数百年後のカイアサAM6:30
小さめの窓から朝日が入り込むと二人が起きる合図だ。元々早起きに慣れている二人だが、この町で暮らし始めてからは多少起床時間を遅くしたらしい。それでも朝日を浴びると自然に身体が起きてしまう。
「おはようアーサー」
カインが愛しい人の名前を呼ぶと、銀髪がもぞもぞ動く。
「……もう朝か」
「昨日の疲れが残っているなら、もう少し寝ていても……」
「いや、大丈夫だ」
昨日はオズとリケが遊びに来ていた。久々に二人に会えるとアーサーは張り切って、料理を作ったり楽しい話をしたり沢山おもてなしを行ったのである。せっかくなら泊まっていったらどうだ、とカインは提案したが新婚だから遠慮しておく、と二人にお断りされた。
アーサーとカインは想いが通じ合ってからは長いが、婚姻関係になったのはつい最近の事である。二人とも表舞台からは完全に引退し、隠居として選んだのが中央と南の国の境にあるこの小さな町だ。町の外れにある古びた教会でひっそりと式をあげ、そのままこの町に住み着いた。二人の正体を知る者は誰もいないが、その方がかえって都合が良い。町にすぐ馴染み、魔法が使えることもあり今ではちょっとした人気者だったりする。
「この前ジャクソンさんが卵をくれたんだ」
「ベーコンを好きだと言ったら、エミリーおばさんが自家製ベーコンをくれたよ」
本日の朝食はベーコンエッグである。食事は基本的に『手が空いている方が作る』というルールだが、朝食は一緒に作る日が多い。二人とも手際よく調理をすませると、テーブルに向かい合って座り、昨日の話で盛り上がりつつ朝食をとる。
「オズは相変わらずだな。近所の人たちに沢山話しかけられて固まっていた」
「ここに人が来るのは珍しいらしいからな。しかも全員魔法使い」
「代わりにリケが沢山喋ってくれて助かった」
「オズ様もリケもまた遊びに来たいと言っていた。この町を気に入ってくれて嬉しいな」
「そうだな。今日はどうする? 俺は家の掃除をしようと思うのだが」
「それなら私は買い物へ行こう。ついでに昨日二人がくれたものを近所の人に配りにいこうと思う。正直私たちだけでは食べきれないからな」
AM10:00
カインは家の掃除を始める。一昨日二人でいつも以上に綺麗にしたこともあり、そこまで汚れてはいないようだ。早めに終わったので庭の水やりをしていると、近所に住んでいるエミリーおばさんに声をかけられる。
「ベーコン美味しかったよ!ありがとうな!」
「どういたしまして。あんたみたいな若造に食べてもらえると嬉しいよ。あっ、実際は私より年上なんだっけ?」
「だいぶ、ね」
こうやってたわいのない話をするのがカインは好きだ。戦とか政治的な話をすることが多かったせいか、なんでもない話は安心できる。一応アーサーが狙われた時の様々な『マニュアル』は常に頭の片隅にあるようだが、とっくの昔に国王を引退したアーサーに今何かをしようとする輩はいないだろう、とカインは考えている。それでもオズは心配なようで、頼んでもいないのに家の周辺に守護の魔法をかけて帰ったようだが。
「アーサーは出掛けているのかい?」
「買い物に。そうだ! 昨日来た友人のお土産をあげるよ。ちょっと待っていてくれ」
アーサーは町の中心へ向かう。食料から日用雑貨品まで小さな町なりに一通りは揃っている。二人で暮らすようになってから金銭面のやりくりを覚えたアーサーは、何が何曜日に安いか完璧に覚えていた。今日のお目当ては魚である。ここ数日肉料理が続いていたため、今日は魚にしようと決めていた。が、アーサーが行った頃には売り切れていた。どうやら今日は入荷が少なかったようだ。少し落ち込んでいると、アーサーと声をかけられた。引っ越ししてきた当初お世話になったジャクソンである。
「最近魚は入荷が少なくてな。今年はどうやら不漁らしいぞ」
「そうなのか」
「ん? アーサー美味しそうなもの持ってるじゃねーか」
ジャクソンが指をさした先は、アーサーの持っている鞄から見える果物である。丁度配ろうとしていたものだ。
「これは昨日来た友人のお土産だ。よかったら貰ってくれ」
「それなら……これと交換しねぇか?」
ジャクソンが取り出したものは、アーサーが買おうとしていた魚だった。アーサーは断ろうとするが、ジャクソンの強い押しに負けてしまい交換となった。
多少強引な人や世話焼きの人もいるが、この町の住民は良い人ばかりだ。アーサーはこの町を選んでよかったなと思いつつ帰路につく。
PM12:00
アーサーが帰宅し、昼食の準備を行う。本日の昼食は市場で買ってきたサンドイッチと昨日お土産で貰った果物だ。農業が盛んな町のため、売っている食物の大半が地元で取れたものだという。この町に住む事を決めた一つの理由に、食べ物が美味しかったからというのがあるようだ。
「ここの野菜は瑞々しくて美味しいな」
「俺たちもこんな野菜作りたいな」
「もうすぐ収穫できるのだろう? 楽しみだな!」
PM13:30
昼食を終え一休憩した後、家の近くの畑へ向かう。農業に興味を持った二人が、荒地だった土地を自分たちで管理する、という条件で町の人から無償で貸してもらっている土地である。最初ということもあり育てやすい種類の野菜を育てているが、ゆくゆくは自給自足をするつもりである。
「あーーまた虫に食われてる。この前対策したのになぁ……」
「それだけ私たちの野菜が美味しいということだろう。しかしこのままでは私たちが食べる分がなくなってしまう」
「魔法で対策をしてもいいが……それだけはしないって決めているしな」
魔法は極力使わない。二人が一緒に生活するにあたって決めたルールである。勿論、何か困り事や人助けの際には使うが、日常生活では人間と同じように暮らそうと決めている。いつぞやかネロが言っていた『料理をするのに魔法は使わない』と一緒なのであろう。
「明日近所の人に聞きに行こう。いい案をくれるはずだ」
「そうだな」
草むしり、水やり等を行い、気付いたら日が暮れ始めている。二人はこの瞬間が好きだ。平穏に1日が始まり何事もなく1日が終わる。賢者の魔法使いや国王とその騎士として活躍している時も楽しかったが、二人でゆっくりと一緒の時間を過ごすのも悪くない。むしろずっとこの時がくるのを待っていたのだ。色々あって数百年かかってしまったが。
夕日に照らされるアーサーは世界一美しいとカインは思う。幼い頃から苦労してきたが、今こうやって泥まみれになりながらも穏やかに佇むアーサーを見て、よかったなとも思う。そしてそんな彼の隣に居られる事が幸せであり、未だに夢を見ているかのようでもある。
カインの視線に気付いたアーサーはどうしたんだ? と優しく微笑むと、頬を優しく愛おしそうに触れられる。
「……泥がついてる」
「ははっ、くすぐったいよ。家に帰って風呂に入ろうか」
「あぁ」
PM18:00
アーサーが先に風呂に入り、カインが入っている間に夕食の準備をする。ジャクソンに譲ってもらった魚をフライパンで焼きムニエルにする。
「いい匂いがする」
風呂からあがったカインがフライパンを覗き込む。お腹が減っていたので一口『味見』をしようとしたら、手を軽く叩かれた。
「こら」
「悪ぃ悪ぃ」
悪びれた様子がないことは付き合いの長いアーサーが一番わかっている。カインにテキパキと指示を出し、あっという間に夕食は完成する。
「流石アーサー。ご飯が美味しい!」
「ここの食材が美味しいおかげだよ」
夜は今日1日の話をすることが多い。一緒に住んでいるといっても、1日中一緒にいるわけではないため、お互い今日あった出来事を話すのが慣習となりつつある。近所の人がどうしただの畑で何があったのかだの、ごくごく日常の他愛もない話ばかりである。だがそれが幸せな事だと二人は思っている。最愛の人とゆっくり暮らせる1日1日が幸せだと実感している。一緒にいれなかった時間より、一緒にいれた時間が長くなればいいのにと祈っている。
PM23:00
「今日もあっという間だったな」
「きっと明日もいい1日になるだろう」
毎日一緒に寝ている二人のベッドは、青年が二人寝てちょうどいい大きさである。たまに大きなベッドで寝たくなる時があるので、その時だけは魔法を使う。二人のお茶目なところは昔から変わっていない。
「明日は雨らしいぞ」
「それなら久々に家でゆっくりしてもいいかもしれないな」
「この前茶葉を貰ったから入れてみようか」
「カインの入れた紅茶が久々に飲めるのだな。楽しみだ」
「心を込めてお入れしますよ、陛下」
「私はもう国王ではない。おまえの家族だ」
「ははっ、そうだったな!」
カインはアーサーの頭をわしゃわしゃする。やめろ、といいつつアーサーは嬉しそうである。カインがおやすみのキスをアーサーの額に落とすと、アーサーもカインの手のひらに落とす。
「「いい夢を」」