とるにたらないあいのはなし「別れて欲しいの」
ドトールだかタリーズだか空田にはもう思い出せないが、駅近くのカフェの窓際の隅のテーブル席で、涙を流しながら彼女──サオリさんが言った。その言葉に一瞬、空田は、悲しみに打たれたがそれも本当に一瞬のことで、その後すぐに、しじまの広がる水面のような心で「ああ、やっぱりな」と思った。
「俺の事嫌いになった?」
優しい声を心がけてそう聞くと、サオリさんは俯いて首を横に振った。
サオリさんは空田より七歳上だった。一番上の姉よりも歳上だったが、空田はあまり、というか全く気にしていなかった。
そんなことなど無関係に、何故かわからないが、彼女のことを心から愛することができた。今思えば、若さゆえかもしれない。
「美夜くんは悪くないの、私が悪いの」
そう言って彼女は涙ながらに話し始めた。
二年前に愛していたミオという犬が死んでしまったこと。心の底から悲しんだこと。そんな時に、笑顔や仕草が似た人に出会ったこと。その人を愛したこと。
それが、空田だったこと。
「面影を重ねてるのが申し訳なくって、それが最近どんどん苦しくなってきて」
空田はなんとなく寂しい気持ちになりながら、心の底が納得で埋まっていくのがよくわかった。他人の面影を重ねられるのには慣れているが犬ときたか、と思う心が無いでもなかった。
「自分勝手でごめん」
サオリさんはずっと泣いていた。「そんなことない」とっさに言うと、「そんなことあるに決まってるじゃん」と怒ったように返された。
空田がどんなに優しい言葉をかけようとも、どれも受け入れて貰えなかった。
「ごめんね、犬に似てるから付き合ったとか。馬鹿みたいだよね」
サオリさんは自嘲するように笑った。
その言葉と、サオリさんの無理に浮かべた微笑みに、空田はひどく怒りを覚えた。
「そんなこと言わないで。ミオくんを愛してるんなら、そんなこと」
声が刺々しくならないように気をつけたが無理な話だったかもしれない。自分と似た犬の名前を呼ぶのは妙にそわそわした。
サオリさんはハッとした様な顔をして、よりいっそう泣いた。「ごめん」と何度も言っていた。
ぽつりと呟く。小さく弱々しい声だった。
「美夜くんと、別れたい」
「……うん。じゃあ、そうしようか」
その返答にサオリさんは、自分で言っておきながら傷ついたような顔をしたが、それと同時に心底ほっとしたようでもあった。
空田が伝票を持って立ち上がると、サオリさんは潤んだ目で空田を見つめた。
見上げる彼女の唇に、軽く口付けを落とした。それから、
「僕もとても、愛していたよ」
驚いているサオリさんに、そう声をかけて、空田はその場を立ち去った。
その日の苦いコーヒーの味を、空田は今でも覚えている。
…………
空「……ていうことが大学生の頃ありまして」
宇「最後のんデュークやん!!!!(大声)」
空「声でっか。そうですケド」
陸「キザ」
空「るっせバカ」