【エグシャリ】焼肉をたべるエグシャリ(前編) タン塩、ハラミ、ロースにカルビ。
真っ赤に燃える炭の上で次々と焼き上げられていくそれに、エグザベは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
脂がぽたぽた。
煙がじゅうじゅう。
──嗚呼、立ち上る煙の匂いだけでもご飯が三杯いけそうだ。
「ふふ……それはそれで結構なことですが、できればお肉もたくさん食べてくださいね」
焼けましたよ、と正面に座るシャリアが言って、トングで掴み上げた肉がエグザベの前に置かれた山盛りライスの上にひょいひょいと盛られていく。
「あっ、そんな、中佐のお手を煩わせるなんて」
「いいんですよ、私の方から食事に誘ったんですから。さ、食べごろのうちにどうぞ」
「う……」
ライスの上にうず高く積み上げられた肉たちを見てもう一度、ごくり。
一目で高級品だと分かるそれは合成肉ではなく本物で、生でも食べられるほどの新鮮さが売りなのだそうだ。
レア寄りのミディアムレアに焼き上げられたそれはぷりぷりつやつや暴力的なまでに美味しそうで、これを前にして我慢できる人類など人類ではないとさえエグザベは思った。
「うぐぐ……」
エグザベは上官よりも先に食事を始めることに最後まで抵抗しながらも、結局は鼻先をくすぐる焼けた肉の美味そうな匂いと、なによりシャリアのわくわくと期待するような笑顔に負けて、慣れない箸でどうにか一番上のカルビを摘み上げるとおそるおそる口へと運んだ。
「むぐっ……」
カルビを舌の上に乗せるなり、脂の甘い香りが鼻の奥を通り抜けていく。
肉質はやわらかく、とろけるような舌ざわりで、ほとんど噛む必要すらなかった。
口の中で何回か転がしただけですっ……と消えてしまったそれは夢か幻のようで、しかし凝縮された旨味の塊が食道をゆっくりと伝い落ちていく感触がこれが確かに現実であることをエグザベに訴えてかけてきた。
「う、美味い……」
美味すぎる。
ライスボウルを持つ手をぶるぶると震わせて、エグザベがうめいた。
うわーっ! なんだこれ! なんだこれ!
これは本当に僕の知っている牛肉なのか?
もしかしてジオンが秘密裏に開発した新種の家畜の肉とかじゃないのか?
こんなに柔らかくて甘くて旨味がたっぷり詰まっていて濃厚な肉なんて今まで一度も食べたことないぞ!
いや、もちろんこれまでにだって旨い肉を食わせてもらったことはある。
キシリア様に初めて謁見したときに出された分厚いステーキは血が滴るようなレアで、ひと噛みするごとに涙が零れ落ちるほど美味かったことは昨日のことのように思い出せるし、同じくキシリア様の護衛でついていったパーティで食べたローストビーフは赤身の味がすごく濃厚で、元難民の自分なんかが本当に食べていいものなのか不安になるくらいだった。
だけど。
そのどれよりも、今食べたひと切れの焼肉の方が遥かに美味いとエグザベは思ってしまった。
肉の質や味もさることながら、目の前で手ずから網焼きするというバーベキューのようなライブ感もおそらく一役買っているのだろう。
立ち上る煙や香り、したたり落ちる脂がじゅうじゅうと焦げる音、炭火に炙られてふつふつと沸き立つ肉の表面が赤から茶へ変わっていく臨場感。
そして。
目の前には、にこにこと笑みを浮かべながらハイボールのジョッキをぐびぐびと傾けているシャリアがいる。
──そう、このひとが。
この愛しいひとが、自分のために手ずから肉を焼いてくれている。
だからこそ、この肉はこんなにも美味しいのだと。
「ふふっ……」
目が合って、シャリアがまた楚々とした笑い声を立てる。
「な、なにか僕、変なことしましたか?」
「いえ。君は本当に考えていることがすべて正直に表に出るな、と思いまして」
「あ……!」
最強のニュータイプと名高いシャリアは、その力で人の心の内側さえ読むことができるのだという。
つまり。
「あああああの……その、僕が、今考えていたことを……?」
「ふふっ……まさかそこまで喜んでもらえるとは、ご馳走のしがいがありますね」
「あああああああ……」
ぐいっ、とハイボールを飲み干したシャリアの笑顔の何と晴れ晴れとしたことか。
対してエグザベは醜態をさらしたことに頭を抱えて突っ伏すが。
「エグザベ君、そろそろ次の肉が焼けますよ?」
「ハイッ! 頂きますッ!」
焼けた肉をカチカチとトングで威嚇するシャリアの声かけによってすぐさま立ち直り、ほかほかライスの上に残っていた肉たちを勢いよくかき込んだ。
「うう……美味しいぃぃ……」
「ハイ、泣かない泣かない。お肉はまだまだたくさんありますからね。足りなかったら言ってください、追加で注文しますから」
シャリアは大ぶりのハラミステーキをジャキジャキとハサミでひと口大に切ると、一切れは自分の皿へ、残りはエグザベのライスの上にひょいひょいと盛り付けていく。
「これはタレに漬けてあるものなので、そのままでどうぞ。タレが浸みたライスも美味しいのでぜひご一緒に」
「ふぁい! おいひいれす!」
口の中がぱんぱんになるまで肉とライスを詰め込んで、エグザベがぶんぶんと頷きを返す。
シャリアはそれを見てまた嬉しそうに笑い、追加で届いたウーロンハイをひと口含んで「美味しいですねえ」と目尻を下げる。
シャリアの周りには空になったジョッキがいくつも散乱していて、普段よりも随分酒が進んでいるようだった。
けれども、皿のほうはほとんど汚れておらず、エグザベばかりが肉を食べていることに少しだけ心配になる。
「あの、中佐はさきほどからあまり召し上がっていらっしゃらないようですが……」
どこか具合でも、と言いかけるが、具合が悪い人間がこんなに酒を飲んだりしないだろう。
「ああ、大丈夫ですよ」
またエグザベの心を読んだのか、シャリアがウーロンハイを半分ほどひと息に飲み干して、先ほど取り分けていたハラミステーキを口へ運ぶ。
「この歳になると量よりも質といいますか……いいものを少しの量で満足できるようになりましてね。なにより」
空っぽになったエグザベのライスボウルに目を留めて、また嬉しそうに笑う。
「君の食べっぷりがあまりにも気持ちがいいものですから。それを眺めながら飲む酒がそれはもう美味しくて」
「うっ……それって僕をオカズにしてるってことですか……?」
「そうとも言いますが……そういった言い方をされると、妙にドキドキしてしまいますねえ?」
「はうっ……」
すい、と目を細め、シャリアが唇についた脂をゆっくりと舐め取ってみせる。
照明に照らされて赤い舌がてらりと光り、ねっとりと唇の上を這う色っぽい仕草を見せつけられて、エグザベはドキドキしてしまった。
カッと身体が熱くなり、思わず背中が丸くなる。
それを見て、シャリアがゆっくりとテーブルに肘をつく。
「……えっち」
首を傾けた拍子にサイドに流した前髪がはらりと落ちるのを見て「えっちなのはどっちだ!」と、エグザベは心の中で悪態をついた。
食事とセックスは似ている、と。
スクール時代の友人からそんな話を聞いたことがある。
与えられるままにガツガツと肉を食らう自分と、それを眺めながらじっくりと楽しむシャリアと。
それは確かにそのまま夜の自分たちに通じるものがあると気がついて、エグザベはますます顔を赤くして小さくなっていく。
「ふふっ……まあまあ、そう硬くならずに」
エグザベを宥めながら、しかしシャリアがテーブルの下から手を伸ばしてくる。
「ッ……」
シャリアの手がエグザベの膝に触れ、さわさわと誘うように太ももを撫でてきた。
そのくせ反対の手ではまたジョッキを傾けているのだから、これは相当にたちが悪い。
「っ……中、佐……」
シャリアが触れたところが燃えるように熱くて、エグザベは息も絶え絶えにシャリアの名を呼んだ。
ほとんど睨みつけるようになりながらシャリアを見返せば、それすら楽しいのかシャリアがまたくすくすと肩を揺らす。
「まだまだお肉はたくさんありますから、いっぱい食べてくださいね」
──デザートは、その後に。
甘く痺れるような思念が直接脳に注ぎ込まれて。
「しょっ……少々離席しますッ……!」
いよいよ我慢ができなくなったエグザベは、食事中の無礼を詫びながら一目散にレストルームへ駆け込んだ。
その背中を席から眺めていたシャリアは。
「あ、すみません。ハイボールのお代わりをください。濃いめでお願いします」
呑気に酒のお代わりを注文していた。
後編へつづく。