深海に熱中症なんてなかった 陸の夏の暑さを完全に舐めていた。双子の白い肌がほの赤く染まっているのは高すぎる外気温のせいだった。35度を軽々と越え、ところにより39度にもなる灼熱の空気は、北の人魚の肺を焼いた。
「あっちぃ……」
絞り出すように出した声も、水分が全部蒸発したみたいに掠れていた。ジェイドは無言で目を閉じている。秋の入学に備えて入った陸の訓練学校で迎えるはじめての夏。陸の夏を体験してみましょう、という晴れやかな教官の声と共に放り出された野外散策。日陰を選んで、水分をとって、帽子や日傘を忘れずに、とあれこれ注意を受けていたものの、それらを実行する前にものの十分ほどで二人は完全に茹であがってしまった。慌てて自室に逃げ帰り、身体を休めているところである。海で調子が悪い時の二人の回復体位の基本は尾鰭を絡ませあうことだったから、陸でも彼らはぺったりとくっつきあっている。フロイドは全裸で、ジェイドはシャツだけ羽織っている。人目がないから、窮屈な衣服は取り払ってしまったのだ。はぁはぁと息があがる。クーラーの効きが遅くて、空気はまだまだむわりと暑いままだった。フロイドは不快げに唸る。ジェイドが汗で張り付く髪の毛を額から取り払ってくれるけれど、彼の顎先からも汗が滴り落ちていた。アズールが二人に冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「お前たちの症状は熱中症、というそうです。人間たちも皆、この時期は容易く熱中症になるそうですよ」
お大事に、と冷却ジェルシートを何枚か彼らに渡すとクーラーを一番強くしてからアズールは部屋から出ていった。お互いの額にシートを貼っつけると、温いけれど多少は暑さがマシに感じられた。前髪の隙間から白が覗く様は互いの印象をさらに幼げなものに変える。
「ねっちゅうしょお?」
フロイドは聞きなれない言葉を辿々しく復唱した。どういう意味?と片割れを振り返ると、「はいはい。ちゅーですね」とぽやぁっとした顔のままでジェイドが顔を近づけてくる。そのまま、むちゅうっと音を立ててフロイドの唇に吸いつかれた。
「???」とフロイドが固まっていると、ジェイドが離れていく。ジェイドが先ほどまで飲んでいた清涼飲料水の雫が唇にわずかに残った。
「もう一回ですか?」
唇を尖らせて、雫を舐めとった仕草を勘違いしたのか、ジェイドがもう一度唇を重ねてくる。
「んむっ」
フロイドは目を白黒させていたが、すぐに唇を離したジェイドが、まったくフロイドはこんなときでも甘えたで、しかたがないですねぇ、とぷつぷつと呟いて困ったような、けれどまんざらでもなさそうな顔をしたので、なんだかオレがわがまま言ったみたいになってね?とフロイドは半目になった。ジェイドは、ふうふう言いながらまた、フロイドにくっついてくる。余計に暑いだろ、とアズールには突っ込まれたけれど、オレたち二人はいつでも具合が悪い時にはこうしてきたから、なんでダメなのかわからない。
それにしても、なんで今ジェイドにちゅーされたんだろ?と思ったけれど暑くて色々考えるのが面倒になったので、とりあえずフロイドは冷えたドリンクを勢いよくじゅうっと吸い込んだのだった。