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    鶴田樹

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    鶴田樹

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    義弘大弓道部が夏休みに突入するよー!って回です!

    サマーバケーション!「終わったぁ」

    学生が期末考査終わりにこの言葉を発する時、その意味は2つある。

    ひとつは試験の日程が終わってホッとしたということ。もう一つは受けた試験の結果が思わしくなく、人生が詰んだ、ということである。

    まぁ実際問題、ひとつ試験を落としたところで人生がすべて塵に帰すわけではない。大学生の瑞瑞しい感傷が『終わった』という言葉で表されているだけのことだ。そんな情感たっぷりの「終わった」がそこここで聞こえるのを尻目に篭手切は文房具をまとめて席を立つ。すべての試験日程が終了した金曜4限後のこれから、夏休み前の最後の部活の集まりが道場で行われることになっていた。


    道場へ向かうとすでに松井先輩方と桑名先輩がカウンターで西日本大会の結果と選手の試合中の射形を撮影したビデオを覗き込んでいるところだった。

    先日見せてもらったそのビデオには個人戦には重きを置いていない、つまりみんなで勝つための情報収集のために個人戦を捨てた桑名先輩が撮ってくださった私と豊前先輩の射技や、全国レベルの強さを誇る他大学の幾名かの射が納められている。今更だけど強豪校の名の知られた人が何人もいる中であの射詰めで中て続け、最後の二人に残ったことはすごいことだったのだなと思う。振り返ってみればあれは得難い経験だった。

    「あ!」

    私の存在に気づいたお二人が篭手切!と声をかけてくれたので、失礼します、と道場に挨拶をして二人の元へ向かうと、なにか違和感を感じた。

    あれ。トロフィーがない。

    お二人が座っているカウンターの後ろのトロフィーが並べてある棚の中に隙間がある。いくつかがなくなっているのだ。

    「桑名先輩、松井先輩お疲れ様です、あの、ここにあったトロフィーは?」

    「「ああ、それなら」」

    見た目はまったく似ても似つかない桑名先輩と松井先輩だけどたまに双子みたいなシンクロ率で同じことを言うことがある。お二人は断じて認めたくないみたいだけど。

    「豊前が持ち出してるんだぁ。助命嘆願のために」

    「じょめい、たんがん……」

    「だから盗難とか、紛失ではないよ。大丈夫。篭手切のはちゃんとここにあるし。」

    松井先輩が指差したトロフィーの台座にはしっかりと西日本大会の名称と私の名が刻まれている。個人戦準優勝分と最優秀射士賞分のふたつ。どちらも先日の西日本大会で私が勝ち取ったものだ。

    そこに「失礼します!」と噂の主の声が道場に響く。上級生玄関を見ると、たくさんのトロフィーを両手いっぱいに抱えた豊前主将が神棚に頭を下げていた。

    「豊前、持とう」

    すかさず駆け寄った松井先輩が豊前先輩の両手からトロフィーの何本かを受け取る。私も脇に挟み込まれた盾を預かった。

    「松井、篭手切、ありがとな!これで単位はひと安心ちゃ!!」

    おひさまのような笑顔を見せる豊前先輩の顔を見て微笑む松井先輩。

    じょめいたんがん、成功?

    それはつまり?

    「こても覚えとけよ。2年以降必修の社会学は正宗先生のが確実だ。出席40点、試験60点だけど、部活とかで好成績残した生徒にはMAX20点まで加点してくれっからさ」

    「それで出席点5点、試験の成績おそらく35点の豊前が60点のC判定ラインに乗せるために20点分フルの加点が必要で、嘆願のためにこんなにいっぱい抱えてお願いしに行ったんだよねぇ?」

    「そーいうこと!」

    豊前先輩は満足げに胸を張っているけれど全然胸を張れることではないような。というか試験の結果がそれ以下だったらどうするつもりなのだろう。総合評価が60点を割ってしまった場合、D判定となり落単することになるのでは?真面目に出席していれば40点もらえて、半分休んでも20点もらえる教科を出席せずにサボる理由が私にはわからない。

    だけどここは高校ではなく大学だ。その試験の形や単位の取り方は人それぞれだ。

    豊前先輩は人情に訴えるタイプ。授業にほとんど出ずに道場に入り浸っているけれど、持ち前の社交性で友人からノートを借りたり出席カードを書いてもらったりスポーツの実績に甘い教授の恩情をありがたく頂戴することでほぼフル単を取っている。

    一方、正統派の松井先輩は真面目に授業も出るし、ノートもきちんと取るタイプ。危なげのない鉄壁のフル単。理想の学生像と言える。

    そして桑名先輩はというと、更に松井先輩の上を行っていて、教室の一番後ろでノートを取りつつ教授の話を漏れなく聞きながら、鋭く専門的な質問をするタイプ。当然ちゃんと授業を聞いているので試験の成績もいい。しかし教授達からはちゃんと授業を聞いてくれる得難い学生だと認められつつ、その論点の鋭さに怯えられてもいる。見た目で性格が掴みにくい人ではあるが、実はとても真面目なのだ。

    そしてもう一人、見た目で性格がわかりにくいのが五月雨先輩なのだが、桑名先輩たちからどうだった?と聞かれるのにピースで応えている。良かったねぇと微笑む3年生に「よくないよ!」と強くツッコんだのは村雲先輩だ。

    「みんな雨さんのそれピースだと思ってるでしょ?それ、2単位落としましたの2だからね?!」

    「えっ?そうなの?!」
    「そうなのか?」

    本人があまりにしれっとしているので周りのほうが動揺する。

    「日本文学概論の試験で三島由紀夫の金閣寺が題材でして。あまりの言葉の美しさに涙が止まらず」

    「1時間半嗚咽しっぱなし。席は遠いし試験中に声をかけるわけにもいかないからどうしようもなくて。結局雨さん答案用紙に名前しか書けなかったの。監督してた教授本人ですらドン引きしてたよ。試験終わって教室出る時に声かけられててさぁ。身内に不幸でもあったのかって。」

    あぁ、思い出すだけでお腹いたい、とお腹を押さえる村雲先輩は、試験中の腹痛という強敵にみまわれつつ頭の回転がとんでもなく早い人なのでフル単。

    そして私も松井先輩に単位の取りやすい教授の授業、というかクセが強すぎてまともにやっても勝率4割な教授の授業をを徹底的に排除した安定感のあるコマを教えてもらったことで危なげなく授業をこなしてフル単、というのがそれぞれの戦績である。

    試験ひとつとってもこれだけ差が出るというのはなかなか興味深くもあり、見習うべきところと見習ってはいけないところがよくわかる。

    「さて、そろそろ全員揃ったか?」

    雑談している間にぽつぽつと集まっていた部員を、豊前主将はホワイトボードの前に集めた。

    そのホワイトボードは2ヶ月分のカレンダーとなっていて、今は7月と8月の予定が書き込まれている。今日が7月31日。明日の8月1日からは1ヶ月分ガッツリと矢印が引いてあり、9月20日まで夏休みという字に誰が描いたかサングラスをかけたご機嫌かつヤンチャな太陽の絵が横に添えられている。

    「ここに書いてあるとおり、大学としては9月20日まで夏休みだ。だけど俺達にはやんなきゃいけないことがある。ひとつは全日本大会。それから合宿。そんでもって新人戦。他にも海開きとプール開きもやる。」

    最後のふたつは豊前が遊びたいだけでしょと村雲先輩がツッコみ、部員からは笑いが起きた。

    「そうだ!海開きとプール開きは俺がやりたいからやる!参加は自由だ。だけど新人戦の前1週間の規定練はできるだけ出席してほしい。自主練まかせで下級生を試合に送り出すわけにはいかねーからな。それから全日本までは3週間を切ってる。こっちもチーム力上げていきてぇ。だけどみんなバイトもしてぇよな?だから練習は短期集中にする。直前3日以外はフリーにする。各自腕が鈍んねぇように練習しといてくれ。遠征費は全額補助が出るから遠慮せずにスタメン目指してくれよな!」

    豊前先輩は松井先輩が書き起こしてくれたのであろうメモを見ながら一つ一つ説明していく。その間に松井先輩はホワイトボードの7月だったところを9月に書き換えていく。

    「9月10日〜15日に5日間の合宿。山行ってバーベキューしてキャンプファイヤーして花火して最後にマイムマイム踊る!」

    「下級生のために一応言っておくけどそれはご褒美で日中はしっかり練習だからねぇ」と大事なところを補足したのは桑名先輩だ。どうも豊前主将自身が夏というエネルギッシュな季節に浮かれているらしく、ちょいちょい本筋を離れる。それをうまくフォローしていく先輩方は付き合いの長さから完全に豊前先輩のペースを知り尽くしているようで、豊前先輩が取りこぼしたところを拾う様子はまるでバレーボールみたいだ。

    「それから豊前、あのことも」

    松井先輩が目配せする時は大体経費関係の時。部費の徴収についてかと思ったが予想は外れた。

    「あぁそうだった広告費集めもだ。」

    10月に行われる全九州大会は、義弘大を含む5つの大学で運営する。今年は運営の柱である『主管』校ではないが、大会の運営資金は5大学に均等に割り振られ、パンフレットに載せる広告の広告料という形で一般企業に資金提供をお願いする。

    どういうことかというと、と渡された去年のパンフレットには、なるほど私達がよく部活終わりや休日練で使う飲食店の広告が掲載されている。そして配られた2枚のプリントには広告費のお願いの仕方と契約書。こちらにも目を通す。

    「毎年ご厚意で載せてもらってるところで7割方集められそうだけど残りの3割は新規開拓が必要だ。これはみんなで手分けする。1年生は2年か3年がサポートしてやってくれ。これの期日が8月末。飛び込み営業はとにかく数だ。こなしてる間になんとなくわかってくる。」

    とはいえ1ヶ月で企業に資金を出す決断をさせるのはなかなか難しい。断られることも多いけどめげずにやってくれ、との豊前先輩の言葉に私は思わず挙手をした。

    「パンフレットに広告をのせてもらうだけだと企業にはうまみがないのではないでしょうか。特典として私達のドキュメンタリーDVDを作成してはいかがでしょう。」

    大学弓道関係者しか見ないパンフレットの広告に広告を掲載してもらうのは企業にとってwin-winというより恩情だ。一学生が大人の厚意に甘えるだけというのはどうなんだろう。

    だけど豊前先輩はこの件について何かしらの経験があったのか、考える風もなく答えを出した。

    「篭手切の言うことにも一理ある。だけど、毎年DVD作れるやつが入部してくれるとは限らねぇ。去年はくれたのに今年は作れる人がいないのでできませんってなったらもらえない年は損した気分になるだろ?」

    「それに他大学と差が出てもよくない。だけどアイディアを出してくれたことは嬉しい。」

    節制の鬼と呼ばれる経理の松井先輩ですらそういうのだからこれは引き下がるしかない。わかりましたと伝えるとお二人は大丈夫そうだな、と目配せしてミーティングの締めにかかった。

    「この日程表はグループカレンダーアプリで共有する。いつもと同様、出欠も兼ねてっから来れる日来れない日ポチポチっとしといてくれ。なにかわかんねーことはあるか?」

    1年生は広告費の疑問点をいくつか抱えていたけれど、これは一旦解散してから聞く方がよさそうだと思ったようで、1年生同士顔を見合わせては頷きあっている。

    「よし。それじゃ説明は終わりだ。みんな夏休み楽しめよ!!」

    おー!!と部員の朗らかな声が揃う。

    道場は一気におしゃべりで賑やかになり、私は同期の一年生と打ち合わせを済ませて、自主練用の的を立てに行った。

    「篭手切ぃ」と的置き場で私に話しかけてきたのは、Tシャツ半ズボンに胸当てをした桑名先輩だった。胸当ては普通女子がするものなのだけど、胸筋に張りがある桑名先輩は自主練の時よくこの格好をしている。先輩は矢の先端をタオルで拭きながら「やっと夏休みだねぇ」ととろけるように笑った。

    「はい。試験がやっと終わってこれで心置きなく練習に専念できます!」

    これは心からの本音。だけど他にも色々思うことはある。

    「あの、先輩たちはバイトってどうされてます?」

    矢を拭き終わった先輩と話しながら道場に戻る。ほとんど2ヶ月フルであるようだけどさっき夏休み中の予定を聞いたかんじだと意外と忙しい。浦島達から竜宮城フェスに誘われているし、自由参加と言われたあれこれも全部楽しみたい。それには先立つものが必要だ。

    「僕は引越し屋さんだよぉ。朝からかお昼からか、もしくはどっちもの日もあるねぇ」

    そういえば4月の合同練前に桑名先輩が道場の水道をシャワー代わりにしていたのを見たことがある。シャワー代わりというより行水という言葉の方がしっくりくるだろうか。桑名先輩は惚れ惚れするような肉体美を晒しながらパンツ1枚で豪快に水を浴びていて、その体躯の勇ましさに思わず拍手しそうになってしまったのを覚えている。あの時バイトで汗いっぱいかいちゃったからと言っていたのは引越し屋さんのことだったのか。しかしそれに難色を示したのは松井先輩だ。

    「桑名のバイト先はオススメできないな。あれは桑名の馬鹿体力あってのことだから。」

    「松井先輩はなんのバイトを?」

    「僕は家庭教師。義弘大の理系講師は人気でね、引く手数多だよ?篭手切も登録してみる?」

    さすが松井先輩。イメージぴったりだ。それもこれも先輩の知的さのなせる技だ。

    「篭手切も成績優秀だし賢い顔をしているからきっといいお家にご縁があると思うよ」

    にこり、と笑う松井先輩はどこからどう見ても優等生で、「松井猫被るのは得意だもんねぇ」と言い放つ桑名先輩に入れる肩パンの鋭さなど微塵も感じさせない。

    「というか、バイトなら豊前が一番色々知ってるんじゃない?今でこそバイト全部やめて弓道ばっかりしてるけど1年の頃はいろんなバイトを掛け持ちしてたよね」

    豊前の名前に反応して、ちょうど上衣の紐を結びながら道場に戻ってきていた豊前主将が「なんだなんだ?」と話の輪に入ってくる。

    「篭手切がバイト始めたいんだって。豊前いろんなバイトやってたよね?」

    「あー、そうだな。居酒屋、ホテル、清掃、年賀状の配達、予備校の模試の試験官、葬儀場、カレー屋、ネカフェの看板持ち、球場の売店、地下鉄の保線、パン屋の工場、弁当屋、それからイベントスタッフなんかもやったな」

    豊前先輩の口からスラスラ出てくるバイトの数とその種類が思っていた以上で素直に驚く。

    「たった1年ちょっとで随分色々やったんだねぇ。」

    「クラスのヤツに教えてもらってとりあえずやってみてみたいなかんじだったからな。2,3回しか入らなかったやつもあるけど。最終的には自分の都合にあわせて入れる派遣スタッフに落ち着いてたな。」

    「美大のデッサンモデルとかもやってなかった?」

    「あー、あれは高校ん時の友達に頼まれて。でもじっとしてんの苦手だからさ、結構キツかったんだよな。動き回ってる方が俺は性に合ってた。」

    で、デッサンモデル…!!

    思わず生唾を飲んでしまうくらい私には刺激的なワードだ。豊前先輩の芸術的なルックスを作品として残すだなんて想像しただけで鼻血が出そう……!!

    いやそれよりも!と心の中でぶんぶん頭を振って気持ちを切り替える。

    「あの、イベントスタッフってどんな仕事ですか?」

    イベントスタッフという言葉はすていじ好きの私にぴったりなバイトのように思えた。

    「そうだな、チケットのもぎりとか警備とか、待機列の誘導とか、後はセットのバラシだな。俺は入ったことないけどグッズの販売スタッフってのもあったみてーだぜ。バラシは力仕事の分日当がいいし、コンサートの警備はステージに背を向けてにはなるけど歌聞けるし割と楽しかったよ。」

    そ、そ、それは夢のようなバイトじゃないか…!!

    私の目がキラキラと輝いているのがバレてしまったのだろう、豊前先輩は笑いながらスマホを取り出すとメッセージアプリで私に派遣会社のホームページを送ってくれた。けれど、

    「篭手切にいっこだけ忠告。」

    桑名先輩と松井先輩が、ああ、あれかとアイコンタクトを取っている。

    「バイトに現を抜かして練習をおろそかにしないこと、ですね?」

    私はおそらく釘を刺されるであろうことを先読みした。それをお3方はやっぱりと顔を見合わせている。

    「バイト大いに結構。後期に入ったら忙しくてそれどころじゃなくなっちまうしな。言っときたいのはバイトと練習詰め込みすぎて身体壊すなよってこと。睡眠と食事はしっかりとること。」

    私はまさにバイトと練習に明け暮れる自分の姿を頭の中に描いていたので、あまりに図星な指摘にぐうの音も出なかった。

    「大学生、体力に任せて無理できちまうからな」

    「後からしわ寄せが来るんだよねぇ」

    「篭手切は特に目の前のことに一生懸命で自分の体調見えてない時があるから心配だよ」

    ニコニコしながらぐいぐい近づいてくるお3方に囲まれて、

    「俺達と約束な?」
    「僕達と約束だよぉ」
    「僕達と約束、できるよね」

    と迫られたら「はい」と言うしかない。

    「もし約束を破って無茶な練習してたら、強制膝枕の刑だからな」と自分の太ももをパァンと叩く豊前先輩のイタズラな笑顔に私は「ひえええええええ???!!!」と喉を絞られるような絶叫をして、私の大学1年生の夏休みは慌ただしく幕を開けたのだった。
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