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    o_matcha

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    ※モブ視点
    ※現パロか現代潜伏任務中かはご自由に

    #にほ福
    #号福
    no.Blessing

    XLサイズのアレ しがない女子大生の私だが、コンビニの深夜バイトをしているといろんな人と出会うことがある。もちろんほとんどは普通の人なのだが、たまにこう、どうにも印象に残るお客さんがどうしてもいるのだ。
     それが、今しがた店内に入ってきた、あの、男性。見た目は二十代半ばほどと若く見えるのだが、以前興味本位で酒類の購入の際に身分証の提示を求めたところ、そこに記されていた生年月日からわかる年齢は、三十をゆうに越えていた。
     でも、それを知ってなお、やっぱりそんなに年上には見えない。黒髪だが、ふわふわと遊ばせたくせ毛に、赤いアッシュの入った襟足は、いまどきの若者よろしく少し長い。あれくらいだったらうちの大学にだっている。いいや、むしろ彼のほうがよほど、ビン底メガネにチェックシャツの理系男子より大学生らしい。
     それに、なんと言っても、顔がいい。私の近くには滅多にいないようなイケメンだ。小さな顔に、とかく目を惹かれたのはその真っ赤な瞳。まるでルビーでもはめ込んだように、美しい目をしていた。初めて見たときは、はてどこかで見たことがあるような気もしたのだが、その人は、その人自身に十分に魅力ある人だった。
     にこにこと店員の私たちにも彼は愛想がいい。深夜に来る客というのは、少し厄介な人もいるもので、たとえば、成人かその瀬戸際あたりの人を見極めるのが難しく、身分証の提示を求めることが多いのだが、やはりこういう時間に来るのはその瀬戸際の人たちで、それにいい顔をしない人も多い。けれど彼は、俺そんなに若く見えるかな~と人懐こい笑顔を浮かべて、快く応じてくれた。会計を済ませればいつも笑顔でありがとうと言ってくれるし、最近会う頻度が増えているせいか、お疲れ様とまで声を掛けられる。
     ここまで言うと、まるで私が彼に恋をしているような誤解を与えてしまうかもしれないが、そうではない。私が彼のことが気になっているのは、彼がイケメンだからでも、好青年だからでもない。
     彼がこのコンビニを利用するようになったのは、ちょうど一年くらい前からのことだ。私はここでバイトするようになってもう二年近くになるから、それは間違いない。
     彼との出会いというと大袈裟だが、それは今でもよく覚えている。今でこそジャージやスウェット、今日にいたってはずいぶんとサイズが大きい、手足の袖を折ったつなぎ姿など、ラフな格好で来ることがほとんどだが、最初にレジで対応したときは、わりときっちりとした格好をしていた。きっちりと言ってもスーツとかそういうのではなくて、お出かけ用の私服のことだ。大きなボストンバックを肩から下げていて、このあたりは観光地でもないから、誰かの家に泊まりに来たのではないかと、容易に想像がつく。当然、安易な予想にすぎなかったそれだが、これがどうやら外れていなかったらしく、その誰かと、彼がどういった関係にあるのかを察するのにも、そう時間はかからなかった。
     ペットボトルの水とスナック菓子の袋、それから、ころんとレジ台の上に転がった、コンドームの箱。べつに私だってそれくらいでは驚かない。なるほど恋人のところに泊まりに来て、これから一発ヤるのかと顔には出さずに思えるほどに、私の接客術も伊達ではなかった。
     コンドームを買っていったくらいで客の顔なぞ記憶しないが、ならばどうして、その出来事が記憶に残っているのかと言えば、そのコンドームが、コンビニに置いているにしては珍しいであろう、XLサイズのものだったからだ。そんなに数が多いわけではないが、なにせコンビニエンスストアだ。急用にも対処できるように数種類は置いている。標準サイズのものばかり並ぶ中でも、一番下の棚のさらに一番端、あまり目につきにくいところに、それはひっそりと置かれていた。棚の掃除をしながら、一体どれくらいのものなのだろうかとは幾度となく思ったことがあるが、実際、日本人でこのサイズを使わなければならない人がいるのかと、そちらのほうが甚だ疑問であった。私の考え通り、それが、私が働きだしてから売れていくのを見たことがないし、いつまで経っても在庫状況に変化はなかった。よもや男の店長に、どうして売れもしなさそうなそれを置いているのかと聞くこともできないが、気になるものは気になる。コンビニでは常備しておかなければならないのかと思い、別のコンビニをいくつか観察してみたが、そうでもなさそうだし、逆にうち以外にはどこにもなかった。ならばこれは、店長が発注したということで違いないのだろう。
     誰にも買われていかないものは、少し可哀想な気がしてくる。だから、埃をかぶっていたそれが、ついに日の目を迎えたのかと思うと目頭が熱くなったのだが、そうともばかり言っていられない。
     お前はXLサイズコンドームの一体何なんだという感じだが、せっかく売れたのに、サイズ違いだからと捨てられたり、返品されるそいつのことを思うと、堪らなく胸が痛んだ。
     大変失礼だが、その彼が、XLサイズに相応しい人だとはとても思えなかったのだ。確かに上背もあり、日本人男性の平均身長よりはゆうに高いだろう。いつも彼は、女にしてもあまり小さくない私を見下ろすし、私はいつだって彼を見上げている。最近でこそ前述のようにダボダボとした服ばかり着ているからわかりにくいが、体格も悪くない。夏に半袖半ズボンで来たときに見えていた四肢は、なにかスポーツをやっているのかと思うほどに引き締まって筋肉がついていた。
     だがしかし、だ。下半身が、それほどしっかりしているかと言えばそうではないだろう。アソコの大きさは外見で判断できないものだとしても、とても私には、彼がXLサイズの持ち主には見えなった。
     今思えばとてつもなく失礼だったとは思う。けれど残念ながら、私はその日、徹夜でレポートを作成し、講義に出てそのままバイトに入るという体力的にかなりきつい状態だった。言い訳させてもらえるなら、思考が正しく働いていなかったのだ。
    「サイズ、こちらでお間違いないですか?」
     よくもそんなことが言えたと、自分ながらに感心してしまう。女だからって一発殴られてもおかしくはない失礼極まりない発言である。そのとき居合わせたもう一人のバイトの人には、ぴたりと止まったその場の空気に、心臓が止まる思いがしたと言われて申し訳ないとは思っている。
     だがそのときの私は当然、そんなことを言うくらいだから冷えた空気を感じ取れるはずもなくて、きょとんと見開かれたまるで純粋なその赤目を、じっと真っ直ぐに見つめ返していた。
    「あー…」
     時間にすればほんの数秒にも満たない間だった。一瞬自分が何を言われたのかを噛み砕いてか、彼はすぐに、ぽかんと開いたままになっていた口を動かした。
     間違ったなら間違った、大丈夫なら大丈夫、私の中で返ってくるであろうと想定されていた答えはその程度で、だから、次に彼が、今と変わりなくへらりと笑って、律儀にも返してくれた答えは、些か予想の大きく斜め上をいくものだった。
    「これ、俺のじゃあないんだ」
    「あ、そうなんですか…」
    「うん!」
     毒気を抜かれるとはまさにそのことだ。私はその自分の考えすら及ばなかった回答に、そのとき彼に抱いていたのであろう、コンドームを嫁に出すようなひりついた親心をすっかり喪失してしまって、首をこっくり大きく縦に振った無邪気な仕草に、それ以上喰らいつく気は起きなかった。
     そのまま無表情でそのコンドームもレジに通せば、彼はいたって普通にコンビニから立ち去っていった。とんでもないことをしでかしたと気づいたのは、その日夜勤から帰って丸一日寝るのに費やしたあと、目を覚ましたときのことだった。さあっと血の気が引いて、身体が冷たくなっていく感覚をはじめて味わった。
     彼が本当に通りすがりの人で、何ならもう二度とこのコンビニを利用しないことを望むくらいには私の後悔の念は大きかったのだが、その三日後、そんな私の期待を裏切って、彼はまた深夜のコンビニに現れた。
     ああ、とうとうこのときが来てしまったかと思ったものだが、彼はふつうに私のレジにやって来てふつうに会計を済ませると、ふつうにありがとうと言って帰っていった。
     拍子抜けとはまた違うような気もするのだが、とにかく私はその事件以来、彼のことを必然的に気にするようになってしまった。いつかあのときのことをねちねち言われるのではないかと思っていたが、一か月経ち、三か月経ってもそんな様子はなくて、それどころか、彼はその間にも幾度となく例のコンドームを、私のレジで買っていった。
     そうしてようよう、私はあの日の彼の言葉を思い出すことができた。
     あの、XLサイズのコンドームは、自分のものではない、と彼は言った。では誰のものなのか。自分のではないということは、自分以外の誰かのものなのだろう。彼はあの日以来ボストンバックを持って現れることはなくなったから、そのボストンバックを置いている部屋の主だろうか。恋人のところかと思っていたのだが、どうやら私の勘はあてにならなかったらしい。泊めてもらっている礼に、コンドームを買ってくることを求められているのだろうかとよくわからない思考に陥ったところで、そこは私が知り得ない男の世界なのだと思い至り、考えるのをやめた。
     彼はけっこうな頻度でコンドームを買いに訪れた。少なくても12個入りの箱を三週間に一回、多いときだと三日もせずに買いに来た。
     この店のXLサイズコンドームは、全て彼のためだけに発注されていると言っても過言ではない。なかなか売れなかった商品が売れるようになって、店長は不思議に思うこともなく、気づいたときにはストックがなくならない程度に、発注し続けていた。
     実際にこのXLサイズを使う人はどんな人なのだろうか、彼はどうしてわざわざ人のコンドームを買っていくのだろうか、どうして本人が買いに来ないのだろうか。いろいろと私の中で憶測は飛び交ったのだが、しかし、相手は何と言ってもお客様である。怪しい動きをするでもないし、寧ろ良いお客様なのだから、そんな風に勘ぐりするのは決していいこととは言えない。
     だから誰にもこのことは言っていないし、言うつもりもない。私だけでこっそりと、これからも彼の秘密がもしかしたら明らかになるかもしれないその日まで、観察させてもらえれば、言うことはない。
    「今日もお疲れ様」
     そうして今日も、XLサイズのコンドームを買って去っていく彼の後ろ姿を、私はただ、見守るだけである。


     今日も今日とて、いつもと代わり映えのない深夜のコンビニバイト。ピロンピロン、と店内に軽やかな音が響いた。客が来たらしい。いらっしゃいませーと申し訳程度に声を上げる。
    「もうー! いいじゃん、なくったって!」
     そんな私の耳に飛び込んできたのは、前の来店から五日が経った彼の声だった。いつもレジ以外では聞くことのない声が、今日はもう聞こえてくる。いつもの明るい元気な声ではなく、どこか拗ねたような子どもっぽい声は、誰かと話をしているのだろう。
     私がいるところから自動ドアとは棚を二つ隔てていて、彼の姿を見ることができないが、とてつもなく気になる。彼が、一人でなく来店したのは、これがはじめてだ。
     相手の声は聞こえないが、彼はまだ話続けている。もしやXLサイズの友人だろうかと、あれだけ勘ぐりはよくないと戒めたはずなのに、もう好奇心が抑えられない。声が一番手前の棚の向こうでしているのを確認すると、私はそそくさと棚を一つ移動する。棚一つ、さらに彼の声は大きくなった。
    「ダメだって言ってんだろ…、…い、…たら、どう…」
    「だからいいって言ってるじゃん!」
    「だー…だ、…腹こわし……」
     彼の声はよく通る。恐らく、彼の声だけなら、狭い店の中、どこにいても聞こえるだろう。だが肝心の相手の声は、棚一つ隔てているだけでなかなか拾うことができない。しゃがみこんで商品を見ているのか、声はずいぶん下のほうからする。他に客がいないのをいいことに、私も少しずれた位置でその場で体勢を低くした。
    「壊さない」
    「そんなこと言って、前壊してたじゃねえか」
    「うー…」
    「はいはい、拗ねない拗ねない」
    「たまには…―――」
     私は、彼らの会話に、思わず叫び出してしまいそうだった。というか、彼の最後の言葉を聞いた瞬間、私は全てを悟り、今までの会話の意味を全て理解することとなった。
     私が床に這いつくばって固まっている間に、ペタペタと彼のいつものサンダルの音と、もう一つ別の足音が動き出す。まずい、と思って慌てて身体を起こせば、直後に後ろの通路を人が通っていく気配がした。向こうには怪しまれていないようだ。急ぎ足に、なんとか真顔を保つようにしながらレジへと戻る。
     しばらくして、籠に酒やら菓子やらと、2リットルの水を入れて、彼が姿を現した。ことんと、台に籠を置いたのは、彼ではなく、その隣の、男性。
     ずっと姿は見えていた。何せ背が高い。彼が小柄に見えるくらいには身長が高くて、彼が華奢に見えるくらいには体格がしっかりしている。
     いらっしゃいませーと言いながら籠を自分の方に引き寄せたが、私はそこでまたさらなることに気がついた。髪を大ざっぱに後ろで結わえているその男性が着ているつなぎ、私は確かにそれに見覚えがあった。そう、先日彼が着てきていたものだ。変わった模様がプリントされていたから、よく覚えている。藍色の生地に白い、何か葉っぱのようなものが背中から腕、右足にかけて描かれたつなぎ。べつのものかもしれなかったが、彼は裾を折って着ていたのに対して、その人にはちょうど良いサイズだ。
     さきほどの発言も受けて、もう私には、そうとしか見ることができなかった。
     彼は、その人の隣で、はじめて見るぶすくれた顔をしている。藤色の目はそんな彼のことを、呆れたように、しかしどこか可笑しそうに見ていた。
     だがそれ以上に、私が気になったのは、彼の手が、その男の人のつなぎの腰のあたりをぎゅっと握りしめていたことだった。視線は絶対に合わせようとしないのに、そこだけは離さないとばかりにひしと掴んで、まるで甘える子どものよう。
     私はなんでもないフリをしながら、レジを進めるのに精一杯だった。
     籠の中には、XLサイズのコンドームがやはり入っていた。
    「ほら、行くぞ」
     お会計も終えて、ありがとうございましたーとモブ店員を演じ切り二人を送り出す。荷物は袋二つ分になったが、どちらも彼ではない男性が持っていて、彼は相変わらず拗ねたままだ。
     そんな彼の手を引いて、大事なことだからもう一度言うが、彼の手を強引に引いて、男性は店を出ていった。私だって、そこばかりに注目したいわけではない。ないのだが、店を出て、少し離れたところ。こちらからぎりぎり店の明かりで向こうの姿が見えるところ、そこで男性は彼の手をぐいっと引き寄せると、あろうことかその身体を抱き上げたのだ。暗闇の中だったが、彼は確かにされるがままに抱き上げられると、さらにその男性の首へとぎゅうっと抱きついたのだ。

    「たまには、号ちゃんとナマでしたいのに……」

     同じシフトの人が、私の様子にドン引きしていたが、私は暗闇にこれでもかと目を凝らし、ATMの影からガラス窓に張りついて見ていたのだから、間違いない。
     はいはいはいはい、そういうことなのかと、私はようやく今までの話が全て一本の糸で繋がっていくのを実感した。それと同時に、私の心の中にあったもやもやは、綺麗さっぱり晴れていった。
     まあつまり、XLサイズの友人ではなく、XLサイズの彼氏であった、ただそれだけのことである。
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