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    過去(2019年)にワンドロライで書いた、同棲している大人新快の七夕のお話。

    笹の葉セレナーデ ちりちりん、と、窓際の風鈴が涼やかな音色を立てて、揺れる。
     梅雨も明け切らぬ夏。七月に入って少し経つが、ここのところ雨続きで気温があがることもなく。少し気が早いような気もしたが、きれいだから、と同居人が持ち込んでうきうきと風鈴を設置する様子を、家主の工藤新一はただただ黙って見守っていたのが数日前のこと。
    「ただいまー」
     玄関から通り抜けた風が風鈴を鳴らすのとほぼ同時、がさがさ音を立てながら同居人──もとい、恋人の黒羽快斗の声がきこえて、しばらくすると自分のいる居間へと姿を現した。
    「おかえり……って、なんだそりゃあ?」
     読書を中断して手元の本から顔をあげると、目の前に青々とした竹笹が迫る。その向こう側にある快斗の顔が、ニッと笑顔になり。
    「おみやげ。へへっ、雰囲気でるだろー?」
     今日七夕だし。と、鼻歌を奏でながら鮮やかな手さばきで飾り付けをしていった。笹の葉さらさら、そういえば、今日は七月七日だったか。
    「ってか、どこ行ってたんだ?」
     今朝、快斗はベッドから抜け出すとさっさと支度をして、仕事だと言って出て行った。マジシャンという職業柄、世間一般でいう休日に仕事をしていることは珍しくもないのだが、ちょっと気になって検索をしても、彼のステージ情報はどこにもなかったのである。
    「保育園。隣にある児童館と合同の夏祭りのイベントがあるから、手品を披露してくれないかって頼まれてさ」
     園長や館長と知り合いなのだと、快斗は言う。
     おそらく格安で引き受けたのだろうことは容易に想像できた。かつて世紀の大怪盗と謳われた、月下の奇術師・怪盗キッドは、あのころと変わらず、報酬よりも、披露する場を、相手を、何より大事にする。そういう男なのだ。
    「お礼にって、園児たちが作った飾りをいっぱいもらってさ」
     ほら、と、長方形に切り取られた、ひも付きの画用紙を手渡される。短冊。ねがいごとをかくもの。
    「いいって、オレはべつに……」
    「信じてねえの?」
    「そもそも、日本だけの風習だろ、七夕に願い事するのは。オメーだってそれくらい知──」
    「すとーっぷ。そこまでだぜ名探偵。オレにお前の蘊蓄を聞かせるのは無しな。ったく、ガキの頃はあーんなに可愛げがあったのによぉ」
     こちらの言葉を無理矢理中断させた、唇に添えられた指が離れていく。わざとらしくため息を吐いている芝居がかった仕草に、素とは少し違う昔のこいつを重ねてしまう。
    「……うそつけ」
     可愛げがあったなんて、思ってもいないくせに。むしろ、その逆だろう、逆。
    「ばれた?」
     いたずらっぽい笑顔で舌を出す。そのままキスしてやろうかとも思ったが、それだけでは済まない事態になりかねないのでやめておく。まだ日も暮れていないのだ。まずいだろう、さすがに。
    「っていうか、オレには願掛けなんて必要ねえの。願い事なんてのは、とっくに叶ってるんだからな」
    「へえ。どんな願いが叶ったんだ?」
     意外そうな顔をして、快斗が顔をのぞきこんでくる。願い事なんてないと言うとでも思っていたのだろうか。

    「…………怪盗キッドを、この手で捕まえる」
     
     相手を射抜くような視線で快斗を見ると、一瞬ぎょっとした顔をしてから半眼になって。
    「いつ名探偵がキッドを捕まえたってんだ。聞いたことないぜ、そんな話」
     と、あくまで第三者視点を貫くつもりなのか、不機嫌そうに否定した。怪盗キッドは逮捕されていない。まあ、それはおおむね事実だ。だが、
    「捕らえただろ」
     言いながら、すぐそばにいる快斗の手首を掴む。
    「オメーの心は、もうオレのもんなんだからよ」
     前言撤回。
     日没前だろうが関係ない。したいからする。そんな身勝手なことを考えて、快斗に唇を寄せる。
     逃げられるかとも思ったが、そのまま半開きの唇をとらえて、食むように口づけて、掴んだ腕を引けばこちらにもたれてきて。
    「なんだよ。やっぱりあるんじゃねーか、願い事」
     顔を真っ赤にした快斗が、ぼやくように呟く。
    「へー、なんて?」
     何を言わんとしているかはわかっている。にやつきそうになるのを抑えながらわざと訊けば、快斗は耳元で『新一のねがいごと』を囁いた。
     とてもじゃないが短冊になんて書けないそれはまさしく名答で。
     おほしさまじゃない。それをかなえられるのはお前だけなんだぜ、と返すほかなかった。
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