選定理由 作業がひと段落ついたところで塩野は大きく伸びをした。更に手の指を組んで腕をぐっと上に伸ばすと、無意識に丸めていた肩と背中の筋肉も一緒に伸ばされていく。全身に血が巡っていく心地よさにあくびが出て、ふぁぁぁと声を上げながら体を反らした。降ろした右手で首筋に触れる。傷口に貼られたガーゼのせいで、つい首をさする癖がついてしまった。
一休みしましょうと言うコンサルの声に振り向こうとしたその時、目の前のモニタからピコンというメッセージ着信音。モニタに映る猫の目。猫からの通知。
「猫から?何だろ。こないだ見たオリジナルについてかな?」
「…………」
コンサルが読み上げようとしないので塩野はメッセージに目を向けた。
「おめでとうございます、nn266a92。あなたの申請は受理されました。つきましては……え、何これ!?コンサルいつの間に何申請してんの!?」
残兵討伐用デコイを製作するのは塩野を含めた技術者だ。とは言えデコイの運用権限を持つのは猫なので、コンサルが入るよりも猫による制御の可能性が高いと思っていた。
ところがどうだ。猫いわく塩野のコンサルは本人が希望したのもあり、条件を満たすのでデコイに入ることを許可すると言う。いったい何と言って希望したのか条件は何だったのか聞きたいところだが、当のコンサルは答えそうにない。
「……本当に危機を理解していない、やる気のない他のコンサルに任せる気なんてさらさらありませんので」
いつもの丸と三角のシンプルな表情に似つかわしくない苦々しい声。物理ボディに入っていたならきっとすごい顔をしていただろう。
「まーだ怒ってんの?たいした傷じゃなかったのに」
ほら、とガーゼをめくろうとすると素早く現れた物理ハンドが塩野の手首をがっしりと掴む。
「傷の大小が問題なのではありません」
「だよなー」
手首はすぐ離してもらえたけれど、コンサルの怒りはあの日からずっと燻っている。少し発散させようとこんな調子で軽口を叩くと予想以上に燃え上がる。消えそうにないその怒りが残兵討伐に活かされるなら、デコイに入ってもらうのは悪い話ではないのかもしれない。
けどなぁ、と塩野は溜息をついた。
いくら戦闘力を付与されるとはいえ、デコイは残兵を誘き寄せるための囮なのだ。狙われやすいというのに、討伐に集中するあまり深追いしかねないのはいかがなものか。
猫に一応相談しておくか……と塩野が顎に手をやり考えていると、その沈黙を不満と受け取ったのか、コンサルは表情パネルの角度を90度くるりと壁の方に向けた。人で言うなら拗ねてそっぽを向くような動き。
「だいたい塩野がメインで作る物理ボディなら、私が誰よりも一番うまく扱えるはずでしょう?」
予想外の言葉に一瞬丸まった塩野の目は、徐々に笑みの形に細まっていく。緩む口元から笑い声が漏れた。
「……うん、そうだな!」
俺のコンサルだもんな、笑いながらそう呟くと表情パネルが誇らしげな笑みを浮かべたように見えた。