【店番してる豊前くんって可愛くないですか?】「いちろく。うん、間違いない。ここだ。」
こんのすけと名乗るちんまりとした狐が言っていたように、商店街のアーケードの横から1本入った裏路地に『六一』とダイナミックな筆文字で書かれた看板のお店があった。
六一と書かれているけれど、古めかしい看板だから右から左に読むはずだ。
いちとろくでしち。
そう、いちろくとは質屋を指す。
今から400年ほど遡った江戸時代、ユーモアと人情のメトロポリス、お江戸において質屋とは今よりずっと庶民の暮らしに欠かせない存在だった。
例えば夏には冬用の布団を質に入れて金を借り、冬になればその布団を請け出して代わりに蚊帳を質に入れるというような使い方も当たり前に行われていた。
だけどそもそも質屋ってそんなに大々的に存在を主張するような店舗だっけ?墨痕鮮やかなその文字を見て、豪快な字だなと書いた人の快活さに思いを馳せる。
けれど、ここに来たからといって質に入れるようなものは何もない。そしてここに来るのが初めての私が何かを請け出すこともない。目的はない。なのに入ってもいいんだろうか。
こんちゃんは何と言っていたっけ。
うたた寝していた私の夢の中に突然転がり込んできたこんちゃん。
人助けと思って、いいや、狐助けだと思ってと短い前足で人間のように拝み倒してきたこんちゃん。
「無理を承知でお願いします。あなたさまに―――になっていただきたいのです。」
肝心の部分は今となっては忘れてしまった。それくらい馴染みのない言葉だったし、一度聞いただけでは由来もわからないような言葉だった。確か3文字で、さから始まったような覚えはあるけれど……。
ねぇ、こんちゃん。これで本当に助けになるの?
胸いっぱいに疑問を抱きながら、六一と大きく書かれた看板の下、いかにも立て付けの悪そうで重そうな引き戸に力を入れて驚いた。
予想に反して戸はすこーん!と疾走感のある音をたてて開き、木枠に強か打ち付けてしまうこととなった。
「ご…!ごめんなさい…!!」
誰にともなしに謝ると、店の中から「はっはー!」っと明るい笑い声が響いてくる。
「店番がさ、あまりにも暇でついさっき滑りを良くしたばっかりだったんだよ。驚かせちまってごめんな。」
そう言って番台から軽い足取りで下りてきたのは爽やかなおにいさん。深緑のジャケットは肘までたくし上げて、白シャツと黒のパンツをスタイル良く着こなしている。
無邪気にやわらかく跳ねる黒髪に、なにより印象的なのはルビー色のその瞳。
「俺の名前は豊前江。残りの仲間はちょうどみんな出払ってる。ったくいつもは誰かはいんのに……。」
せっかく来てくれたんだ、俺の仲間だぜって紹介してぇのにな、と耳のあたりまでスポーティーに刈り上げた後ろ頭をがしがしと掻く姿は自然体でチャーミングだ。
「でも私、ここに来たのは」
「でーじょーぶ。わーってるよ。こんのすけに頼まれたんだろ?あいつに頼まれたら油揚げいっぱい食わせてやりたくなっちまうよな。」
「あぶ、らあげ…」
……はお願いされてない。私がお願いされたのはここに来ること。それ以上は聞いてない。
「あの、私はここに来るようにとしか聞いてないんです。でもここが質屋なら相応のなにかを支払わないといけないってことですよね?私、そんなおおごとになると思ってなくて、持ち合わせも少ししか……」
状況が把握できてない中、頼りになるのはこの爽やかなお兄さんだけだ。お店に来てからのやりとりで、いい人なんだろうということは伝わっている。そして今まで会ったどんな人よりイケメンだということも。
「あーっとそれは……いるといえばいるような、いらないといえばいらないような」
しかしお兄さんも困っている様子だ。
こういう説明俺以外ならみんなうまくできんのに、と形のいい眉を顰めている。かっこいいけどかわいい人だ。一生懸命考えてくれるとことか特に。
「対価の話は置いといて、あんたが欲しがってるもの、俺達みんなわかってんよ。それは居場所だろ。」
急に図星を突かれて、息を飲み込み損ねた。ぶぜんごうさんが最短ルートで提示してきたもの、それは核心。
「家族、学校、職場、趣味の仲間、恋人、一人の時間、あんたは色んな居場所を持ってる。だけど時には一人じゃ寂しいけど誰にも関わられたくない、そんな時だってあるよな。そういう時に、何を言うでもなく帰って安らげる場所みてーのがあったらってそう思うことがあるんじゃねーかな。」
ぶぜんごうさんの眼差しと声色は優しい。優しいけれど、ぶぜんごうさんが言い当てたのは私が常に心に抱いてることだった。
「どうしてそれを…?」
思わず怯んで指先をぎゅっと握りしめる。心を読まれたみたいで落ち着かない。けれどもぶぜんごうさんは至って自然体のまま話を続ける。
「そういうのは俺達大得意なんだよ。だからこんのすけはあんたをここに来させた。もっと違うものを求めてるんなら、違うのが得意な仲間のとこを紹介したはずだ。」
んで、さっきの対価の話だけど、とぶぜんごうは続ける。きっとこのことについてはこれ以上の説明はないんだろう。
「もし居場所がほしいなら、 “そこ” にいる時間はあんたが支払っているものとしてカウントされる。後は、もしそうしたいと思った時にはいくらか支払って色んなもん買うってのはできる。アイテムとか権利とかそういうやつ。」
「アイテムとか、権利……?」
駄目だ、全然ピンとこない。
「まーそういうのもやってくうちにわかっていくよ。それで、どうだ?あんた俺達をあんたの心の居場所にする気、ねぇか?」
ここでやはり気になった。
「ぶぜんごうさん、あなたはずっと俺達って。ぶぜんさんの他にもお仲間がいるんですね。そしてその人達も私の “居場所” になるってことですか?」
「おう!俺達は “江のもの” だ。みんな気のいい奴らだから気にいると思うぜ。」
ぶぜんごうさんは自信たっぷりに胸を張る。私はごうのものというのが何を指すのか皆目検討もつかないまま、ごうのもの、と口にしてみる。ぶぜんごうさんはそれが嬉しかったようでご機嫌に話を続ける。
「そう、ごうのもの。いちろくが一と六を足して七なら、ろくいちは六から一を引いて五。あの看板は俺達がここにいるって目印だよ。」
そういう謎解きめいた…いやわかるわけない。だって自己紹介されるまで目の前にいる人がごうさんだなんて知らなかったんだから。
「とりあえず、あいつらが帰ってくるまで俺の話し相手になってくれよ。返事はその後でもいいからさ。」
よほど店番が暇だったらしいぶぜんごうさんはテキパキと座布団とお茶を用意してくれた。
これが私の本丸のはじまりの話。6振りの江を初期刀とする、ちょっと珍しい本丸が生まれた日の物語だ。