かつての雪の日のこと【かつての雪の日のこと】
スワロー島の冬は長い。一年の四分の三を占めている。
シーディエン・ルピナスは朝が来るよりも先に起きた。大きく伸びをする。窓の外を確認すれば、小雪が降っていた。
まだこれぐらいだと雪が降っていない範疇に入る。パジャマから着替えて、屋根裏部屋から一階へと降りた。
一番最初に起きたのは自分だ。
暖炉の準備をしておいて、朝ご飯も作っておくことにする。同居人の二人はまだ目覚めない。
ルピナスは一番早く寝て、一番早く起きている。
「ローはパン。嫌いなんだよね。何処が嫌いなんだろう」
「不味いだろう。パン」
この家の朝食は殆どルピナスが作っている。料理をするのは好きな方だし、メニューも調整が出来るからだ。
最近はご飯を炊くことが多くなった。理由は最近やってきた同居人だ。
トラファルガー・ロー、ルピナスと同じ、この家の家主であるヴォルフの世話になっている者だ。年齢はルピナスと同じ年である。
パンについて呟けば本人が返答してくれた。ルピナスは小首をかしげる。
「美味しいのに」
「何処がだ」
「ご飯パンとかどう? ヴォルフさんが作ってくれたパン焼き君で出来そうな」
「どう? じゃねえよ。お前は好きなものを嫌いなものに変換しようとするんじゃねえ。朝飯の準備は手伝う」
「ありがとう。ロー」
ルピナスはパンも好きだがご飯もすきである。パン焼き君は発明家でもあるヴォルフが作ってくれたパンを焼ける機械だ。
ローは最近、ヴォルフが連れてきた少年だ。この家にはヴォルフとルピナスで住んでいた。ある日の夜、ルピナスがヴォルフを待っていたら、
彼がローを連れてきたのだ。ルピナスは眠かったので寝てしまっていたのだけれども、ヴォルフがギブ&テイクで住まわせると言ってきた。
条件に付いては同じである。
「雪、今日はそんなに降っていないな」
「寒くないほうが過ごしやすいよね」
食材を確認しておく。外で調達することもあるが、ヴォルフが週に一回買ってきてくれる。計算して使っていく。
薪も準備しておかないといけないなとはなる。
ホウレンソウがあったので刻んでおくことにした。
ルピナスはヴォルフの孫ではなく、ローと同じ同居人であるとは聞いている。ルピナスの過去をローは詳しくは知らない。
嬉々としてイノシシを解体したりしている辺り、どうなのだろうとなるのだが、イノシシは狩ったら速攻で処理をしなければ美味しくはない。
それはそれとして、この島での、この家の穏やかは穏やかだ。穏やかすぎて、困る時がある。
「カモミールが育ったからカモミールミルクにして飲むの」
ヴォルフの家の側にあるビニールハウスでルピナスとローは野菜を収穫していた。これも彼等の仕事だ。ヴォルフはいない。
今日は町に出る日なのだ。二人は留守番なのでその間にやるべきことはしている。カモミールは花であるがハーブティにもなる。
ビニールハウスの一角のはカモミールが栽培されていた。
「お前は好きだよな。カモミールミルク」
「好き。母様が作ってくれたから」
母様という。ローが知っていることと言えばルピナスには両親がいないこと、ヴォルフの元に引き取られたことだったが、詳しいことは聞いていない。
踏み入れてはならないところは踏み入らないというのが暗黙の了解とはなっていた。とはいえ、ローはヴォルフには自身の過去を話しているので、
ルピナスも話しているだろうとはなる。ルピナスは紅茶も好きだがカモミールミルクも好きだ。
収穫している野菜は三人が食べる分だ。
「ルピナス。お前、梅干しを作る気か」
「……ローは梅干しも嫌いだよね。焼き魚は好きだけど美味しいよ。魚の梅煮とか」
「何で好きなものと嫌いなものを組み合わせたもんを食わねえといけねえんだ」
美味しいのに、とルピナスが呟いた。ルピナスのローの印象は好き嫌いが多くないか? というところがある。梅についてはとってから氷砂糖があれば
シロップを作ったりもできるようだ。梅干しも保存食として作っては置いているようだがローは梅干しも嫌いだった。
「パンとザウアークラウトと塩サバのサンドウィッチとか美味しいのに」
「無理やり食わせようとするな。お前には嫌いなものはないのか」
「特にないかな」
話ながら収穫を終える。ルピナスはカモミールを収穫し終えた。これは光で乾燥させるらしい。おひさま、そんなに差さないからこれになるとは話していた。
カモミールティーはカモミールの花を収穫し、花を乾燥することで飲める。家用だ。
特にないというと癪である。ルピナスはルピナスでローに嫌いなものをたまに食べさせようとしてくる。たまになので、完全にではない。
ザウアークラウトは冬の定番の保存食である。二人で話しているうちに野菜を取り終える。
「狩りに行ってくる」
「行ってらっしゃい。私は薪を割ってるから」
ルピナスは薪を割るらしい。最初に彼女が薪を割っているのを見たとき、切り株の上に大きな薪を置いて、それに斧を投擲していた。
斧は薪を割ってくれたのだがさすがに危ないとローがコツを教えた。ルピナスはわーすごいね、ローなんて言っていたが、褒められても、もっとましな方法で
薪を作れとは言いたくはなった。
「斧はきちんと使えよ。ルピナス」
「教えてもらったんだから。その通りにするって」
借りた剣を持ちローはルピナスと別れる。狩りをしつつも自身の能力『オペオペの実』を使いこなすための練習をしなければならなかった。
自身がやりたいことは分からないが、ここでの生活は悪くはない。ローはルピナスと別れた。
「眠いなら、部屋で寝ろ。ルピナス」
「うん……」
「お前は早寝早起きじゃからな」
狩りを終え、能力を使う練習も終え、戻ったローはルピナスに獲物のイノシシを渡して、彼女はイノシシを加工していたら、ヴォルフが帰ってきた。
ヴォルフは必需品を買ってきてくれていて、夕飯を取ってからローとルピナスとヴォルフで話していたらルピナスは眠そうにしていた。
暖炉の火が燃えている中、側で話していた。ルピナスは編みぐるみを抱いていた。ヴォルフが買ってきた毛糸で作ったウサギだ。
「眠いなら連れて行ってやる」
手を差し出せばルピナスはのんびりと手を出した。ローはそのままルピナスを引っ張っていく。屋根裏部屋なんかに住まずに別の部屋に住めばとなっていたが
ヴォルフから聞いたところによると自分で屋根裏部屋がいいと言っていたようだ。
「暖かい」
「……そうかよ……」
「暖かいよ」
引っ張っていった手が温かいとルピナスが言い、口元を緩ませたものだから、ローはそれ以上は何も言わずにルピナスを梯子のところまで連れて行く。
「昇れるな。落ちるなよ」
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
言い聞かせればルピナスは大きく頷いて、眠たそうにしながらも梯子を上っていく。ローは彼女が屋根裏部屋に戻ったことを見送ってから、
ヴォルフのところに戻ることにした。
あれから十年以上が経過した。
偉大なる航路にて、潜水艦ポーラータングは黄色い体躯を外に出していた。ローが甲板に出るとルピナスが白クマのミンクであるベポの上に乗って寝ていた。
「コイツ、重くなったか?」
「ちょっとだけだよ。キャプテン」
「食ってるならいいか」
「そっちか」
「体調を心配しているな」
口々に言っているのはペンギンとシャチだ。ルピナスとローがヴォルフの家にいて、その後にベポをローが連れてきて、ペンギンとシャチも加わった。
共同生活は三年は続いて、それから事件が起きて彼等はハートの海賊団を立ち上げて、海賊となった。海賊をやり続けて、偉大なる航路に入る。
「起きろ。ルピナス」
「……雪が懐かしいよね。ロー。カモミールミルクが飲みたい」
目を覚ますとルピナスがローの顔を眺めて言い、ベポから降りた。
「後でいくらでも飲める。これからシャボンディ諸島だ」
「わー、なんかすごい海賊がいっぱいいそう」
「むやみに歩き回るなよ」
「ローについていくから安心」
「ったく……」
付き合いは十年以上。距離感はそれなり。
ルピナスが伸びをする。今ではビニールハウスで野菜を取ることもないし、雪降る中斧で薪を割ることもない。けれども、二人はこうしている。
こうして、一緒にいるのだ。
【Fin】