ボツになったばぢ家としんいちろおの修羅場話▼
わかめご飯、からあげ、冷食の焼きそば、それに小さいうずらの目玉焼きが乗ってて、隙間を埋めるレタスやトマトやウインナー、公園のベンチで弁当を開けた圭介は、ため息とも笑いともとれる吐息を漏らした。
気の強い母の、ご機嫌取りみたいな弁当。箸も使わないで冷めたからあげをひとつ齧って、また蓋を閉じた。
『途中で帰ってきていいから、少しくらい出席してきなさいよ』
今朝言われたのを思い出して、圭介は傷んだ金色の毛先を弄りながらイライラするままに地面を蹴った。跳ねた小石がサンダルの中に入って余計に苛立ちが増すばかりだった。
「あっちぃ」
自販機の前に歩くまでにも、出しきれなかった小石が足の裏にチクチク刺さって、飲みたかったやつに10円足らなくって、やってらんねーと自販機の下にしゃがみ込みながら惰性で選んだジュースを流し込んだ。
「真一郎くんとこ行こ」
視線をやった地面に缶を少しだけ傾けた。甘い炭酸飲料の水たまりで蟻が何匹も溺れている。隊列が乱れた行列はバラバラになって、圭介はふ、と鼻で笑いながら水たまりを踏みつけて踵を返した。
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「これでよし。綺麗になったな〜万次郎」
「すんません、面倒見させちまってて」
万次郎のシャンプーの香りのする金髪を撫でる涼子に、真一郎は濃いクマの出来た目を擦りながら仮眠明けでまだぼんやりした口調でそう頭を下げる。
「だってアンタ今にもぶっ倒れんじゃないかって顔してたんだもん。男前が台無し。ほら、万次郎可愛いだろ、髪切ってあげたからさっぱりしてさ」
「ほんとだ、よかったなぁ万次郎!涼子さんにカッコよくしてもらえて」
少し短くなった髪をわしわし掻き回されて万次郎の頭は無抵抗にぐらぐら揺れる。曲がったまま固まった小さい手を握りながらなにも映さない瞳と目を合わせて笑う真一郎の笑顔は穏やかで、それでも作り物みたいな台詞じみた言葉が切なかった。
「いつも圭介の子守りまでさせちゃってるからそのお礼。あんま迷惑かけるなって言ってるんだけどね、聞かねぇの。アタシもガキの頃反抗期って激しくて、酒も煙草も夜遊びもなんでもありの好き放題だったけどさ……あの子にはあんまり、アタシみたいになって欲しくないの。親になると変わっちゃうもんだね」
「ハハ、俺もずっとフラフラしてた元ボーソーゾクだからとやかく言える立場じゃーねぇすけどね。また元気になって、卒業式くらいは万次郎とバジと、ハルチヨなんかも並んで写真撮れたらいいよなあ」
中学の近くの桜だってきっと満開で、綺麗だろうなあ。なんて望みのない希望は、どこか、空中にシャボン玉が弾けるように響いて、涼子は「そうね」と目を伏せながら笑った。
「涼子さん」
「うん?」
「俺が信じてやらないといけないんです。万次郎が、今、俺の生きてる理由で、万次郎だけが、俺の全部で、万次郎を救えるなら俺は」
迷子みたいだと思った。アタシに似てる、と。涼子は、万次郎の痩せた身体に縋り付くように抱きつく真一郎の背中に、同じようにぴたりと抱きついた。
宇宙に放り出されたようだった。
冷たい宇宙でいつ酸素が尽きるのか気が気でなくて、藻掻くための空気も存在しない空間でただ無抵抗に漂うしかない。無限に広がる無の中で、死を待つのみの時間。遠くに見える星の煌めきに現実逃避している。
まだなにも知らないで機能をやめた小さい身体は大人2人に圧迫されてびく、と反射的に手を跳ねさせた。
「あ、そうだ。弁当持ってきたんだけどさ、食べられる?」
背中越しの表情はわからない。笑ったような吐息、また恐怖から目を逸らそうよと誘いかけるような涼子の問いかけに真一郎はこくんと頷いた。
「マジすか、嬉しいです」
「万次郎のもあるよ」
バッグから弁当の容器を取り出した涼子は、万次郎の分という容器を開けて見せ、トロトロした粥状の食事を持って万次郎のそばに近寄る。
「すげー、オムライスじゃん!万次郎よかったなあ!」
俺のも美味そう、と真一郎も先程のように笑って万次郎の隣で弁当を広げる。
「美味いかどーかはわかんねぇからわがままゆーなよ万次郎〜」
先の柔らかくなったスプーンを口に入れると、かちん、と万次郎の歯がぶつかって、舌に乗せられたオムライスをこくんと飲み込む。
「お、万次郎上手に食えてる。流石涼子さん!レトルトのやつたまに口に合わなくて、そういうとき絶対飲み込まねぇんすよ」
「そっちのは?美味い?」
「美味いっす。母親の弁当なんて、 いつぶりかわかんねーから、ちくわキューリとか懐かしいなって!」
かわいい、と思った。次々中身を口に詰め込んでいく真一郎を見て、いつも息子の手をつけなかった弁当をカップ焼きそばの空容器の上に捨ててばかりだったのが報われたみたいな気がした。
「なにが好き?また作ってきてあげよーか。ゴミだってカップ麺のカラばっかだし、あんまちゃんと食ってないんでしょ」
「好きなの……そーだなぁ、弁当つったらなにが入ってんだろ。卵焼きとか?さっきのからあげも美味かったし……」
「生姜焼きとか好き?アタシの結構美味いよ」
生姜丸ごと買ってさ、と続けかけたところで、真一郎が自らの背後に視線を向けていることに気づいた。
「また学校フケたんかよ」
振り返って、圭介と目の合った涼子は思わず固まってしまう。息子が親に向ける顔じゃねぇだろ、なんて内心思って、なにも言えないで目を伏せた。
「なんで居んだよ」
「……」
赤い瞳で室内を見渡して、圭介は机の上に置かれた弁当を捉える。
「こんなもん作って、学校学校って言い出したと思ったら真一郎くんに色目使うためか?」
「は、ハァ!?色目、って、そんなんじゃなくてアタシはッ」
「うるせぇ!!!ふざッッけんな気持ち悪ィんだよ!!!」
激しい罵声と共に、圭介は怒りに任せて涼子に持たされた弁当を投げつけた。派手な音を立てて床に弁当の中身が散らばる。目の辺りにぶつかって、よろけた涼子を抱き止める真一郎を見ると、この世界に1人きりなんじゃないだろうかと強い恐怖が一気に込み上げてくる。
「場地!」
背中が冷たくなるような恐怖感のなかでは、真一郎の声すら追い討ちで、圭介は、ひ、と小さく喉を鳴らしながら口を噤んだ。
もう何も浮かばないから書けまてん😭