モブ目線フォル学カイアサ 俺は私立フォルモーント学園の進学校に通っている3年生。新聞部に所属しており、『エース』と呼ばれている。新聞部の活動は名前の通り校内の様々なニュースを新聞にして発刊することだ。ただし、ニュースと言っても一般的に想像されるようなニュースだけではない。ここは『私立フォルモーント学園』だ。進学校、芸能校、不良校が存在する。つまり『スクープ』が存在するのだ。俺は入部当初から沢山の『秘密』を暴いてきた。そしてそれを載せた新聞は沢山売れた。そんなこんなで気付いたら、部内外問わず『(新聞部の)エース』と呼ばれるようになったのである。
そんな俺のところに2件タレコミがきている。両方とも熱愛だ。1件は生徒会長アーサーに、そしてもう1件はインフルエンサーカインにそれぞれ恋人がいるとのことだ。進学校2年生にして生徒会長に選ばれたアーサーと芸能校で校内外に多大な影響を与えているカインのそれぞれの熱愛報道が出たら――おっといけない、口が緩んでしまった。
俺は早速調査に出る。あくまで噂であって、自分の目で確認して確証が得られなければ『ない』ことと同然である。記事に嘘があってはいけない。これは俺が入部以来大切にしてきたことである。
ちょうどこれからカインの弾き語りがあるらしい。会場である中庭へ行くと女性生徒を中心に沢山のファンが集まっている。相手はどうやら校内の人間らしく、『彼女』が来ている可能性は高い。まぁあからさま彼女です! みたいに主張する人はいないと思うので、じっくり観察するしかない。そうこうしているうちに主役が登場する。黄色い声が沢山あがるが、中には野郎の声も聞こえる。俺も直接話した事はないが、男女隔てなく接するので男からも人気があるとか。確かに歌は上手い、顔もいい――って見とれている場合ではなかった。今のところ怪しい女性はいない。弾き語りが終わってからも観察したが、カインに話しかけていた女性は皆ただのファンのようであった。ふと校舎を見上げると、窓から中庭を見ている人物がいた。太陽が眩しくてよく見えなかったが、確かあの部屋は――生徒会室だ。
アーサーには謎が多い。みんなから信頼を得ており優秀なのは間違いないが、バックボーンがはっきりとしない。殺し屋に育てられた『噂』があり、一時期追っていたが結局確証は得られなかった。今回はその時の苦い思い出を挽回するチャンスでもある。
少しやりすぎだと思うが、生徒会室に隠しカメラを設置させてもらった。尾行するといつも追い払われるのと先日のカインの弾き語りが少し気になったためだ。カインは人気者だから生徒会の誰かが弾き語りを見ていたとしてもおかしくはない。しかし天性の直感が何か違うと告げていた。
カメラを設置して数日は特に変わった様子はなかった。そんなある日、スマホを見ていた彼は、他人に見せた事のないような表情をしていた。これは『彼女』からの連絡に間違いない。決定打はないかと注意深く見ていると、訪問者がやってきた。カインである。少しびっくりしたが、アーサーとカインは友人だと聞いたことがある。するとカインはアーサーに近づき――抱きしめた。えっ! と思わず声をあげてしまう。友人でもハグなんかしな……するか。元々カインは距離感が近いように感じる。友人であるアーサーとハグしてもおかしくはない。しかしハグの時間が長い。こんなに長いものか? と思っていたら、カインはアーサーから身体を離しカメラへ近付いてくる。その直後、映像は見えなくなった。――まずい、バレた。
数日後、生徒会室の前を通ると厳重に施錠されていた。隠しカメラが見つかったと公にはされていないようだが、対策が施されており二度と同じ手は使えなくなった。こうなったら自分の目で確認するしかない。俺は躍起となり二人を見張ったが、特に得られるものはなかった。
――1か月後、体育の時間に怪我をした。ボールが顔面に当たるなんて我ながら情けない。保健室に行ったが誰もいないので、自分で処置を施しているとベッドの方から声がしてきた。
「また無理をして!倒れるのは何度目だ」
「地面に手をつけてないからセーフだ」
「屁理屈言わない!」
「……すまない」
カインとアーサーだ。怪我の功名と思い、ベッドのカーテンにそっと耳を立てる。
「俺がいたからよかったものの、誰もいないところで倒れていたらどうしていたんだ」
「カインはいつでも助けてくれるだろう」
「あのなぁ……」
「ありがとうカイン。もう少しいけると思っていたんだが……管理が甘かったよ」
「無理はしないでくれ。心配になる」
「あぁ。恋人にそんな顔をさせてはいけないな」
……ん? 今『恋人』と言った? アーサーの恋人はカインと知り合いなのか?
「そうだな。……俺もあんたにそんな顔してほしくないよ。あんたの笑った顔が俺は好きだから」
「私もだ。おまえの朗らかな笑顔に惚れたんだ」
その瞬間、風が吹いた。大きくカーテンが揺れ、口づけを交わす二人の姿がはっきりと見える。窓から漏れる太陽光が二人を照らし、あまりにも神々しく見えるその姿に、俺はただただ見とれるしかなかった。
「おやすみアーサー」
カインはアーサーをゆっくり寝かせ俺の方を見る。咄嗟に隠れようとしたが、さっきとはうってかわって、厳しい目つきで俺を見据えてくる。「エース」と呼ばれた俺はカインに肩組みをされ、そのまま一緒に保健室から出る。
「生徒会室に隠しカメラを仕掛けたのはおまえだろう?」
いつもの姿からは想像できない声音だ。誤魔化そうとしたが、これは逃れられないと思い正直に全て白状した。彼は怒っているような、呆れ返ったような表情をしている。少し考えた後、アーサーには何も告げていない、と言った。
「おまえが俺たちを追っていたのは知っていた。アーサーはおそらく何も気付いていない。別にアーサーとの関係性を隠すつもりはないが、このような形で出てしまうのは不本意だ」
「すみません……」
「……アーサーには黙っといてやる。ただし一つ条件がある」
「これはすごいな……」
「そうだろ? エースが宣伝してくれたおかげだ」
「ありがとう、エース!」
カインが出した条件、それは「募金の宣伝」であった。先日近くの町で自然災害があり、生徒会は復興募金を集めていたが、カインの力を持ってでも目標金額には及ばなかった。そこで俺がその町を取材、現状や魅力を発信することで募金の宣伝をしたのだ。結果は大成功、目標金額に到達し、今はアーサーから感謝の言葉を述べられているところだ。
「カインとエースは友人だったんだな」
「あぁそうだ! 俺がポロっと話したら協力してくれるって言ったんだ! なぁエース?」
「あっ……はい」
俺は怪しまれないように相槌を打つ。あの日以来、カインの目を見るのが正直怖い。あんな怖い目誰俺しか知らないだろ! アーサーは教師たちに報告してくると言い、その場に俺とカインが取り残される。
「本当にありがとうな。おまえを脅すつもりはなかったんだが……」
「これで今回の件はなかったことにしてくれるんですよね?」
「勿論」
「……アーサーの笑顔が見られてよかったですね」
「! あぁ感謝している!」
憎たらしいくらい心から嬉しそうな顔だ。まぁ俺が悪いのも事実だし、ここで和解が成立するなら痛みは少ない。カインの携帯が鳴り、電話口からアーサーの声が聞こえる。どうやら呼ばれたらしい。じゃ俺はこれで――と立ち去ろうとした瞬間そういえば、と彼は思い出したように言った。
「あの時おまえがいたのは気付いていたんだ。気付いた上で、俺とアーサーの関係性を見せつけてやろうと思ったんだ。おまえが言いふらさない自信はあったしな。あっ、アーサーには秘密にしといてくれよな」
人差し指を唇にあてながら彼は立ち去る。俺は暫く茫然とし、誰がアーサーに告げるか! と思った。