コニジャン コニーとジャンは同じ大学に通う恋人同士だ、ルームシェアと称して同棲を始めて一年になるが二人が同居していることを聞いた同級生は決まって羨ましげな顔で同じリアクションを取る。
「ジャンとルームシェアとかいいなーアイツ何でも出来そうじゃん、コニー楽だろ?」
「あー…まあな」
「口喧しそうではあるけど、なんだかんだやってくれそうだもんな」
ジャンは何でもそつ無くこなす頭のいい男だ、見た目も清潔感が漂っているし言ってしまえば非の打ち所がない。そんなジャンとルームシェアしているとなれば羨まれるだろうことは容易に想像出来る、そんなことを頭で考えながらコニーは生返事をした。
そんな会話もそこそこに夕飯の材料を買って二人の自宅へと戻ると支度を開始する、鼻歌交じりに作業をしていると玄関の方から帰宅したジャンの声と近付く足音がして、そして扉が開く。
「ただいま」
「おー、おかえりー」
「なーコニー」
「んー?」
「ボタン取れた」
「ボタン?あー…じゃあソファに置いとけ、つーかお前手洗ったか?」
「後でやる」
「今やれ」
バサりと切り捨てるようなコニーの返事にジャンは不満げにブツブツと呟きながら洗面所へと引き返していく、手を洗ったらしいジャンが再び戻りボタンのとれたシャツを脱いでソファに放ると普段の流れで風呂掃除をと浴室へ向かうジャンの背中にコニーは料理の手を止めずに話し掛ける。
「ジャン、風呂の栓忘れんなよー」
「わーってるよ」
ジャンの不満げな返事を他所にもう三日連続で風呂の栓が抜けていた事まではさすがに言葉を飲み込んでコニーは大学での今日のやり取りを思い出す。
「何でも出来そうに見えるだけなんだよなぁ…本当は」
大学ではそつなく何でもこなす男、ジャンは所謂生活力がほぼ皆無なのだ。年の離れた兄弟の長男であるコニーと一人っ子のジャン、コニーは一通りの家事は何でも出来るのに反してジャンは実家で家事などしたことも無いからか風呂の栓すら忘れるほどに家では間の抜けた男だ。
いつかコニーがトイレットペーパーが切れたと使いに出した時にはダブルとシングルどちらを買えばいいか、なんてことで売り場を30分行き来して悩んでみたり余った釣り銭で余計な菓子を買ってきたり、コニーから見れば弟と同居しているような感覚でもあるのだ。
「今ボタン付けてっからあぶねー」
「動かなきゃいーだろ」
「絶対動くなよ」
夕食を終えてコニーがソファーへ座りジャンのシャツのボタンを縫い付け直しているとすかさずその膝へとジャンが頭を乗せてシャツの隙間から手を動かすコニーをチラと見上げる、その様子に困った様な苦笑いでコニーが一度手を止め頭を撫でるとそれに合わせてジャンがコニーの腹のあたりに擦り寄りながら腰へと腕を回してしがみつく、ジャンがベタベタに甘えてくるのももう慣れたものだ。
「……よし、出来た。おーい、ジャン出来た」
「んー…、」
「風呂入って寝ろよ、おーいジャンくーん」
「だりい…」
「俺が洗ってやっから、ほら、行くぞ」
「んー…」
寝惚けた様なとろとろとした口調で漸く返事をしたジャンを引き起こしてコニーは風呂場へと手を引いていく、二人座ればギリギリの浴室で向かい合って頭を洗ってやるとまるで大型犬のシャンプーでもしているみたいだな、なんてコニーがぼんやり思っていると片目を開いたジャンが不意に、顔を近付け唇が触れ合う。これもコニーしか見ることの出来ない特別なジャンだ。
長い腕がスルリと伸びてコニーの肩へ乗り、引き寄せられる。泡まみれの手で背中を抱いてやるとまた、ジャンが甘えた様に擦り寄ってくる。
「早くシャワー浴びねえと風邪ひくぞ」
「んあ?お前本当かーちゃんみたいだな」
「かーちゃんにさせてんの誰、だっ!?ちょ!シャワー出すな!!」
「お前が早く浴びろっつったんだろ」
「だからって、」
頭上から勢いよく降り注ぐシャワーにコニーが声を上げるとジャンはまるでいたずらっ子の様な弾んだ声で笑いながらダラダラとシャンプーの泡の流れる頭をブンブンと振ってシャワーの雨の中もう一度ジャンからコニーの唇へ唇を重ねる、仕方なしと言った風に眉を下げるコニーにシャンプー染みる、とぎゅと目を閉じたジャンがしがみつきながら片手を伸ばしてせっかく今日はしっかり溜めた浴槽の栓を引き抜く、ゴゥと音を立てて湯が流れていく気配もシャワーの激しい水音がかき消して、浅いキスを何度も繰り返していたせいもありコニーがシャワーを止めて気付いた頃にはもうすっかり空の浴槽に成り果てていた。
「……お前何で抜いちゃうの…?」
「手が引っかかった、」
「今まで俺に抱き着いてたやつがそれ言うか?」
「さみぃから早くベッドいこーぜ、風邪引く」
「……眠いんじゃなかったのか?」
「目覚めた、」
「しっかり者のジャンが聞いて呆れんな…」
「あ?なに?」
「なんでもねえ、」
体を拭くのもそぞろにタオルに身を包んだままもつれ込むようにベッドへと二人は雪崩込む、濡れたジャンの髪が身じろぐ度にシーツへ模様を刻んだ。
あぁ明日はシーツを洗わなきゃ、とかジャンはこのまま寝落ちるだろうな、とか頭の端でまだ理性的なことを考える自分と早く早くと自らにキスを強請る甘えたジャンの誘いにもう頭の殆どを持っていかれ、明日は明日だとコニーがジャンの手に手を絡ませ二人の指が繋がる。
「コニー…さみぃ、はやく」
自分しか聞いた事のない甘ったるい声で自らを強請るジャンにいつまでも独り占めにしていたい、と今度は深くジャンの唇を塞ぎながらコニーは思う。
そしてきっと明日も、コニーは嘘をつく。
ジャンは自宅でもしっかり者のジャン、だと。