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    於花🐽

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    付き合ってるサマイチの背中に刺青がある左馬刻の話。

    ##サマイチ

    背中の宿敵 左馬刻がリビングでコーヒーを飲んでいると、寝室の扉が開いて一郎が出てきた。寝ぼけた声で「おはゆ」と言う挨拶に「はよ」と返す。
     一郎は左馬刻を通り過ぎてキッチンに向かった。水を飲み干す音が聞こえてくる。
    「俺もコーヒーもらっていい?」
     キッチンからの声に「好きにしろ」と返事をする。元から一郎も飲むだろうと思ってコーヒーを落としている。
     マグカップにコーヒーを入れた一郎がソファーに座る左馬刻の隣へやってくる。
    「お前はまた、そんな格好で……」
     一郎は上はオーバーサイズのTシャツで下は下着しか着ていない。
    「朝飯の前にシャワー浴びるからそん時着替える」
     一郎はぽやぽやとした声音で喋る。その様子が可愛くて左馬刻は寝癖のついた一郎の頭を撫ぜた。
    「今日は出かけねぇの?」
     左馬刻の服装を見て一郎が訊く。今日は二人とも仕事はない。
    「出かけてぇとこあったか?」
    「いや、特にねぇかな」
     今日の左馬刻は一昔前みたいにビンテージのアロハシャツを一枚さらりと羽織って着ていて、下はチノパンだ。
     左馬刻が気にいっているアロハシャツを仕事の時まで着ていく事はなくなった。仕事の時は大抵スーツを着るようになった。言の葉党政権瓦解後、テリトリーバトルがなくなった後で火貂組内で一悶着あったからだ。
     テリトリーバトルがなくなり、ディビジョン代表でなくなった左馬刻が若頭である事に疑問の声が上がったのが発端だった。
     テリトリーバトル以前から左馬刻はシノギを上げていたし、退紅からの信頼も厚かったから若頭にいたが、ようは左馬刻を気に入らない人間の因縁だった。
     左馬刻は簡単にそれを平定させた。
     小さな内部抗争だったけれど退紅からいつまでもチンピラみたいにふらついているからだと諌められて、それからは若頭然としろと言われてスーツを着るようになったのだ。
     それにオフの時でも外出する際はアロハシャツ一枚で出る事はなくなった。
     背中に刺青をいれたからだ。カタギに見せるものじゃないと左馬刻はアロハシャツを着たとしても下に一枚着るようになった。
     背中に彫った刺青に左馬刻はそれなりの思い入れがあるらしく、人目だけでなく、日焼けによる色褪せも気にして徹底的に肌を晒さなくなった。
     左馬刻は白い肌の見た目に対して新陳代謝が良くよく汗をかく。汗で肌に服がまとわりつくのを嫌がっていた男がそれを変えたのだから相当の思いがあるのだろう。
     ちなみに汗をかいた分だけ肌の表面から熱が奪われて夏でもその肌はひんやりと冷たい。その冷たさを夏の涼に出来るのは一郎だけだ。
     そんな左馬刻が今日のようにアロハシャツ一枚だけならば外に出る気はないのだろう。
     一郎は隣に座る左馬刻に体重を預ける。
     家でのんびりするならばシャワーも急がなくていいだろう。昨夜左馬刻から愛された身体はまだ少しその余韻を残していてまだ動きたくなかった。腹の中もまだ左馬刻がいるような気がして、空腹感もあまり感じない。
     一郎は首を動かして間近に左馬刻を見た。アロハシャツの襟口から覗く刺青。左馬刻の白い肌に映える和彫りの牡丹見切り藍色。
     一郎が十七歳でいつも一緒にいた頃、左馬刻は肌が綺麗だから彫師から刺れたいと請われていたのを何度か見た覚えがある。それらを散らしていたのに彫ったのには何かあるのだろうか。
     組に入ったからか。けれど決別中のファーストバトルの時もセカンドバトルの時にもなかったように思う。白いアロハシャツからはちらりとも見えなかった。
     左馬刻が刺青を彫った経緯を知らなかった。
    「なあ、何で刺青いれたの?」
    「どうした? 急に」
    「前から気になってはいたけど、今思ったから」
     左馬刻は空になったマグカップを置くと煙草を手に取った。
    「……多分面白い話じゃねぇぞ?」
     笑える話題でない事はわかる。一郎は聴きたいと左馬刻にねだった。
    「そもそもいつ彫ったんだ?」
    「縁どり始めたのはセカンドバトルの頃だな」
     背中一面となるとそこそこ長い時間がかかる。
    「何で?」
     セカンドバトルの後は二人が和解の一歩を踏み出した頃だ。
    「死ぬ腹が決まったから」
     端的な答えに一郎は目を見開いた。
     意外な答えだった。やくざとして骨を埋める覚悟が決まったからとかそんな理由を想像していた。けれど左馬刻の口から出たのは『死』という単語だった。
    「刺青ってよぉ、肌に刺れるもんだろ。でも肌ってもんは人間だったら誰でも老いてく。どれだけ綺麗に彫ったってそもそもの土台が朽ちていったら劣化してく。瞬く間に風に消える砂絵みたいなもんだ」
     左馬刻は手に持った煙草に火を点ける。
    「俺は中王区との戦いを死に場所に決めて、その覚悟で彫った」
     彫られた刺青を美しいままにするには死ぬしかない。風化させない死に場所を決めたから彫った。
     煙を吐き出しながら左馬刻は言った。
     驚きで固まっていた一郎の体に左馬刻の言葉が入ってくる。そして迫り上がってきたのは怒りだった。
    「合歓が一人で生きていけるってわかったからな。だからいつ死ぬか決めるのはすぐだった」
     一郎は拳を握りしめる。
     そんな事何も聞かされていなかった。中王区では一緒に戦ったのに、左馬刻はそんな事おくびにも出さなかったではないか。いや、自分が気付けなかっただけだ。
     左馬刻にも自分にも腹が立つ。
    「腹決めてたってこうして生き残っちまうんだから、俺の悪運も強いわな」
     煙草を吸いながら左馬刻はかすかに笑う。
     一郎にはそれがまた許せないと思った。
     一郎はカップを乱雑に置くと左馬刻の膝の上にまたがった。
    「おい、危ねぇ」
     左馬刻は慌てて煙草を灰皿に放おる。
     一郎は左馬刻のシャツの前を引き千切る勢いで開く。
    「おいおい、朝から情熱的……一郎?」
     悪運を自嘲して薄ら笑っていて、一郎にもからかい半分で声をかけた左馬刻だったが、一郎の様子が尋常でないと気付く。
     一郎は左馬刻の体を抱き寄せると肩から後ろの刺青に舌を這わせた。そして舐めた肌に思っきり歯を立てた。
    「痛って! 何すんだ、いきなり!」
     左馬刻が怒鳴るのにも構わず、一郎が再び噛みつこうとする気配に左馬刻は一郎の体を引き剥がそうと試みる。けれど一郎も渾身の力でしがみついてまた背中に齧りついてきた。
    「痛てぇ。バカか。マジで痛てぇ!」
     肉を齧り取る勢いで噛みついてくる。
     これは本気で抵抗すべきだと一郎を剥がしにかかった。
     しばらく無言でもみあい、二人とも息が上がった。
     ようやく一郎を引き離せたがあれから背中にはまた歯型が増えた。
    「勝手に死なせねぇからな!」
     距離の空いた二人。まだお互い息は整わないが据わった目で左馬刻を睨みつける一郎が吼えた。
    「あんたの死ぬ覚悟なんて俺が食い千切ってやる」
     今度は左馬刻が目を丸くする番だった。
    「一郎」
     左馬刻は凪いだ声で一郎の名前を呼ぶ。
     その声音が嫌だ。確かにセカンドバトルの後くらいではないだろうか。この男の静かな一面を見るようになったのは。
     一郎に突っかかってくる時は子供みたいだったけど、遠くから見る左馬刻は静かだった。
     あの静けさは死の覚悟からだったのか。
     今度は怒りよりも哀しみが一郎の心に溢れる。
    「彫ったきっかけを訊いたのはてめぇだろう」
     一郎は唇を引き結ぶ。
    「なら最後まで聴けよ」
     左馬刻は引き剥がした一郎に手を伸ばすとそっと抱き寄せた。
    「死ぬ覚悟でいれたけど、今こうして生きてるんだ。だからこれはもうお守りみたいなもんだよ」
     一郎は顔を歪める。
     何がお守りだ。あの時左馬刻の背中で一緒に戦ったのは一郎だ。
     左馬刻は一度体を離すと、一郎の顔を覗き込んだ。
    「不細工な面すんな」
     笑う左馬刻に一郎はまた怒りが沸いてきた。
    「勝手に死ぬな。俺があんたを死なせないからな」
     顔を覗き込んでくる左馬刻を振り払って一郎は左馬刻に抱きつく。
     背中に回した手に力を込めた。
     仕事の為に短く切り揃えた爪ではこの刺青に傷をつける事は出来ない。けれど左馬刻の背中は自分のものだと、一郎は力強く掴むのだった。
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