AIに書いてもらった伊アオ雨粒が激しく地面を打つ。ざあざあ響く音がこの長屋を分厚く覆って、世界に2人きりでいるように思えた。
「ちゃんと、あいしてるから、おまえを俺のものにしていいか。」
そう、つぶやいた伊之助さんの目は追い詰められたように所在なげで、それでいて激しい情熱がチラチラと燻っているように見えた。
「アオイ…」
差し出された手のひらが頬を撫で、指先がするりと髪を絡めとる。
うっとりするような色っぽい仕草で、伊之助さんの顔が近づいた。
私はずっと、見たこともない愛のことを、ふんわりしていてあたたかい、甘いお菓子のようだと思っていた。
いま、この身に降り注ごうとしてるものは果たしてそれと同意だろうか?
「私、人のものですよ?それでも?」
「いい…2人でいるときだけ、俺のものでいてくれ。」
「…私、わたしのものなんて何も持ってないの。あげれるものも何もない。
でも、伊之助さんを私のものにしてもいい?
多分、恋人らしいことさえ何一つ満足にしてあげられないけど。」
私は震えながら、伊之助さんの首に腕を回した。
いまさら、こんなにも狂おしい気持ちになるなんて。
***
雨の音だけが響いている。
私たちは狭い布団の中で抱き合って横になっていた。
さっきまであんなに激しかった雷鳴は遠くへ行ってしまって、外の世界は静まり返っていた。
伊之助さんの胸に顔を埋めると、トクントクンと規則正しい鼓動が聞こえて安心する。
「雷、怖かったのか?」
耳元で笑うように囁く声がくすぐったくて、私は身をよじらせた。
「私、昔っから雷だけはダメなんですよね」
「…そう、なのか。あんな雷雨のなか、よく来たな」
「それは……。」
言葉尻が小さくなって消えていく。私が言い淀んでいると、伊之助さんはまた小さく笑った。
「俺に会いたかったか?」
「……はい。」
素直に答えると、伊之助さんは嬉しそうな顔をしてぎゅっと抱きしめてくれた。
「俺も会いたかった。すげー会いたかった。」
伊之助さんの声色は、なんだかとても優しい。
私は胸の奥がきゅーんとする感覚に襲われて、伊之助さんの大きな背中にしがみついた。
すると、伊之助さんの手のひらがゆっくりと降りてきて、私の身体を確かめるみたいに這っていく。
その手つきがなんとも言えず艶めかしくて、ゾクゾクとした痺れが全身を襲った。
「……伊之助さん、今日はもうダメ。」
「どうしてだ?」
「明日、ここを早く出ないと…」
夫に嘘をついて出てきたのだ。時間通りに戻らなければいけない。
「大丈夫だって。ちょっと触るだけだから。」
「えぇ〜!?」
「ほら、こっちこいよ。」
伊之助さんは私を抱き寄せると、首筋に口づけを落とした。ちゅ、という音と共に、柔らかい唇の感触を感じる。そのまま舌先で舐められると、思わず変な声が出てしまう。
「やめてってばぁ!」
「お前、感じやすいんだな」
「ちがいますぅ!そんなんじゃありません!」
必死に抵抗するけれど、伊之助さんの力は強くて敵わない。結局、されるがままにされてしまった。
伊之助さんは少し息を荒げながら、満足気に微笑んでいた。
「これで我慢するか。」
「もう……」
私は恥ずかしさに身悶える。しかし次の瞬間には、伊之助さんの胸に頭を預けていた。
「……私、幸せすぎて怖いんです」
「なんだそれ。意味わかんねぇ」
伊之助さんは可笑しそうに笑って、私の髪を撫でた。
「……伊之助さんは?」
「俺は……、なんか、こうやってアオイと一緒にいるだけで、十分すぎるくらい幸せだ。」
そう言って、伊之助さんは私の頭に頬ずりをする。私はそれがどうしようもなく嬉しくて、彼の胸に飛び込んだ。
「私も……、幸せです」
この先、どんな未来があるかなんて分からない。
でも今この時間だけは、このぬくもりに包まれていよう。
愛しています、伊之助さん。
※
「……はあ、疲れた」
「おつかれさま、伊之助くん」
伊之助はいつものようにバイト終わりに店長の村田に挨拶をし、裏口から外へ出た。
外はすでに真っ暗になっていて、店の前の道路では車が行き交っている。
空を見上げると月はなく、星がちらほらと瞬いていた。
(そういえば今日は満月だったな)
伊之助の住むアパートから見える月は、それは綺麗に輝いているのだ。
伊之助はふと思い立って、帰り道を外れて歩き出した。
「……あれ?こんな道あったっけ?」
伊之助がたどり着いた先は、見慣れない細い路地であった。
左右に立ち並ぶ古びたビルに挟まれたそこは、街灯も少なく薄暗い。
普段通らない場所なので、こんなところに店があっただろうか、などと考えながら歩いていると、ある一角に差し掛かった時、伊之助の足はピタリと止まった。
「なんだこれ……」
伊之助は目の前に広がる光景に唖然とした。
そこには一面の花畑が広がっていたのである。
色とりどりの小さな花たちが、風に揺れている。伊之助は吸い寄せられるようにそこへ近づいていった。
すると、突然後ろの方でガサッと物音がした。
驚いて振り返ると、小さな男の子が立っていた。
「誰だお前」
伊之助は警戒しながら問いかける。
「僕は、ここの管理人だよ」
少年はそう言うと、伊之助の元へ近寄ってきた。
よく見ると、彼は大きな麦わら帽子を被っており、手にはバケツを持っている。
「ここは私有地なんだ。勝手に入らない方がいいよ」
「は?」
伊之助は呆れたように眉根を寄せたが、その表情はすぐに驚きへと変わった。
「……すげぇ」
伊之助の視線の先には、まるで楽園のような景色が広がっている。
青々と茂った芝生の上には様々な種類の植物が植えられていて、赤や白、ピンクなどの可愛らしい花を咲かせていた。伊之助はその美しい風景に目を細めた。
「お前が作ったのか?」
「うん」
「すげーな」
「ありがとう」
素直に関心する伊之助を見て、管理人の少年は嬉しそうにはにかんだ。「ところで、君の名前は?」
「嘴平伊之助」
「珍しい名前だね」
「まぁな」
「僕の名前は、神崎アオイっていうんだよ」
「へぇ。女みてえな名……って男かよ!」「ひどい!ずっと女の子だと勘違いされてたのに!!」
「悪い……」
伊之助は申し訳なさそうに謝ったが、アオイと名乗る少年はとても楽しげに笑っていた。そして、「座って話さない?」と言って、近くの切り株を指差した。