犬も食わないアレ私は一国一城の主!
とは言っても、冥府の国の薄暗い路地裏にある高級娼館の楼主ってだけだが。
そうして、今日はなんと上客がいらっしゃっている!第2王子のデスパー様だ!
第3王子のオウケン様が正式に次の国王になると発表があって以来、第1王子のデスハー様の発言力が少し落ちた(とはいえ我々下々の者には絶大な効力があるのには変わりない)のをいい事に、デスパー様がこちらに足を運ぶことが多くなった。
デスパー様は確か御歳19歳、若く体力があり、女性の扱いも丁寧で顔の造りもいい彼はこの娼館の人気者だ。
その彼に好かれようと、女の子たちは彼の気を引こうと必死だが、デスパー様は特定の贔屓を作らずに、在籍している女の子全てを代わる代わる相手していた。
ところでなにやら外が騒がしい。
と思っていたら見張り番兼護衛の男が扉を突破ってこちらに吹っ飛んできた。そして、ぬ、とフードを被った大男が入ってきて開口一番「デスパー第2王子はどこだ」と聞いてきた。
その男からピリピリと雷に似た静電気が発せられているように見えるが、まさかね!
しかしここは楼主として、お客様の個人情報を漏らす訳には行かない。
番台から、男を慇懃無礼に睨みあげ、丁寧に退場していただくようお願いを申し上げてみる。
「はて…第2王子ともあろうお方がこのような所にいらっしゃると申すのですか…?なんと無礼な御仁だ。来るわけないでしょう、探すところをお間違えですよ。
お引き取り下さい」
「いるのは分かっているんだ。どこの部屋だ。
素直に言えば悪いようにはしない」
聞き覚えがあるような無いような、特徴があるような無いようなくぐもった声で男は唸る。
…まさかね!フードの隙間からそのギラついたまぁるい目がのぞいているが、まさかね!目元が似ている人なんていくらでもいる。
…その体のデカさまで一致する人あんまりいないけど、まさかね!
それでも私はお客様を守らねばならぬ、と震えながらも毅然と男を睨みあげる。
「ですから、いらっしゃっておりません。王族がいらっしゃるような場所ではありませぬので」
「私が来ているのにか」
男は、フードを取り去ると、裂けた大きな口から牙をのぞかせ、鷲鼻に皺を寄せて笑った。
目は、怒りとも悲しみともつかない色を浮かべていたが、その様はまさに国王の癇癪顔と完全一致でチビりそうになった。
「で、デスハー第1王子!」
「さぁ、王族が来ているぞ。デスパーはどこだ。どこの部屋だ」
だが私はお代を頂いているし、そのお金は女の子のお給料になる。何よりお代分の仕事をしてもらわなければ信頼に関わる。
「恐れながら。サービス料を頂いておりますゆえお部屋をお知らせすることはできませぬ」
「その仕事に忠実な姿勢は評価しよう」
感心したようにため息をついた第1王子は、懐をゴソゴソとさせたかと思うと大きの巾着袋を取り出した。
ええ…まさかね?!
「これで情報を買おう。足りるだろう?」
足りるも何も、ここの女の子たち全員がひと月は仕事しなくてもいいくらいの金貨が入ってますけど。
ま、女の子たちを大事にする雇用主がいたっていいでしょ。
「最上階の、南の1番奥の部屋でございます」
「弟には私が無理やり聞き出したと言っておく」
「お気遣い感謝致します…」
第1王子に1礼し、その大きな背中を見送った3分後。
「兄者!兄者!これにはワケがあるんです!私はここの女の子たちの生活を保証しているだけなんです!
衣食住を保証し、私なりの王族としての務めの果たし方をしているんです!兄者!話を!うわぁぁ兄者!せめて服を着させてくださいこのままでは素っ裸で表に出ることになります!」
大声で泣きわめきながら第2王子のデスパー様がデスハー様に引きずられて出てきた。
素っ裸で。
だがそれに構わず第1王子は弟を一瞥し、そのまま引きずり出口へ向かっていく。
「いやぁぁ!せめて下着だけでもぉぉぉ!」
「その前に何か言うことは無いのか」
「ごめんなさぁぁぁぁい!うわぁぁぁぁ!!!」
整った顔を涙と鼻水で台無しにした第2王子の、何かに対する謝罪を聞いた第1王子は、はぁとため息をついて小脇に抱えていた弟の服を地面に投げて、ついでに弟の首根っこも離した。
「さっさと着ろ」
「ごべんなざい…ごべんなざい…」
情けなく泣きながら、第2王子が服を着ていく様を見る私と第1王子。シュールである。
そうして服を着終わった弟の首根っこを再び掴むと、第1王子は私を見て「騒がせたな」と一言声をかけて、謝り続ける第2王子を引きずって出て行った。
「…いやぁまさかね!」
我娼館の楼主ぞ?!一体どれだけ男女の修羅場を見てきたと思ってる。
あの様は亭主の浮気現場に乗り込んできた女房と完全一致!気づかないと思ったか!
…黙っとこ。お金も沢山貰ったし。
終わり