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    伊藤眞義

    絵のまとめやWebイベの展示場所

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    伊藤眞義

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    「青い煙」掲載 七伊小説
    事変後の話 二人とも喫煙者

    ラストシガレット 歩道橋の上で呪詛師に刺され昏倒した事は覚えている。
     どこかの簡易であろう硬いベッドの上で目覚めて最初に思ったのは複数回刺されてなお生きている事より真っ先に連絡網の確保だった。帳内と帳外、なんとしても連絡手段を確立しなければいけない。
     今いったい何時なのか、私が倒れてからどれ程経ちどうなっているのか確認しなければ、そう思いベッドから降りれば少しふらついた。

     ベッド脇に置かれた黒い塊を手に取れば四つ穴のあいたボロボロのジャケットだった、血を吸って重くなったそれと一緒に赤黒く染まったシャツもある。外に出ようにも上半身裸で包帯を巻いた状態では憚られ、どうしたものかと考えていたら足音が聞こえてきた。

    「目が覚めたか伊地知」
    「家入さん……」

     今まで、この知らない場所、分からない状況、自分の状態、不安要素だらけの中にパーテーションの向こうから見知った顔が覗いてなんだかホッとした

    「あの、今の状況は?私はどれくらい眠っていましたか? 仕事に戻らないと」
    「まあ待て、その格好じゃ戻れないだろ 順を追ってちゃんと説明してやるから とにかく座れ」

     術後検診を受けながら状況を聞く。あれから一日経っていてお前はまだ絶対安静だと釘を刺されてから五条さんの事、宿儺のしたこと、野薔薇さん、伏黒くん、虎杖くん、そして七海さんの事……
    一日で余りにも多くのモノが失われ余りにも多くのモノが変わってしまっていた。

    「そのままじゃ寒いだろう、毛布持ってくるよ それまでこれを羽織っているといい」

    ふわりと肩に掛けられた枯色に胸が跳ねた

    「これは……」
    「七海が作戦開始時に置いていった物が運良く私の所へ回ってきてね」
     返しておくよ、と言い私の肩に少し触れてから家入さんはまたパーテーションの奥に消えていった。

     どのような最後だったか詳しくは分からない、ただ亡くなったと簡潔に伝えられた最愛の死。
     いつかこうなる時が来ることは覚悟していた。一般より遥かに死亡率が高くお互いどこで突然この世からいなくなるか分からないということを承知の上で寄り添いあっていた。

     私は武運を祈りいつも通り彼らを見送った。その後すぐだ、呪詛師に背後から四度刺し貫かれ昏倒、歩道橋に倒れていた私を此処に運んだのは
     七海さんだったそうだ、夜蛾学長の判断により召集されていた家入さんに私を預け直ぐ現場に戻っていったらしい。一瞬此処に家入さんが居なかったらどうだっただろうかと考える、七海さんが現場に戻らなければもっと悲惨な事になっていただろう、私の変わりなどどうとでもなるのに、私ではなく彼が死んだ。
     私を助けなければとも考えたがあの人はまだ息のある仲間を見捨てるような人ではない、だがタイミングさえ違えば生きていたのではないか、考えても無駄な事ばかり考えてしまう。

     覚悟など事実の前には無力なのだ。後悔の無い終わりなどない。

     肩に掛けられた枯色のジャケットを前に手繰る、体格の違いから肩も胸も余る大きなそれにすっぽり顔を埋めてみれば七海さんがいつも使っている整髪剤と煙草の香りがした。
     内ポケットに何かが入っている、取り出してみればくしゃくしゃになったソフトパッケージのマルボロとライター、中にはひしゃげた煙草が一本だけ入っていた。

     叱られるなと思いながら最後の一本に火を点ける。
     自分の物ではない煙草の味、香り。そう言えば最後に交わしたキスも煙草の味がしていた。忙しくて中々一緒に居られなくて、ちょっとした隙を付いて七海さんからの一、二度触れる戯れを私が「人が見ますよ」とたしなめ彼が「すみません」と言いながら悪びれなく少し笑っていたのを覚えている。

     だがその味はもうしない、彼が吸う煙草の香りももうしない。同じものを吸おうが人が違えば香りは変わるものだ。同じ香りは二度としない。
     携帯灰皿は左のポケット、思った通りの所にあった灰皿に短くなった煙草を押し付けもみ消す。ふぅっと吐いた最後の煙も霧散して消えていった。

     最後にもう一度ジャケットに顔を埋めため息を一つ、家入さんが返すと言ったがこれは私が持っていてもいい物なのだろうか、遺言に副って遺品を
    遺族へ返す時に決めればいいか。

     早く戻らなければ、死んでいれば他の補助監督が遣るだけだが私はまだ生きていて七海さんが私に許可を得に来たように私でしか許可を下せないものがそれなりにある。封印追放されたとしても五条のもつ諸々の権利、その一部を半ば押し付けるように任されているのも私だ。なんにせよ今現在誰が私の代わりをしているのかは分からないが少々心配。

     毛布より着替えを所望しよう、絶対安静、そんなことを言っている場合ではない。生かされた私は生きなければならない。
    腰掛けていたベッドから立ち上がるとまた少し貧血でふらついたがなんとかしゃんと立つ、靴下無しで革靴を履くのに抵抗があるがまあ仕方ない。

     今はこれしかないので七海さんのジャケットに袖を通して

    「貴方が思うより私はずっと丈夫で、ずっと強いので心配しないでください」
    「行ってきますね」

     空中へ呟いてパーテーションの向こうへ歩き出した。
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