吐いた。フェリクスはこの猪を寝台から蹴り飛ばすべきかたっぷり五分ほどは逡巡していたが、結局は、いつもの通りに諦めてやることに決めた。
    だって、その間に腕の中で本当に寝息を立て始めた、可愛げが無いのに何故だか妙に可愛く思えてしまうこの大男が、フェリクスにとっては何より愛おしい存在だ。
    それを、幾たびも幾たびも、もしかしたら一生思い知らされるのだから、当然の結論なのであった。
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