聖夜に願うこと【聖夜に願うこと】
煙草に火をつける。
斎庭白秋は屋敷町の人が来ない軒下で煙草を吸っていた。ヘビースモーカーで煙草を吸わないと落ち着かないのだ。
ポストアポカリプスを起こして百年以上が経過した世界であるが煙草はある。
今日はクリスマスだ。
真剣少女たちは、クリスマスパーティの準備をしている。この屋敷町も大所帯となった。
「お師さん。準備が出来たよ」
「一服が終わってから」
煙草を吸い続けているとクリスマス衣裳を着ている津軽正宗じょうが駆けてきた。世界が滅びかけても、サンタクロースとクリスマスの概念は
存在していた。こんな世界になってしまったからこそ、かもしれない。
「もうクリスマスって早いよね」
「何年経過したか」
計算したら三年ぐらいのはずだ。今の感覚では、がつくが。
気が付いたらこの世界にいた。隕石によって滅びかけていて、どうにか生存権を確保している世界でそのカギとなっているのが真剣少女と呼ばれている存在だ。
刀と縁を結んだ少女たちで、じょうがそうだ。
「三年かな」
(そうしておくか)
「クリスマス。嫌い?」
「実家だと一応は祝っていたんだが」
白秋はこの世界の人間ではない。別世界の人間だ。
元の世界では陰陽師の家系に生まれた。長男で、家を継ぐはずだったのだが高校時代に起きた出来事により家を継げなくなり、別の仕事に就いた。
仕事と言っているが元の世界の魔術世界のバランサーの組織に所属していた。
実家とは仲良くやっている。家は弟が継ぐことになったが、あれからじょうの感覚で三年が経過していた。
帰られたら向こうの時間は一瞬しか過ぎていないかもしれないが百年以上が過ぎている可能性もある。
「あるんだね。実家」
「遠いけどな」
「遠征するだけでも苦労するもんね」
特にじょうが深く聞かないでいてくれることが助かる。大天狗と呼ばれる隕石とそこから派生した憑喪によってかつてのような生活は出来ない。
かつてなんて、いまのじょうたちには伝聞系の記憶しかないのだけれども。
「クリスマスが終わったらすぐに大晦日と正月だ」
「めでたいよねー。めでたいことは大好きだよ」
煙草を携帯灰皿に押し付ける。
こんな世界になっても時は過ぎるし、時を刻むようにはしているのは、刻まなければおかしくなってしまうからだろうかとはなる。
「サンタクロースの服、寒くないか」
「全然。クリスマスじゃないと着られないし」
「……正月にクリスマスは日本だとずれるしな」
「他だとどうなの?」
「場合によっては来年の一月六日までやっているぞ」
クリスマスというのは救世主が降誕された日だ。日本だと恋人通しが仲睦まじくやっているとか家族団らんとかがあるが、
どうも、日本だと前者のイメージが強い。厳かな日であるはずなのだが、
来年の一月六日というのはエピファニア、公現祭のことを言う。救世主が人類に現れたことを祝う日だ。
「そこまでクリスマスは日本だと祝わないよね。終わったらすぐに餅つきに除夜の鐘に年越しそばに初もうでだし」
「順番がずれているぞ。蕎麦ならうつし、餅つきもやるが」
「やったー」
屋敷町は結界の街だ。儀式的なものをたまに行わないといけない。白秋としては儀式は慣れているが、
準備が大変なのだ。それは今も昔も変わっていない。
「クリスマス……ツリーはライトアップはされないんだな」
「火でもつける? って話してたよ」
「誰だ。そんなことやったら大火事だろうが」
クリスマスツリーとして手ごろな木を用意して、そこに飾りつけはした。真剣少女の中には力持ちの者がいるので力を借りた。
白秋の記憶では、かつての世界ではライトアップされたツリーやビルディングがとても目立っていたがこの世界では出来ない。熱は根こそぎ憑喪に
持っていかれてしまう。クリスマスもいつものように憑喪を倒していたのだが、倒しておかないと平和も危ぶまれる。
戻るか、と白秋はじょうと戻ろうとするがじょうが白秋を見上げた。
「メリークリスマス。お師さん」
「――メリークリスマス」
唐突に言われて、言い忘れていたなと気が付いて、白秋はじょうに返す。
今頃、世界のどこかで誰かが救いを願っているのだろうかと。袋小路になっている世界で、それでも、生き続けている。
生き続けているから、祈る。
――戦いがひと段落してくれればな。
終わらない戦いが続く。憑喪もそうだが、内部の戦いもある。煙草をまた吸おうとしたが止めた。
じょうと共に屋敷に戻ることにする。屋敷に戻れば、クリスマスパーティが待っていた。
【Fin】