マヨ忍ワンライ『忘れ物』 久しぶりに丸一日仕事のない休日。忍は、同じく一日オフのマヨイと一緒に過ごす約束をしていた。おうちデートというやつである。と言っても、忍もマヨイも寮住まいなので、一般的なそれとは少し違うかもしれないけれど。
午前中はふたりで忍者修行をして過ごし、今はマヨイが作った昼食を摂りながら、午後は何をしようかと話しているところだ。
そんなのんびりとした時間に、突然電子音が鳴り響いた。ホールハンズの通知音だ。ちらりと自分のスマートフォンを見てみるが、その画面は真っ黒なまま。ということは、鳴っているのはマヨイのスマートフォンだろう。マヨイの方へと目を向ける。その間も音は鳴り止まない。メッセージではなく通話なのだろう。
「プロデューサーさんからですね」
出てもいいでしょうか、と尋ねるマヨイに、首を縦に振って答える。
「はい、礼瀬ですぅ……はい、はい。えぇ、そうですが。え、今からですか? ……はい。分かりました」
元々下がり気味のマヨイの眉が、話をしていくうちに、より一層下がっていく。
「お頭、すみません」
画面をタップして通話を終えたマヨイが、沈んだ声で忍に話しかけてきた。
「これから事務所に行くことになりました。急なお仕事らしく、ミーティングだけでもすぐに行いたいそうで」
話しながら、マヨイは食べ終わった自分の食器を重ねていく。
「それなら、片付けは拙者がやっておくでござるよ。マヨイ殿は早く行ってくるでござる」
「うぅ、すみません。それではお頭の厚意に甘えて、私は行ってきますね」
そうして、マヨイは慌ただしく出ていった。マヨイも忍もアイドルだから、こんな日だってある。少し寂しいけれど仕方ない。片付けをしようと立ち上がると、目の前のテーブルの上に、先程までマヨイが手にしていたスマホが残されていた。
「マヨイ殿! 忘れ物でござるよ~!」
忍は慌てて追いかける。建物を出ようとするマヨイの後ろ姿へ向けて、もう一度声をかける。
「マヨイ殿~! スマホ! スマホ忘れてるでござるよ!」
「あぁっ、すみませんすみません!」
間に合ってよかった。忍の呼びかけに振り向いたマヨイへ、スマートフォンを手渡す。受け取ったマヨイは、何故かそのまま膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「うぅ。せっかくお頭と過ごせるお休みだったのに。その上忘れ物なんてしてお頭を走らせて。あぁ、どうして私はこんなにダメな人間なのでしょう……」
どんどん早口になり聞き取れなくなっていくが、マヨイが落ち込んでいるのは分かる。頭の天辺から跳ねた髪も、へにょりと力なく垂れているように見える。
「マヨイ殿」
俯いたマヨイの顔を両手で持ち上げ、そのまま首元へぎゅうっと抱きつく。
「お、おぉおぉぉおかしらっ」
「マヨイ殿、今日はミーティングだけなんでござろう」
「はい、プロデューサーさんも、そんなに長い時間はかからないだろうと言っていました」
「じゃあ、お仕事が終わったら、おうちデートの続きをするでござるよ」
「おうち、デート……」
「待ってるから、お仕事頑張るでござるよ」
「は、はいぃいいいい! ミーティングが終わったら急いで帰ってきますね!」
勢いよく立ち上がり寮を出るマヨイを、手を振って見送る。帰ってきたマヨイをどう元気付けるか考えながら、忍は昼食の片付けに戻った。
ーー『おうちデート』の言葉に調子に乗ったマヨイに、後から力いっぱい抱きしめられることを、このときの忍はまだ知らない。