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    時雨子

    フェリディミ

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    時雨子

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    ◆添い寝からエロい方向へシフトしたいディミトリと阻止過保護フェリクスコン、と自室の扉を叩く音がした。時刻は夜も深まった頃、月が中天に昇って更に傾く時間。
    正確な時刻は定かでは無いが、一部の警備の者を除いてフラルダリウスの屋敷中が寝静まっていることは確かだ。
    聞き間違いか、それとも不届き者が忍び込んだかと警戒して剣に手を掛け、慎重に音を立てずに扉を開けると己の王が立っていた。
    「そ、添い寝してくれないか、フェリクス」
    がたいのいい身体を縮こまらせて枕を抱きしめ、恥じらいながら申し出るディミトリに固まり、その意味を飲み込むのに数秒要した。
    とりあえず火を持ちながら枕を抱えているのは危ない。機械的な動作で蝋燭を奪って適当な台に乗せてから無表情でディミトリを見て次に吐く言葉を考え更に数秒。
    「…………なんだと?」
    ようやく口を開いたところで出てきたのはただの疑問だった。
    「その、眠れなくてだな。子供の頃はよくお前と一緒に眠っていたんだが、最近はそんなこともなくなっただろう? だから、たまには一緒に眠りたいというか…………」
    早口でもごもごと口の中で呟く言葉の意味するところを理解するが、脳内は疑問符だらけだ。確かに幼い頃、二人はよく同じ寝台で眠っていた。だが、シルヴァンやグレンとだって一緒に雑魚寝のように寝入ってしまったことだってある。今思えば、あれは子供の特権という奴だったのかもしれない。
    時は巡りすれ違いに行き違いを積み重ね、ようやくほどけてから初めてディミトリがフラルダリウス領に訪れた。十年以上ぶりの誘いなのである。
    何かにつけて『自分なんかが』などと言っていた人間が随分な進歩である。が、それはそれとして。
    「いや待て警備はどうなっている。王を独りふらふらと夜中の徘徊を許すなど何を考えているのだ」
    思わず浮かれた思考になりかけた自分を叱咤して、よもや夜番の兵が居眠りでもしているのではあるまいなと顔を顰めた。
    すると、ディミトリは首を傾げて事も無げにとんでもないことを言った。
    「あぁ、彼らを叱らないでやってくれ。窓から出たからな」
    「ばッ!……馬鹿かお前は」
    思わず大声で怒鳴り散らしそうになったのを何とか抑えれば、図体ばかりでかくなったこの男は叱られた子供のように情けない顔をしている。
    「……すまない」
    「別にいい。今に始まった事ではない」
    よく考えれば今のディミトリの行動は幼い自分がやったことのあるもの。未熟な自分は警備の兵との攻防で大騒ぎしながらディミトリを起こし、駄々をこねたものだった。
    つい己の愚行を思い出してしまい深く溜息をつく。すると、ディミトリはそれが自分に向けられたものと受け取ったようだ。
    置かれた蝋燭を取り、ディミトリがくるりと背を向ける。その腕を素早く掴んだ。
    「どこへ行く」
    「大人しく自分の部屋に帰るとするよ。急に押しかけてすまなかった」
    「…………」
    おそらく情けない顔をしているであろう男の顔を想像し、無意識に顔を顰めた。無性に舌打ちしたい衝動に駆られる。
    ――この男はいつもそうだ。ちょっと能天気な顔を見せたと思ったら勝手に自己完結して離れていく。こうして繋ぎ止めてやらねば、おちおち眠ってもいられん。
    ふたたびディミトリの手から蝋燭を奪い取り、息を吹きかけた。月の光が僅かばかり差し込むのみの薄暗闇の中で、獲物を逃がさないようにしっかりと拘束した。
    「寒い中そう何度も出歩くな。……来たかったら好きにしろ」
    身体が冷えている。もしかしたら部屋に訪れるのを躊躇ってしばらくうろついていたのかも分からない。
    暖めるようにぴたりと背中に密着して手の甲を撫でさすってやると、すぐに体温が上がってきた。体温、というよりは、主に首筋や耳のあたりだ。そこに唇を掠めさせると、ディミトリはすっかり抵抗する力をなくしてしまった。
    「……黙っているのなら、俺の好きにするぞ」
    振り向かせると予想通り、暗がりでも分かるほどに顔が真っ赤だった。そんな反応をされるとこちらまで見ないようにしていた気恥ずかしさが頭をもたげてくる。
    「……好きにする、とは」
    「……さっさと寝るぞ」
    手を引けばされるがままに寝台へと運ばれていく。
    枕を並べ、二人してぎこちなく横たわり、文字通り眠るだけ。形容しがたい情動が起こらなくもないが、安心して眠らせてやりたいのも本当だ。
    学生の頃から休むのも眠るのも下手だった此奴が、自分の隣でだけは気の抜けた能天気な面を晒して安眠を得る、その様子を見るのは何とも言えぬ充足感があった。


    それからディミトリは、フラルダリウスの屋敷に来るたびに部屋に忍び込んでいる。ディミトリに合鍵を渡してやったからだ。
    一応用意する部屋も自室に近い場所にして、警備は別の場所においた。
    眠ると言ってもいかがわしい行為はしていない。ただ安眠のために、身体を寄せ合うことが幸せだった。

    ところがディミトリはそうではなかった。不満げに、しかし部屋に通うのをやめないディミトリに手を焼くことになるのに、そう回数を重ねなかった。

    今宵も、カチャリと開錠の音がした。扉の開く軋む音に、寒そうに震える吐息の気配。
    「早く来い」
    小さな囁き声でも、静まりかえったこの部屋ではやけに響く。
    毛布を被せながら抱き締め、そのまま寝台に引き込むとその体躯に似合わず、すんなりと身体がよろける。
    此奴なりの不器用な甘え方なのだろう。恐る恐る回される腕はいつまで経っても不慣れな手つきだ。
    人に慣れぬ獣でも手懐けている気分がしてくる。すりすりと首の辺りに頭が擦り付けられ、金糸が鎖骨を擽ると、そこに愛らしさを見出しそうになってしまう。
    掛布を首まで引っ張り、互いの体温が閉じ込められる。溶け合ってしまいそうな、えも言われぬ心地よさだ。
    唇が首筋を伝い、ん、とディミトリがねだるように唇を突き出す。一瞬だけ意識が扉の方へ、つまり施錠の如何について気になったが、すぐに溶け去った。
    元より侍従の類は煩わしいと遠ざけている此処で、誰も邪魔なんてしやしない。
    薄い唇にそっと己のそれを触れさせ、すぐに離した。
    羽が舞い降りたが如き触れ方では、当然ディミトリは満足しない。追いすがるように顔を寄せられた金糸から更に逃げる――と見せかけて、背に回した手をディミトリの大きな背中に滑らせ、逃がさんという意思表示を伝えるために腰に絡みつけた。
    「んっ…………ふぁ、あ、んむぅ…………」
    最初は軽く触れるだけの口づけだったものが、徐々に深いものへと変わっていく。互いに舌を差し出しあい、絡めあわせる。唾液を交換しあう。互いの口腔から溢れたそれが、二人の顎を伝って落ちていく。それを勿体ないとでも言うように、ディミトリは舌を伸ばして舐め取った。
    獣のような仕草にぞくぞくとする。自分も同じく舌を伸ばして唇を舐めてやると、擽ったそうに身を捩った。
    「フェリクス……」
    夢中で体を寄せ合いしがみ付き合いながら、いつの間にかディミトリが寝台に仰向けに倒れ込んでいた。つい、追いかけて口づけをするために覆い被さってしまったのは失敗だったのかも知れない。だが、ここで中途半端にやめるのも恰好が付かず、ぎしりと寝台をきしませて膝を乗り上げて口づけを続ける。
    ぴちゃぴちゃと響く口づけの音。その音に酔ってすっかり脱力し、身を任せているディミトリのなんと愛らしいことか。
    その先に期待されていることを分かっていて、今日もこの言葉を吐く。
    「……ああ、おやすみ。ディミトリ」
    最後にディミトリの額に愛おしむように軽く口づけた後、優しく掛布を首まで掛けてやった。
    頭の片隅で理性を保ち、寝るという姿勢を続けているのは、ただ単純に、休養すべき時間を削ってまでやるべき事ではない、という言い訳で。
    正直に言えば流されてたまるかという意地も少ならからずあることは認めねばならなかった。

    ***
    フェリクスと寝るつもりで、寝るというのいうのは睡眠を取るのではなく、互いの服を脱がせあい素肌を重ね合って、そういうことをするつもりで欲に満ちた視線を送っていたはずなのに、あんな、いやらしい口づけも受け入れて、そろそろお前もそういう気分になっていると思ったのに!
    「フェリクス」
    恨みがまし気な声をフェリクスは何ということも無いように応じる。
    「なんだ?」
    「なんだじゃない。……そろそろ俺と寝る気にならないのか」
    「何を言っているんだお前は」
    心底呆れたような声だった。そういう欲の対象で無いならそれでいいのに、ぴったりと身体を寄せて拒むどころか拘束してくるのだからタチが悪い。
    「もう夜も遅い。明日に備えて早く休め」
    「今晩も俺の準備を無碍にするのか」
    「準備せんでいいと前から言っている。さっさと寝ろ」
    「ひどい……」
    抱かれるための準備の知識を得るところから実際に隠れて行うまでにどれだけ苦労したと思っているのか。
    いっそ力づくで抑えつけて抱かせたい。実際抱かれるという事を達成するのは難しいことではない。しかしそれが出来ないから困っている。
    フェリクスの意思で以って掴まれ触れられ、暴かれ求められたいのだ。
    「お前こそひどい。俺の気遣いを無駄にするな。でなければお前に酷いことをする」
    「ひどくしてくれ」
    「お前のそういうところがいかんのだ」
    深いため息をついた。そういう雰囲気に一度なってしまうと、もう何を言おうとしても自分の発言が聞き分けの無い子供のようだと飲み込んでしまう。
    「なあ、フェリクス」
    ただ、フェリクスの前では子供でも良いと許されているのも、それはそれで心地が良い。頭を摺り寄せれば何も言わずとも撫でてくれる。もちろん、大の男がそんな事に喜ぶのは如何なものかと思うのだが、そういう時のフェリクスは酷く優しいのだ。それと比べれば何であろうと些細なことだった。
    「なんだ」
    「抱いてくれないか」
    「しないと言ったろう」
    「そうじゃなくて、ただ抱き締めて欲しいんだ」
    「…………仕方がない奴だな」
    フェリクスは少し笑って背に腕を回し、背中に手を回す。胸元に顔を埋めるの姿勢は普段の身長差では不可能だから、新鮮で、とくとくと聞こえる心臓の音がなんだか懐かしい。
    瞼を閉じて、心音を聞く。これだけでいつも心地よい眠気に包まれるのだから不思議なものだ。
    フェリクスの心音を聞くのが好きだ。でも寝てしまうのが惜しい。聞いているとすぐに眠りに落ちてしまう。
    だから、いつも、自分から強引に迫れないと知っていて、まだフェリクスがその気になっていないと知っていて、悪あがきにじゃれついてしまうのかも分からない。
    「おやすみ、ディミトリ」
    そして今夜も勝者はフェリクスのまま。フェリクスの心音は自分のために鼓動を刻み続け、微睡みの波が押し寄せては引いてを繰り返す。
    夜が明けるまで、夜が明けても、きっと変わらずそこに在ることに、この上無い安心を覚えるのだ。
    ああ、だからなのか。何ともなしに納得しながら、意識が深く沈んでいった。

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