本日のブックカフェ店員【本日のブックカフェ店員】
「……俺、明日はブックカフェの店員当番が入っているけれど、旅に出たくて」
「出ればいい。君にはよく本館当番も変わってもらっている。私が代わりに出ていよう」
河東碧梧桐が悩んでいるようだったので相談に乗った中里介山であったが、これはたまにあることである。
旅に出たくなったので仕事をキャンセルしましたが通じるのが帝国図書館ではあるが、これは帝国図書館の館長がそれなりには文豪たちには寛容的であるし、
文豪たちも人数が多いため、文豪が抜けても何とかなるからだ。
「当番、変わったんだな」
「君もだろう。高浜の代わりのようだな」
「変わっておけば次の潜書当番、変わってくれるみたいだし」
帝国図書館は前から月に何度か敷地内にある別の建物でブックカフェをやっていたのだが、好評だったので定期的にやることになった。
当番は文豪たちで交代制だが、高浜虚子と河東碧梧桐は良く当番が当たっている。彼等ならばブックカフェを回せるからだ。
碧梧桐は旅に出たくなったので介山が交代で当番に入った。当日、待っていれば吉井勇が来た。吉井は虚子から当番を変わったらしい。
十月も下旬となっていた。
「ハロウィンが近いな」
「今年のハロウィン、気合が入ってないか?」
ブックカフェの準備は終わっているので今は小休止中だ。図書館がオープンするのと同時期にブックカフェも開く。介山が話題に出したのは
ハロウィンのことだった。ハロウィンは元々ケルトのイベントであったのだが、今では仮装をするイベントとなっていた。仮装をして、子供たちは
家々を回りトリックオアトリートと言い、お菓子をくれなきゃいたずらするぞと話し、お菓子を貰うのだ。なかったら悪戯である。
一応は、図書館はハロウィンをしていたのだが、年々パワーアップしているとは介山は館長から聞いた。
「去年のハロウィンは大規模なパーティだったからだ。それまでは仮装をする者はして、お菓子を貰っていくというものだったな」
「ロスジェネ組のパーティが派手だったのもあるんだろうけど。商店街のイベントも気合が入っているし」
「ハロウィンスタンプラリーだな。甘味好きがあちこちを巡っていた」
去年のハロウィンはアメリカ出身のスコット・フィッツジェラルドがパーティを主宰していた。仮装に気合が入ったのもそのためだ。
アーネスト・ヘミングウェイは海賊だったかとなる。商店街もハロウィンスタンプラリーをしていた。これは商店街にある甘味店やスーパーが、
店を訪れたりするとスタンプを貰えて集めると景品が当たるというものだ。
甘味好きだと文豪の中にも何人かいるが彼等は嬉々としてスタンプラリーをしていたという。
「おっ、そろそろ始まるな。ブックカフェは酒は出してねえし。身内でやるバーなら出してるんだが」
「文豪と酒企画というのもいいかもしれないとは聞いたが、酒は出せないからな」
文豪達ようにバーはやっているが。これは外で酒で何かをやらかすならばうちでやって、そこでやらかした場合は内内に処分をしようと
いう理由で出来ていた。介山はブックカフェ内にある時計を確認した。そろそろブックカフェを始めなければならない。
カフェ内部は秘密の空間と言うように中には本棚が並び、アンティークの家具が並べられていた。
「始めようぜ。客は疲れない程度に来てくれればいいな。暇なら、中の本でも読むか」
「多すぎるとミスをすることもある」
介山と吉井はブックカフェを始めることにした。
「どうした?」
「神と言われたのだが……」
介山が神という言葉を聞いたのはパンケーキを二人組の女性客のところに運んだ時のことだった。二十代ぐらいの女性だったがパンケーキを持ってきた介山に
神と言ってきたのだ。ちなみに帝国図書館ブックカフェのパンケーキはスキレットにパンケーキの種を入れてオーブンで焼いた北欧式のふわふわパンケーキである。
「パンケーキを見てか? お前を見てか?」
「片方はパンケーキで片方は私だった」
「……神だったんだろうな」
「甘味組……ではなくとも食事をしているときに神、とは聞いたことがあるのだが、私を見て神と言われても」
店の奥で吉井と介山は話す。話している間にも店内には気を配っていた。
「お前、人気があるからさ。図書館に出しておけば問題ないっての。クレーマーとか止められるし」
「そういわれても……困る」
吉井に言われたのだが介山は実感がわかないし、神と言われても困るのだ。困り顔をしている介山の顔を見て、
「……それが、神って言われる奴だってなるぞ」
「神という言葉は……」
「深く考えるな。客が来た」
神とは、と介山は考え込んでしまうのだが吉井が止める。吉井としては分かっているのだが、神という言葉は気楽に使う者は使う。
素晴らしいとかすごいという意味でだ。次に来たのは男の学生が四人だった。
ここのパンケーキは甘くておいしいと話されていた。
「パンケーキが人気だな……定番だからか?」
「オーブンで焼いたもの以外にも、手間も考えなければならないがフライパンで焼いたものもいいかもとはいわれていたな」
「甘さもいくつかあるしな」
甘いと言っても、種類がある。
平均値をとるか特化型にするかは悩みどころではあるらしい。介山はメニューを考える者ではないため、考えるのは他の者たちだが塩梅が難しいそうだ。
「紅茶のお代わりを頼まれている」
「頼む。俺は注文を聞いてくる」
紅茶のお代わりを頼まれたので介山は紅茶を淹れることにした。
ブックカフェは無事に終わった。終わってからブックカフェ内で休んでいるとやってきたのは山本有三だ。
「介山も勇もご苦労だったね」
「ハロウィンは? 準備をしてたんだろう」
「ああ。順調だよ」
有三の話を聞いてハロウィンが近いことを介山は改めて思い出していた。
「……ハロウィンと言えば武者小路と共にハロウィン用のかぼちゃを育ててみたりしていたが」
「あのオレンジで。中身はまずいって言う」
「かぼちゃパイにすればマシになると聞いているね」
ハロウィン用のかぼちゃはオレンジ色の皮をした大きなものだ。中身はそこまで美味しくはないがかぼちゃパイのフィリングに使えば
まだ美味しいという。武者小路実篤が毎年育てているのだが今年は介山も手伝った。最初にハロウィンをやる時は緑色のかぼちゃを使おうとして
止められていたらしい。
「そして仮装もしてみようとは想う」
「……お前が?」
「……司書に相談をしたら”誰か葬るの?”と返されたのだが」
「火葬じゃないね。仮装だよ! アンタがやりたいというならば、ワタシも手伝うよ」
仮装ではなく火葬と変換してしまったらしい。彼等を転生させた特務司書の少女はずれていたが介山が仮装をするというのが
予想外すぎたのだろうとはなる。有三は手伝ってくれるようだ。
「佐千夫が乗り気だったし俺もやってみるか……?」
「楽しんでみようと想っている。ブックカフェでもハロウィンが楽しみにされていた」
「ハロウィンはみんなで騒げるからね」
祭りを楽しむということ。
それは異国でも日本でも変わらない。ブックカフェでも図書館内にあるハロウィンの飾りを喜んだり、商店街のハロウィンが喜ばれたりしていた。
だからこそ、決意する。
介山もハロウィンに今年は一層、関わってみることにした。
【Fin】