私じゃ、こんなつもりじゃなかった。
せっかくの休みの日なのに、友達に無理やり引っ張られて行ったバレー部の試合。うちの学校が強いらしいと言うのは「全国出場」というのぼりが出るから知っていた。
でも正直そこまで興味ないし体育でやったけどいまいちルールもよく分かんないし、まあその辺の他校のイケメンと連絡先交換できたらいっかーくらいの気持ちで体育館までやって来た。
ぼーっと観客席に座ってると、周りが急に立ち上がりはじめ歓声をあげだしたので、ちょっとびっくりして皆の視線の先をみると、白地で黒の袖に何本かラインが入ったユニフォームの一団が入ってきた。どうやらあれがうちの高校らしい。何人かが声援に応えてこちらに手を振った後、身体を動かしたり掛け声かけながらボールを打ち合うのをふーんと頬杖をついて眺める。うーん、この中に好みの人は居ないかも。品定めしているうちに、そろそろ試合が始まるようだ。
ピーッと笛が鳴ってボールが放たれる。
当たったら痛そうな音を立てながら飛んでくるボールを腕で受けて上に上げて、次の人がポンッと軽く触って、何人かジャンプしたと思ったら、ボールは相手コートに落ちていた。わっと歓声が上がる。うちの得点のようだ。
「ね、すごいでしょ!?あの人!」
私をここに連れてきた子が興奮ぎみで肩を掴んで揺らす。
「え?あ、うん。すごいすごいー」
友達がどの人のことを言っているのか、いや多分いまボールを打ち込んだ人だけど、いまいち確信が持てないまま適当に相槌を打つ。
その後も分かんないながらもたまにネットにひっかかったり、変なとこまでボールが飛んでいったり、ど素人でもわかる得点には声を上げて一喜一憂しつつ眺めているうちに、私はある人ばかり見ていた。
一際背の高くてがっちりとした人。
腕を伸ばしてジャンプしてブロック?したり、スパイクもキメたり、もちろん他の人だって頑張ってるけど淡々とやるべき事をやる、みたいな姿に目を奪われていた。
今まで好きになったり付き合ったりした人とは全然タイプが違う。
でも、これはきっとそうなのだと気づいた私の行動は早かった。
「ねぇあの2番の人誰?知ってる?」
横の友達に聞くとえー知らない、と言われたのですぐに近くの知ってそうな男子に聞くと、同学年の「鷲尾」と言う人なのだと教えてくれた。サンキュー。
鷲尾。わしおくん。
いままで全然知らなかった。体育でも見たことないから隣のクラスにすらなったことない人だな。
今度はわしおくんがサーブを打つ番。ポーンと上に投げたボールはボッとまたもすごい音で相手コートへ飛んでいった。
やべー、カッコいい。
-----
思いったったら即行動、な私は週明けすぐにわしおくんとコンタクトを取るべく、朝珍しく早めに行った。
5組を覗いたけどまだ来てないみたいだ。聞くところによると男バレはいつも朝練していて予鈴ぎりぎりに教室に来るらしい。
<<<ここからのエンカウントイベントは、
鷲尾side 「あのこは」をご参照ください>>>
私がわしおくんを知って、我ながら足繁く毎日会いに5組の教室へ通い始めてしばらく経ったのに、それっぽい進展がまるでない。おかしい。
こんなに分かりやすすぎるくらいにアタックしてるのに。
なのに。なのに!!!
わしおくんは、全然私の気持ちなんて気づいてくれない。ばか。鈍すぎ。
「ダメだーー、全然相手にされてないって感じ。」
昼休み。今日はわしおくんは部活のミーティングがあるらしく自分の教室で弁当を食べ終え、相談がてら友達に弱音を吐く。
大きなため息と共に机に突っ伏すと、横から友達が「いやどう考えても鷲尾の好み、清楚系でしょ。アンタと正反対。」と、とどめを刺した。ぐえ。
うーー、そうか。そうだったかあ。私、そもそも対象外だったのかよ。マジか。
私なりのかわいいは、わしおくんにとってはただ派手な女ってだけだったか。
意気消沈したまま家に帰って自室に入ると、すぐに鏡の前に座った。コットンにメイク落としを染み込ませて瞼にしばらく当ててつけまつ毛を取って鏡を見る。
普段は精一杯のメイクで大きく見せている目。メイクを落としてしまうとやっぱり小さくて目つきが悪く見えてあんまり好きになれない。
でもわしおくんは、こんなバサバサなまつ毛を付けてない子が好きなのかな。なんて考えながらアイメイクを全部落とす。うーん。
髪の毛も。
元から明るいから仕方ないけど、確かに考えてみると鷲尾くんの横に居るのは黒髪で小柄で控えめな女の子の方がよく似合う気がする。私なんかとは正反対の。
そんな想像をしていると、何故だかポロポロ涙が溢れてきた。
ばかみたい。
好きになってからいままで、鷲尾くんに振り向いてもらうことしか頭になかったが、急に夢から覚めたようだ。自分ははなから対象外だったのだという事実がズシンとのしかかった。
「…そうだよね。いままで喋ったこともないやつに、急に迫られて、しかも、こんな、派手な…」
思い返せばかえすほど、自分のしてきたことが間抜けで恥ずかしく思えて、そして意味がなかったんだと思うと涙が止まらなかった。
その日は好きなグループが音楽番組に出る日だったのにそれも見ず、ご飯を食べてさっさと風呂に入ってあとはずっとベットの上で気がつけば泣いていた。
鷲尾くんとどんな話したっけ。その時の鷲尾くんの顔は。
毎日顔を出すもんだから5組の人たちは私が行くと「おい鷲尾、来たぞ」なんて声をかけてくれるし、勘違いしちゃってたな…。
「…あれ?」
そういえば。
ぐすぐす鼻をかみながら、ふと気づいた。
…私、鷲尾くんに「好き」ってちゃんと言ったっけ。
試合見て、次の日廊下で声をかけて、そこから毎日話に行って…
かっこいい、とかは言った気がするけど案外ちゃんと好きだと言葉では伝えてなかったかも??
…。
あーもーどこまで自分はばかなんだ。言わなきゃ伝わるも何もないじゃん。
よし。
明日ちゃんと言う。
そうと決まればこの泣き腫らした目を冷やさなきゃ。
木葉はガバッと起きあがってバタバタと階段を下りて保冷剤を取りに行った。
突然すぎる決戦は、明日──
次の日の朝。いつも通り起きて、朝ごはんを食べて、鏡の前に座ってメイクを始めてはたと手を止めた。
「…清楚系……」
そもそも昨日あんなになった原因。
「ベースメイクは…いっかな。」
いきなりすっぴんは流石に許容出来ない。
眉も描いて、いつも一番時間をかけるアイメイクは…。
「やめる、か。」
リップも無色のを塗って、次は髪。
むむむ。前髪は巻いてもいっかな。あとはストレートで伸ばそう。
制服も鷲尾くんみたいにきっちり着るか。シャツのボタンを閉めてリボンもちゃんと首に来るようにして、スカートも今日は普通の膝丈に。
仕上がりを鏡で見てげんなりする。
…やっぱりこんなじゃ全然可愛くない。自信ない。
でも今までのじゃダメだったから、今日はとりあえずこれで行こう。
使わなかったアイメイクの道具をバラバラと鞄に詰め込んで、いつもより早いけど、家族に顔を見られないように「いってきまぁす」と声だけかけてリビングは通らずに家を出た。見られたら絶対なんか言われる。面倒はごめんだ。
学校に着くまでの間、ずっと下を向いていた。
こんな顔で電車に乗るなんていつ以来だ。友達にはぜったい笑われる。
でもそれより、鷲尾くんなんて言うかな。
ああそうだった今日は好きだって伝えるんだった。あああ、もうどうしよう。家に帰りたい。。。
心臓が飛び出そうなくらいドキドキして、吊革を持つ手が白くなるくらい握りしめていた。
校門をくぐって、ふらふらと部室棟や体育館がある方へ向かう。この時間ならまだ朝練しているはず。
キュッキュッと靴底が床を擦る音と、ボールを打つ音、掛け声が聞こえる。
「どどどうしよう」
挙動不審にうろうろしていると体育館からは「おつかれ様でしたー!」と声が聞こえてぞろぞろと人が出てきた。
「木葉、どうした」
急に後ろから声をかけられ、ビクッと過剰に身体が揺れる。
声の主は見なくても分かる。
「あ、えっと…」
ほぼすっぴんの顔を晒したくないと、反射的に思いっきり顔を逸らしてしまう。
「?なんだかいつもと違うな。」
その言葉にショックを受ける。
「…やっぱ、変だよね。」
そんなつもりないのに、じわっと目頭に熱が集まる。