アフターヌーンティーは夕食前に【アフターヌーンティーは夕食前に】
アフターヌーンティ。
本来ならば午後四時から五時に行われるティータイムのことである。当時は夕食の時間が非常に遅くなることがあり、その間の胃を持たせるために
始まったとされる習慣だ。紅茶と軽食をいただく。
「今日は食堂が止まる日だよ。晩御飯は志賀さんのカレーだって」
「どんなカレーなんだろう。楽しみ」
ルイス・キャロルは帝国図書館分館で本を抱えてアルチュール・ランボーを迎えた。帝国図書館分館は近代文学を専門に集まっている図書館だと
表向きにはなっているが、その実、謎の敵である侵蝕者と戦うための前線基地である。とはいえ中身は一般的な図書館と変わらない。
本の貸し借りが出来るカウンターテーブルが置かれた場所にはキャロルとランボーだけしかいなかった。
食堂が止まる日は料理長や他のスタッフも休みであり、文豪たちは各自で食事を準備をする日だ。外食が推奨されているし、自炊も推奨されているが、
面倒な者たちもいる。そのため料理のできる文豪がある程度は纏めて食事を作ることになっていた。
志賀直哉のカレーが晩御飯である。志賀はカレーを作るのが大好きであり、文豪たちは一週間に最低でも二度はカレーを食べていた。
食堂を取り仕切っている料理長が作るカレーも含めてだ。バリエーションは変わるがカレーはカレーである。一部の文豪はカレーに飽きて反乱を起こしたりしていた。
「夕飯までまだ時間があるけれど、お腹すいた」
「散歩にでも行っていたの?」
「文豪宿舎の共用キッチンの整頓をしてた。ごちゃごちゃしていたから」
「それならお茶にでもしようか。アフターヌーンティにはちょうどいいよ」
文豪宿舎は文豪たちが寝泊まりをしている場所だ。アルケミストパワーがかけられているため、見た目よりも部屋数が多いし中もしっかりしている。
ランボーはキッチンの整頓をしていたらしい。共用キッチンは各階に存在している。定期的に整頓をしないと荒れてしまう。
誰かがやってくれるはずだと使っていたら誰もやらなくて荒れ果てた例もあるらしい。
キャロルはランボーにアフターヌーンティの提案をした。ランボーは丸い掛け時計を見上げる。夕食は午後六時にできるのが帝国図書館だが、
時刻はまだ午後五時だった。
「アフターヌーンティは聞いた話だと午後四時から五時のお茶のはずだけど、ここは午後になったらお茶になってるよね」
「午後だからもあるし、夕飯。ここは六時になるから。昔の夕食はとても遅かったけれど」
日本だと三時はおやつの時間だし、午後ならばいいだろうと午後になったら飲むアフターヌーンティなのでかつてのように厳密に守られているわけではない。
「お茶。貰うよ」
「冷蔵庫にお菓子もあるから、飲食室に」
キャロルがランボーを案内しようとすると分館のドアが開いて誰かが入ってきた。
「無事に帰ってこられたな……腹が減った」
「空腹を感じるのは無事に終わった証拠だ」
「どうしたの。や、柳田さんにコナン・ドイルさん」
「何か食べさせよう」
ふらふらと入ってきたのは柳田國男とコナン・ドイルだ。二人は空腹らしくふらついていた。慌てるキャロルの隣でランボーが解決案を出した。
飲食室は帝国図書館分館で数少ない飲食ができる部屋である。四人掛けのダイニングテーブルに簡易キッチンや冷蔵庫がある場所だ。
アフターヌーンティは三段の皿が置ける道具に決まった順番で食べ物を置いたり、出す食べ物もルールが決まっているが帝国図書館のアフターヌーンティーは
午後にお茶を飲めばいいという最低限のルールしかない。食べるものも決まっていない。
キャロルはガスコンロでお湯を沸かしていた。ランボーはストック箱の中に入っているジャガイモを薄切りにしてあげたお菓子の袋を柳田とドイルに渡していた。
「生き返ったな。無事に帰るまでの記憶がそこまでないが」
「何をしたらそうなったの」
「利用客がここから離れた場所にある古い神社の話をしていてな。調べに行ったんだ」
「面白いものがあるのではないかとついていった」
ランボーが聞いてみれば柳田とドイルが教えてくれた。柳田は民俗学を調べている文豪であり、ドイルは霊に興味を持っている文豪だ。
四人掛けのダイニングテーブルに柳田とドイルが隣通しで座る。
「ぼろぼろの鳥居をくぐったら、神らしい謎の生き物と遭遇してな」
「慌てて写真を撮ろうとしたが失敗をして」
「撮ろうとする辺り、神経が」
「ドジソン君。証拠は必要だろう」
――なんの?
となってしまったが、キャロルはドイルに聞かないで置いた。聞いたら聞いたで、早口でまくしたてられるに違いないとキャロルの勘が行っていた。
ガスコンロがお湯を沸かしてくれる。キャロルはティーポットを温めてから人数分の茶葉を入れた。飲食室に置いてある紅茶は気まぐれに変わるが、スリランカティーの一種である
ルフナがあったのでそれを淹れることにした。大きめのティーポットに茶葉を入れてからお湯を注ぎ込む。電子タイマーをむらし時間に合わせてボタンを押した。
「神らしい謎の生き物ってどんなの」
「毛むくじゃらで鶏肉が好きと言っていたので朝に冷蔵庫からとってきたんだが、利用客が儀式の順番を教えてくれたので実行はしてみた」
「しないで」
「そう言うのってどうやって作っているんだろう……本で読んだことがあるけれども、満月の夜に瓶の中に水を入れて月明かりに照らしたものに自家製のミントを入れて祭壇に備えるとか」
「確かに謎だよね」
柳田とドイルは利用客に促されたらしいがどんな利用客だろうとはなるし、儀式の順番って何だろうとはなる。
実行して襲われたらしいがキャロルとしてはそんなものを実行しないでほしかった。実行したらしいがその場に居合わせなくてよかったとなる。
キャロルが分館で適当に読んだ本に儀式をしてみたらみたいなホラー物があったのだ。
「鳥居の形はメモをしておいたし、また行ってみようとは思う」
「確かに。アレは何だったのか」
「行かないで」
ランボーが止めていた。
どんなことがあったのかは不明ではあるが逃げてきたのは確かであるが、調べることをあきらめていないようである。タイマーが紅茶の蒸らし時間が終わったことを知らせた。
キャロルは並べたティーカップにティーポットと茶こしを使って均等に紅茶を入れていく。
「冷蔵庫にはガトーショコラもあったから」
「夕飯前に丁度いいな。食べ終わったら調べたことをまとめねば」
「ジンジャという場所は面白い」
「面白がらないほうが……」
紅茶を四人分淹れ終わるとランボーが運ぶのを手伝ってくれた。その間に出したワンホール分のガトーショコラをキャロルは包丁で四等分にして皿にのせてフォークを付ける。
夕飯前のアフターヌーンティを始めることにした。
【Fin】