元旦早々屍が転がる図書館で【元旦早々屍が転がる図書館で】
「……おかしい」
島田清次郎は眼前の光景に視線を向ける。
本日は正月、めでたい日のはずだ。はずなのに。
「朝日にやられたのか……?」
「ここまで朝日にやられるとは」
「違うよー正月が来たでみんなで飲んでたらこうなっただけ」
清次郎と共に驚いていたのは斎藤茂吉だ。
食堂に入れば明星組、北原白秋や石川啄木、吉井勇や彼等の友人である若山牧水、酒のみである中原中也、酒好きの文豪が床で寝ていた。
穏やかな表情で状況を説明したのは草野心平である。心平は元気であった。
床に転がる酒瓶、テーブルの上に置いてあるガラスのコップ、酒のみの文豪達はとにかく酒を飲み続けていたらしい。
大晦日から新年になった日も飲んで寝たのは今しがたかもしれない。
「朝からこれですか」
「俺は除夜の鐘をきいて初詣に行ってからすぐに寝てしまったからな」
「私もそうだ」
困ったような声を出したのは中島敦だ。食堂はだいぶ散らかっている。
清次郎と茂吉はというと年越しそばを食べてから、除夜の鐘を鳴らしに行き、その足で初詣に行き、お参りをしてから帰宅して寝た。
とても健康的に過ごしていたのだ。
「おせち料理は用意してあるから食え。こいつらは……暫く転がしておこう。粥でも作っておくか」
「露伴先生が居たら怒っているところだな。今年は三日に帰ってくるが」
おせち料理について教えてくれたのは中島の裏人格だ。彼は料理が出来る方であるし、今の帝国図書館の食堂を支えてくれている。
帝国図書館は年末年始休暇に入ったので絶賛休暇中である。一月三日までは休みだ。
その間は最低限の潜書しかしないし、年末年始休暇は長期の休暇になるため文豪たちはこぞって旅行に出かけるのだ。
図書館に残っている文豪たちは旅行に行かなかった文豪だがその代わり優先的に長期休暇が取りやすくなる。
幸田露伴は掃除好きの文豪であり、衛生を保ってくれている。去年なんて散らかしすぎて三日に露伴が帰ってくるならいいかとそのままにしておいたら、
露伴は二日に帰って来て非常に怒られた文豪もいる。
「おせち料理は別のところで食べるぞ。ここで食べていると戦場で食べている気がする」
「新年だからって飲みすぎちゃった」
「……新年じゃなくても、飲んでないか」
ごめんねーと心平が明るく笑っているが清次郎としては新年じゃなくても飲んでいる気がした。心平も飲んでいたのだろうかとなるが元気だ。
彼と仲良くなったのは清次郎がゲームブックを作ったときに叙事詩を作ってほしくて詩人だからと彼を本に誘ったからだが、付き合っていくうちに
以外と戦闘狂なところがあるなとか朗らかにしているが戦闘狂だなとなった。二回書いてしまったが心平の武器はトミーガンである。
気にしない気にしないと心平は左手にはめているパペットであるカエルのぎゃわずを動かした。
茂吉はいつの間にかおせちの入った重箱を持っていた。
「分館の飲食室でいいだろうか」
「そこにしよう」
「フェージャ。みんな、起きて起きて。朝だよ。新年あけましておめでとうございますだよ」
フェージャと呼ばれて確認をしてみれば床でフョードル・ドストエフスキーが眠っていた。冬服を着て彼や皆を起こしているのはレフ・トルストイだ。
中島は粥を作りに行ったようだ。
「あけましておめでとう。トルストイさん」
「これじゃあ、初詣も行けないよ」
「午後から行けばいいだろう。三が日を避けてもいい。混んでいるから」
そうだね、とトルストイは清次郎の言葉に納得していた。
清次郎は茂吉と初詣は直ぐに終わらせてしまったが、初詣自体、神社が混みすぎていて行くと疲れる面はある。
「まずはここを片付けないと。そうだ。島田君。これ、お年玉だよ」
トルストイが片付けに気合を入れつつも清次郎にポチ袋を差し出した。清次郎は受け取る。
「お年玉……」
「僕の本を読んでいてくれていたみたいだし、年末は大変だったみたいだから」
慣れた様子でトルストイは酒瓶を一か所にまとめ始めていた。酒瓶は年末年始が開けたらリサイクルに出す。
トルストイは清次郎が生前、学生時代に彼の著作を読んでいたが、彼としてはトルストイを読んでいない者はいないだろうとなっている。
ドストエフスキーもだ。
清次郎は年末寝込んでいた。買出しに出かけて帰宅をしていたら、やや離れたところで用水路に落ちた母子を見つけてしまい、救助をしていた。
その時に体を濡らしたので風邪をひいてしまったのだ。トルストイが片付けに入る。
「清次郎君?」
「……トルストイにお年玉をもらうとは、考えてもいないことだった」
「図書館だから起こりうることだな。私も島田君にお年玉をあげるべきか」
「お年玉とかはいいから」
ロシアの大文豪がお年玉をくれる。帝国図書館ならば、各国、時代もバラバラの文豪たちが揃っているからこそ起こりうることだ。
そのトルストイは寝ている文豪たちを起こしながら片づけをしているし、中島は”おかゆを食べてくださいねー”と鍋を持ってきている。
――新年と言えど、変わらん。
いつものノリとなってしまっている図書館で清次郎は呆れてしまった。
トルストイのお年玉の中身を確認した。結構入っていた。これは神棚に置いておくべきかとなったが清次郎の部屋には神棚はなかった。
だから、自室の引き出しに入れておいた。正月三が日は暇である。
「秋声達が帰ってくるのは三日だ」
「お土産をいっぱい買ってきてくれると言っていたよ」
おせち料理の入った重箱を分館の飲食室に持っていき清次郎は茂吉と二人で食べた。茂吉が煎れてくれた湯呑に入った温かい棒ほうじ茶を飲む。
今回の年末年始は図書館で過ごしてみようと清次郎は決意したものの年末は寝込んでいた。
「アンタも残ったしな」
「残りたかったんだ。島田君が心配だったから」
茂吉は師匠たちと共に旅行に出かけるはずだったが図書館に残った。清次郎が心配だったからと話している。
「草野も初詣に行った。初詣で獅子舞を見てくるよーとか話していたな」
「獅子舞の獅子に正月、頭を齧られると無病息災になると言われている」
心平は仲の良い岩手組である高村光太郎や宮沢賢治と初詣に出かけて行った。彼等が参拝する神社で獅子舞をやるらしい。
神社はこの辺りにいくつかある。
「金沢でも獅子舞はあった。男獅子と女獅子」
「また金沢にもいきたいものだ」
金沢は清次郎が学生時代、暮らしていた場所だ。華やかなところがあったけれども、暗い場所ではあった。金沢に出かけたのは一昨年だっただろうかとなる。
時間がたつのは早い。転生してこの図書館にやってきて暮らして、生活にも慣れきった。
慣れきったのだが。
「ラヴクラフトが渡したジェラートを買うメモなんてぜんぶ、たくさん。で店員と何だこれってなるわ。年末はひたすらお粥とうどんの日々だわ」
「島田君?」
「図書館の生活にも慣れてしまった。毎日が騒がしすぎる」
主と旅行に出かけているハワード・フィリップス・ラヴクラフトがジェラート屋の年末バーゲンのチラシを持っていたが、彼が寒がりであることを知っていたので
買出しついでに言ってきてやると買出しメモを預かればひらがなで全部のジェラートをいっぱい欲しいと書いてあり、さすがにこれは無理だと、
他のお客さんにも渡せないとなり個数を決めて買ったりとか、後で人命救助をしたら風邪をひいて、風邪が長引いてお粥とうどんで過ごしていたとか、
慣れきってしまった毎日は年末年始でも続いている。
「それがこの図書館だろう。今はいつもよりは静かではあるのだが」
「いつもよりはな」
「後で私たちもまた神社巡りでも行かないか。島田君は獅子舞に頭をかまれてもいいだろう」
「噛まれなくても俺は健康……説得力がないな……仕方がない。出かけてやる」
茂吉といるのも慣れた。
彼と行動をするのもだ。人づきあいは転生した当初よりは増えているし、広がっている。清次郎は棒ほうじ茶を飲み干した。
新年だから、新年でも、毎度の日々は続いている。
【Fin】