継続は力なり ルカが大学入学を機にこの家に来て、もうすぐ一年が経つ。最初の頃はシェアハウスなんて上手くやって行けるのかと思っていたけれど、案外どうにかなるものだ。苦手だった家事は分担制で先人に教えてもらいながらどうにかこなしている。一年度の学科もクリアできて本格的に専門分野の勉強ができるようになる。ワクワクしながら春休みに入り、退去や入居で住民の入れ替わりによる引っ越し作業などを手伝いながら過ごしていたある日、パーティをしよう、とイライから話を持ち掛けられた。
「去年もやっただろう? 歓迎会。あれ、歓迎会ばかりじゃなくて一年お疲れ様って意味での慰労会でもあるんだ。この家にやってくるのは皆大体この時期だからね」
「へぇ」
「新入りばかりが主役じゃ面白くないだろう? 自分たちだってパーティに出るなら美味しい思いをしたいものさ。だからね、一年目以上の人たちは慰労とか激励を籠めてるってわけさ。ルカさんはバイトしてたよね。休みや早く帰れる日とか教えてもらえないかなぁ」
「ちなみに会費は?」
「一人これくらい。新入りはなし。プレゼントはなし。すべて食費に回します」
強制参加だよ! とにこやかに言われてかなり渋ったけれど、金にうるさいノートンも出すんだからね、と謎の脅迫を受けて渋々ルカも参加することになった。
当日。この家の住人がリビングに一同に会した。料理買い出し担当、イライ・クラーク。買い出し担当、ノートン・キャンベル。買い出しと料理の手伝い担当、ナワーブ・サベター。掃除とリビングの飾りつけ担当ルカ・バルサーとイソップ・カール。そして新入りのアンドルー・クレスとビクター・グランツ。これがこれから一緒に暮らすメンバーになる。
新入りはゆったり座れるソファに座らせ、L字に配置されている一人がけソファにはイソップが、テーブル近くにクッションを置いてナワーブがその隣に座っている。ルカはソファの後ろにあるダイニングテーブルに料理を取り分けて座り、何を思ったのかノートンもそれに倣った。イライは料理ができた順から持って来てと、せわしなく動いている。
「七人も揃うとリビングも狭いな」
「元は十人くらい住める設計なんだってさ、ここ」
「でかいとは思ってたけど、でか過ぎだろ」
酒を飲むナワーブが呆れたように言うと、料理を持って来たイライが苦笑しながら返事をした。
「だからシェアハウスとして貸し出されてるんだよ……あっ、待って待って! それお酒!! 二人にはまだ早い!!」
ジュースと間違えてカクテルを飲んだらしいアンドルーが可哀想なくらい顔を真っ赤にしていた。
「良いじゃん酒くらい。どうせ大学に入ったら新歓で飲まされるでしょ」
「しかし、こんなに酒が弱いならカモにされるぞ。ほら、クレスくん、水を飲もうか」
「心配なら新歓なんか断れば良いんですよ」
「んー……」
ぼそりと呟いたイソップの言葉に、ビクターが困ったように笑った。
結局酒を飲んで潰れてしまったアンドルーと、隣でおろおろしていたビクターを部屋まで送って、残った面々はそれぞれ残った料理や酒を持ち帰ることで歓迎会はお開きとなった。
「去年はここまでグダグダじゃなかったんだがなぁ」
「去年は仕切り屋がいたからね」
「なるほど。その辺が緩いクラークくんでは荷が勝ち過ぎたか。ところで君はなぜ私の部屋に?」
ちゃっかりルカの部屋で酒盛りを始めていたノートンに訊ねると、悪びれもせずに肩を竦めて見せた。無駄に顔立ちが良いせいで、着ているのは『金が全てだ』なんて酷いTシャツなのにかっこよく見える。詐欺だ。
「恋人の部屋に来て何が悪いの?」
「生憎だが私は君の恋人ではないし、なった覚えもない」
「照れなくても良いんだよ」
「君、頭は大丈夫かい?」
「至って正常だよ」
「いやバグってるだろう。私は男と付き合う気はない」
「大丈夫、怖くないから」
「何が大丈夫で、何をもって怖くないと言うんだ!?」
「何って、そりゃもちろんナニが」
「何だかわからないが、何となく下ネタだと察したぞ」
「わぁ、凄い! 当たってる!」
「当たってほしくないんだよなぁ!!」
まるで漫才のようなやり取りにルカばかりが疲弊している気がして持ち帰った料理を口にする。パーティ用の料理なんて焼きそばや唐揚げなどの大量生産できて美味しいものがメインだ。油っこさに喉が渇いてくる。
ルカの視線がドリンクに向いたのを察して、素早くペットボトルを差し出してくる。
「はい、ウーロン茶」
「……どうも」
「僕って好きな子には尽くすタイプなんだよね」
格好つけて言っても、着てるTシャツのせいで台無しだ。
「寝言は寝て言え」
「そういうクールなところも可愛いよ」
「クールなのか可愛いのかはっきりしろ」
「可愛い」
「よりによって選ぶのはそっちなのか。全然嬉しくない」
「僕は一緒に居られて嬉しいよ」
「お前本当に人の話を聞かないな!?」
ウーロン茶を飲んでノートンが持って来た餃子をつまむ。スーパーで投げ売りされていた既製品らしいのだが、これはこれで美味しい。
「今度は皆で餃子パーティしようか。タネを好き好きに入れて焼くやつ。楽しいよ」
「ヤダ。お前肉をケチって豆腐入れるだろ。肉が食いたい」
「安くて安くて健康に良いのに!」
「お前本当にケチだな!」
「節約だよ! 未来の発明家さんに投資するにはお金を貯めておかないとね」
「……私のせいにするな」
本当に何を思ってルカを口説いてるのかわからないけれど、去年の夏ごろから口説かれ始めて時々こんなことを言う。守銭奴なのは前かららしいが、目的を明確に口にするようになったのはルカを口説き始めてからだった。
「ルカのせいじゃないよ。ルカの為にしたいって思ってるんだ」
「私は君の恋人になる気はないと言っているのに」
「まぁいいじゃない。パトロンを確保してると思えば、そこまで忌避感はないでしょ」
「私は君のヒモになる気はない」
「僕だってヒモを養う気なんてないよ。まぁ、将来に期待ってとこかな」
なるほど、将来の金蔓をキープしたいのか。と思うことはこれまでも何度もあった。
「それならわざわざ恋人だなんて嘯かなくたって良いのに」
ぼそりと呟いた言葉はノートンには届かなかったらしい。首を傾げる様子を目にしてウーロン茶を飲み干した。
「とにかく君にそんなことをされる謂れはないからな! もう寝るから帰れ!」
「え、寝るの? ちゃんと寝られる? 溜まってない? お世話したげよっか?」
「結構だ!! 出てけ!!」
「あっ、酷い……」
などと言いつつもルカに逆らわずに部屋から出て行く。寂しくなったらいつでも来てね、と甘く囁かれて誰が行くか! と威勢良く言い返した。やがて隣の部屋の扉が閉まる音がしてその場にへたり込む。押さえる顔が熱い。
「きっとただの冗談なんだから……本気にするんじゃない」
好きだと言われ続けてはや数ヶ月。ただの同居人のはずの男に口説かれて好きになるなんて、そんな単純な男じゃない、とルカは頭を悩ませ続けていた。