【シャリシャア】エンドロールのそのあとに 04 ──その日、シャリアとシャアの自宅を嵐が襲った。
「ごきげんよう。キャスバル兄さん、シャリア・ブル」
連絡もなしに訪ねて申し訳ないと言ったその女性は、しかし不遜な態度を崩さずにリビングのソファに深く腰かけた。
肩で切り揃えたプラチナブロンドの髪は変装用のウィッグか。
左右に分けた前髪の間ではきりりと柳眉が吊り上がり、シャアと同じ色をした美しい瞳が、油断なく二人のことを見据えていた。
「こ……これはこれはアルテイシア様。お久しゅうございます」
「久しぶりですね、シャリア・ブル。息災ですか?」
「おかげさまをもちまして、つつがなく。アルテイシア様におかれましてもお変わりないようで、このシャリア・ブル安堵いたしました」
この女性の名は、アルテイシア。
フルネームをアルテイシア・ソム・ダイクンといい、ジオン建国の父・ジオン・ズム・ダイクンの次子であり、ジオンの現元首であり、そして大佐こと、シャア・アズナブルこと、キャスバル・レム・ダイクンの実の妹でもあった。
「ええ。あなたが傍につけて下さったコモリ中尉が、よく働いてくれているおかげです」
アルテイシアは深々と頭を下げるシャリアに鷹揚に頷くと、懐かしい部下の名前を口にした。
「左様でございますか。それを聞いてますます安心いたしました」
終始にこやかに応じながら、その実シャリアは背中に滝のような汗を掻いていた。
腹の中で、コモリに泣き縋る。
──どうして何も連絡をくれなかったんですか!
「コモリ中尉に当たるのはおやめなさい。このことを伏せるようにと命じたのは、私です」
だって知ったら、あなたたち逃げるでしょう?
鋭い指摘に、背筋が冷えた。
アルテイシアもまた、ニュータイプだった。
その能力は決して高いものではないと聞いていたけれど、それでも今のようにすぐ傍にいる人間の強い感情を読み取るくらいの芸当はこなせるらしい。
やりづらい、と、自分のことを棚に上げ、シャリアはただただ愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
そもそもシャリアはアルテイシアの引き留めを振り払い、軍を辞めたといういきさつがある。
退役の手続きは正式なものだったけれど、どうしたって罪悪感を拭い去ることはできなかった。
「そんな顔をしないでください。なにもあなたを連れ戻しにきたわけではなくってよ?」
「では、此度は何用で……?」
「どこかの兄がまったく連絡を寄越さないものだから、こちらから会いにきました」
ねえキャスバル兄さん、と。
ちらりと流し目を向けたアルテイシアの視線の先で、シャアがびくりと震えるのが見えた。
妹の前で直立不動の姿勢を取りながら、兄がぼやく。
「まったく……とは言い過ぎではないか? 現に数日前には、会話をしただろう」
「何十回と電話を掛けてようやく……ね」
「私とてこちらでそれなりに忙しくしているのだ。分かるだろう?」
「あら、私よりも?」
「うっ……」
ひとまずは状況が落ち着いたとはいえ、いまだ復興の途上にあるジオンの元首ほど多忙を極める者はいないだろう。
対するシャアは軍を辞め、悠々自適な学生生活を満喫中だ。
どうやったって、勝ち目の無い戦である。
分厚い前髪の内側で、シャアが眉間に皺を寄せるのが見えるようだった。
「ま……まあまあ。なにはともあれ、せっかく御兄妹がお揃いになったのですから、水入らずでゆっくりお話をされてはいかがでしょう?」
どうにかこの場から逃げ出そうと、シャリアがさもいいことを思いつたように提案する。
「……逃がさんぞ、シャリア・ブル」
「ひぇ…………」
しかし細く開いた前髪の隙間から青い瞳にギラリと睨まれて、シャリアはこの場から逃げ出す唯一の好機を失った。
「兄さん、シャリア・ブルに当たるのはおよしなさい。シャリア・ブルも、私たちに気を遣う必要はなくってよ」
自分よりも年上の男たちをぴしゃりとたしなめるその態度は、いかにも為政者にふさわしい風格だった。
あるいはこれが彼女生来の持ち味か。
なにせ彼女は独立戦争当時──連邦風に言うなら一年戦争当時──自らモビルスーツを駆ってソロモンに乗り込み、ザビ家の一角ドズル・ザビを単騎で討ち果たした女傑であったのだから。
「あのときは必死だっただけです」
アルテイシアがたおやかに微笑む。
必死になるだけで敵将を討ち取れるなら苦労はないとシャリアは思ったが、それを口に出すほど愚か者ではなかった。
キッチンからカチャカチャと食器が触れ合う音がする。
アルテイシアの相手をシャリアに任せ、シャアがお茶を淹れに行ったからだ。
シャリアはそれをずるいと罵ったが、少なくともシャアの方が上手く茶を淹れられるので、この配置にノーを突きつける権利を持ち得なかった。
「そういえば、シャリア・ブル。私を呼ぶときに『様』を付けるのはやめていただけて?」
シャリアが正面に腰を下ろしたタイミングで、アルテイシアが口を開く。
「は……? いえ、それは」
「私がジオンの公王で、あなたがかつての部下だから? それとも兄の……シャアの妹だから?」
シャリアのセリフを先回りして、アルテイシアが牽制した。
「……そのどちらもです。あなたは私の大切な大佐の妹御であらせられる。そして私は軍を退役こそしましたが、いまだジオンに籍を持つ、れっきとしたジオン国民です。その私が君主たるあなた様を敬称なしでお呼び奉るなど……」
「でも、あなたは兄のマヴなのでしょう?」
「……そうですが」
「でしたらあなたは私の義兄、私はあなたの義妹といっても同然の間柄になるのではなくて?」
「えええぇ…………」
一見暴論であるように見えて、しかしある程度の根拠があるように聞こえる言い回しにシャリアは目を泳がせた。
元は連邦の通信兵だっただけあって、その弁舌の鋭さにはシャリアも舌を巻く。
「あなたはご自分の妹を、様付けでお呼びになるの?」
ずいっとテーブル越しに今一歩詰め寄られ、シャリアはいよいよ返す言葉を見失う。
「どうなの、シャリア・ブル?」
いっかな追及の手を緩めないアルテイシアを、台所から愉快そうにシャアが笑った。
「観念したまえ。君の手に負えるような娘ではない」
言外に諦めろと言われ、シャリアは白旗を上げた。
「……承知しました、アルテイシア。ですが、言葉遣いについてはご容赦を」
「分かりました。不良のような言葉遣いであれば改めさせるところでしたが、丁寧な殿方は嫌いではありません」
ようやくアルテイシアが笑顔を浮かべたのを見て、シャリアはほっとソファに背を預けた。
シャアはいつまで茶を淹れているのだろう。
恨みがましい視線を台所に遣れば、アルテイシアが優雅に脚を組み替えながら「そういえば」と呟いた。
「そういえば、あなたは兄のことをなんと呼んでいて?」
「兄君のことは、かつてのまま……大佐、と」
「二人とももう退役しているのに?」
至極当然のことを指摘され、シャリアは苦笑いを浮かべた。
「……やはり、おかしいでしょうか?」
シャリアが聞き返すと、アルテイシアは首を傾げた。
「悩んでいらっしゃるの?」
「ええ……少し。軍を退役したあの方を大佐と呼ぶのはおかしい、それは分かっているのです。あなたが口にされた兄君のお名前こそが生来のものであることも、幸いにして私は存じております。本来であれば、それをお呼びするのが相応しいのでしょう。ですが、私が出会ったあの方は『大佐』以外の何者でもあり得ないのです。シャアでもありましょうが、それは仮初の名前であることを私は知っています」
「だから大佐、と?」
確かめるように聞き返されて、シャリアはゆっくり頷いた。
「私にとって、あの方は大佐とお呼びする他にないの方なのです」
おかしいでしょうか、と、窺うようにアルテイシアを見れば、ゆるりと首を振られてしまった。
「それは私ではなく兄に聞くべきことでしょう」
それはまったくの正論だった。
シャリアとて、分かっている。
この問いへの答えは、シャアしか持ち得ないことくらい。
「しかし……」
「……確かに兄は、周囲に『そうあれかし』と望まれてしまえば、その通りに振る舞ってしまう男です」
台所に立つシャアを遠くに見つめながら、ぽつりと零れたアルテイシアの言葉にシャリアは目を見張る。
まるでシャリアの迷いを引き継ぐようなそれに「分かっておられたのか……」と、シャリアは痛みをこらえるような視線をアルテイシアに向けた。
「おそらくですが、あなたが『大佐』と呼ぶことも、兄は無意識のうちに呑み込んでいるのでしょうね」
そう告げるアルテイシアの瞳は、諦観に満ちていた。
「アルテイシア。兄君は──」
「……分かっています。他ならぬ兄のことですもの」
あれは何か、自分以外の大きな意志によって動かされている。
「ですがもし……そんな兄が自らの意志を持ち、それをあなたに伝えることができたなら──」
アルテイシアはシャアから視線を外し、シャリアを正面に見据えて深呼吸をした。
「その時は、どうか真摯に向き合ってください。たとえあなたの出した結論が、兄の意に沿わぬものだったとしても。それを口にすることを、決してためらわないでください」
意志の強いサファイアブルーの輝きが、シャリアの身を打ち据える。
本当に、よく似ていると。
兄弟を持たないシャリアは、アルテイシアから感じるシャアの面影を、遥か古より連綿と続く人類の営みを、尊いものだと感じた。
だからこそ、迷っている。
「……私などに、その資格がありましょうか」
膝の上で組み合わせた手に視線を落とせば、アルテイシアが静かに笑った。
「似ているのね。あなたも」
「!」
「だからきっと、惹かれたのね。兄は、あなたに」
「大佐が、私に……?」
自分にとってシャアが特別であるということは疑いようのない事実である。
しかし、シャアにとっての自分がそうであるとは、未だに自信が持てずにいた。
「あなたは読心に長けたニュータイプなのではなくて?」
「人の心を読むのはやめたのです」
「そう。それは良い心がけですこと。……でも、それならもっと努力をしないと」
「努力?」
「対話を」
今こうして私と言葉を交わしているように、と、アルテイシアが囁く。
「だから、私に許しを乞うのはおやめなさい」
鮮やかに笑うアルテイシアを、シャリアは残酷だと思った。
決めるのはお前だ、と。
他人に判断を委ねることは許されない、と。
はっきりと突きつきつけられて、シャリアは震えた。
「私、は……」
どうすればよいのだろう。
そのとき、いよいよ声まで震え出したシャリアの両の目を、あたたかな手のひらが覆った。
「──そこまでだ」
ふわりと紅茶の佳い薫りがする。
この独特の薫りはアールグレイだろうか。
それを胸いっぱいに吸い込むと、ベルガモットオイルの爽やかで甘い薫りが、シャリアの心をゆっくりと静めていった。
「いったい何の話をしていたのかは分からんが、私のマヴをいじめるのはやめてもらおうか?」
「あら、いじめてなんかいなくてよ?」
頭の上で、バチバチと火花が散る音が聴こえたような気がした。
心なしか、シャアの口調が幼い。
たとえるなら、気に入りのおもちゃを取られた子供のような。
「お前は少し言葉が強すぎるんだ」
「軟弱なのはきらいです」
「ああもう……ああ言えばこう言う! いったい誰に似たんだ!」
突如自分を挟んで始まってしまった兄妹喧嘩に、シャリアはおろおろと戸惑う。
自分が原因でこの二人が諍いを起こしてしまうなど、決してあってはならないことだった。
「たっ、大佐。私は大丈夫です。アルテイシアも、どうか落ち着いて」
シャアの手を解いてシャリアが乞う。
それを聞いたダイクンの兄妹がまったく同じかたちに眉を吊り上げた。
「君は黙っていろ!」
「あなたは黙っていなさい!」
シャリアは少しだけ、泣いた。
「お召しにより、アルテイシア様のお迎えに上がりました」
ドアベルに呼ばれてよろよろと玄関に向かえば、そこには懐かしい顔が立っていた。
さわやかな白いブラウスと足首の出る細身のパンツという私服姿でピッと敬礼をしていたのは、かつてシャリアの副官を務めていたコモリであった。
「ご無沙汰していますね、コモリ中尉。お迎えご苦労さまです」
「こちらこそ、お久しぶりです。あの……なんかお疲れみたいですけど、大丈夫ですか……?」
やたらとボロついたシャリアの気配を察してか、コモリが気遣わしげな視線を寄越してくる。
「ははは……大丈夫ですよ。あちらは少々ヒートアップしているようですが」
玄関の奥に続くリビングを指差せば、テーブルを挟んで金髪の兄妹が口喧嘩の真っ最中だった。
仲良きことは美しき哉。
シャリアは間で仲裁することを、とっくに投げ出していた。
「……それはそうと、コモリ中尉。遅くなってしまいましたが、ご昇進おめでとうございます」
「あっ。ありがとうございます! ちゅう……じゃなかった、シャリアさんがアルテイシア様のお傍付きにと推薦して下さったおかげです」
ジオンに政変があった際、シャリアはコモリのことをアルテイシア付きの文官として推挙した。
自分のような歳を取った男よりも、歳の近い女性が傍にいたほうがアルテイシアのためにもなると思ったからだ。
「あなたの優秀さは私が一番よく知っています。確かに推薦したのは私でしたが、その働きが認められたのはあなた自身の努力の賜物です。私に気兼ねすることなく、その結果を誇ってください」
かつての部下が組織で真っ当に評価されることは、素直に嬉しい。
とくにコモリはシャリアの元部下ということで、初めの頃は風当たりも強かった。
シャリアが軍にいた頃には自分が風よけになってやることができたけれど、軍を離れてしまえばそうしてやることは叶わなくなり、シャリアはずっとそのことが気がかりだった。
「もう……心配性なんですから。大丈夫ですよ。中佐の無茶ぶりに比べたら大したことありません」
「おや、耳が痛いですね」
「おかげで随分と鍛えられましたから。一応、感謝してるんですよ?」
「一応」
「ハイ、一応」
晴れやかな笑顔と共に力強く頷かれ、シャリアはそれ以上の心配は彼女に対して無礼になると感じた。
若い力は着実に育っている。
シャリアのような老兵の出る幕はもうないだろう。
それを寂しいと思うより、嬉しいと、誇らしいと、思う気持ちで胸が満たされる。
「そう言えば、エグザベ君にも会ってきましたよ。昔中佐が差し入れた服をまだ着てたんで、予定変更して新しい服を買いに行きました」
新作楽しみにしていてくださいね、と自信ありげに言われて、シャリアも微笑んだ。
「ほう……それは頼もしい。彼はそういうところ、あまり頓着しないタイプですからねえ」
「ほんとですよ! せっかく顔はいいのにそういうところがほんとに勿体なくて……」
「でも、そういうところが彼らしいくて良いのではありませんか?」
「う~~~~それを言われると弱い…………」
悩ましげに頭を抱えるコモリを微笑ましく眺めていると、ふっと背後に気配が生まれた。
さっとそちらを振り返れば、眉間に皺を寄せたダイクンの兄妹が腕を組んだ揃いの格好で並んで立っていた。
いつの間にかシャアの前髪が上がっている。
その面差しは、並んでみればアルテイシアと良く似ていて微笑ましかった。
「お二方、決着は着かれましたか?」
「何を他人事のような顔をしている。元を正せば君が原因だろう?」
「その通りです!」
しまった藪蛇だったかと、シャリアは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。
「お初にお目に掛かります、シャア大佐」
「私はもう大佐ではないが……貴官が噂のコモリ中尉だな? アルテイシアが世話になっていると聞いている」
「勿体ないお言葉。恐れ入ります」
コモリはシャアへの挨拶をそつなくこなすと、アルテイシアに向き直った。
「まもなくシャトルのお時間です。お支度を」
「……分かりました」
それまで気丈に振る舞っていたアルテイシアが、寂しげに目を伏せた。
繰り返して言うが、彼女は多忙を極めている。
そんな彼女がこの場所へ足を運ぶためにどれほどの無理をしたのか、そのことに思いを馳せればシャリアは気軽に声を掛けることなどできなかった。
たとえ一分一秒でも、無駄にさせることはできない。
ひとつでも多くの言葉を、シャアと交わして欲しかった。
しかしシャリアは、どうしてもこれだけは尋ねずにはいられなかった。
「アルテイシア」
シャリアの呼びかけに、アルテイシアが青い瞳を向ける。
「先ほどの、問いの続きを」
「ええ、どうぞ」
先を促され、息を吸う。
「もしも……もしも私の答えが、それと重ならぬものであったなら」
──その時は?
アルテイシアはシャリアの視線をしっかと受け止めて、今日一日で最もあでやかに笑った。
「その時は、殴り合いの喧嘩でもしてみたらよろしいのではなくて? 男の方はそうやって友情を深め合うものなのでしょう?」
そう言って笑ったアルテイシアは、大切な兄を想うひとりの少女の顔をしていた。
「はあっ……! ようやく嵐が過ぎ去ったな」
どさっとソファに身を投げ出して、シャアが特大のため息をついた。
「よく言いますよ。アルテイシア様を私に押しつけて、ご自分だけうまく逃げられましたな?」
妹が可愛くないのか、と言外に言われたことに気づいて、シャアが眉間に皺を寄せる。
目が見えないのが嫌だとアルテイシアに言われたので、前髪は後ろに撫でつけたのだと言っていた。
「フン……貴様に言われるまでもない」
とはいえ、シャアがアルテイシアのことを何よりも大切に想っていることを疑う余地はなかった。
二人は結局、別れの直前まで舌鋒鋭く互いの主張を戦わせていたけれど。
「……息災でな、アルテイシア。くれぐれも身体には気をつけるのだぞ」
「兄さんも。あまりシャリア・ブルに迷惑をかけてはいけなくてよ?」
最後にはしっかりと抱きしめ合って、互いの無事を願っていた。
「それはそうと、シャリア・ブル。最後のアレはなんだ?」
「アレとは?」
「アルテイシアと、なにやら問答をしていただろう。アレはいったいどういう意味だ?」
カップに残った冷めた紅茶を啜りながら、シャアが横柄に問い質してくる。
その表情には、妹とマブに仲間外れにされた苦々しさが色濃く乗っていた。
それを見て、かわいいなと思う。
軍にいた頃に比べて、シャアの表情はずいぶんと豊かになった。
元より喜や楽の感情は表に出やすいたちだったようだが、最近では怒や哀──分かりやすくいえば、今のような『拗ねる』ような感情も素直にシャリアにぶつけてくるようになった。
これが、甘えているということなのだろうか。
ドレンの言葉を思い出しながら、またアルテイシアから掛けられた言葉もシャリアの脳裏を通り過ぎていく。
──だからきっと、惹かれたのね。兄は、あなたに。
その実感はやはりまだ無かったが、少なくともリビングで育てているサボテンよりは好意を向けられているのだろうな、となんとなくそんなことを思った。
「シャリア・ブル!」
「うわっ」
考え事をしながらテーブルの上を片付けていると、シャアに襲われソファに押し倒された。
はらりと落ちた前髪の隙間から、シャアのサファイアブルーの瞳がシャリアを睨みつけていた。
アルテイシアと同じだと思っていたその瞳の色は、わずかにシャアの方が深い。
その些細な発見に、胸がときめいた。
「シャリア?」
するり、とシャアの頬に手を滑らせる。
過酷な宇宙環境で育ったとは思えぬなめらかなそれの感触に、シャリアはうっとりと目を細めた。
「あなたは、美しいですね」
「はあ……?」
唐突な賛辞に、シャアがさっと目元を赤く染めた。
「そんなことを言われても誤魔化されんぞ。アルテイシアと何を話していた? 白状しろ!」
シャアが腕まくりをして、シャリアの脇腹をくすぐる。
「ちょっ、まっ……! 駄目ですそれ、私そこは弱くてっ、うははははっ……!」
シャアに馬乗りにされているので逃げ出すことは叶わず、シャリアはされるがままに笑い転げた。
「ええい、しぶとい! 笑ってばかりいないで何を話していたのか話せ!」
「言えまっ、せんっ……! あははっ! アルテイシアとの、ひみつ、ですのえdっ! ひひっ……!」
「貴様ァ……!」
久しぶりに身内と会って、やはり気が緩んだのだろう。
普段よりも幼い様子を見せるシャアを、シャリアは愛しく思った。
誰よりも美しく、純粋な君。
──どうかいつまでも共に在れたなら。
シャリアはそう願わずにはいられなかった。