嫁にベタ惚れなrktと猫の日「利吉ー見て見て! 猫ちゃん!」
――休日の昼下がり、珍しく家で脱力していたら、庭の方から妻の鈴を転がすような音で私を呼ぶ声が聞こえた。
呼ばれて行かない訳が無い。ダラりとしていた体は反射的にしゃきっとして、直ぐにその声のする方へ向かった。
「……珍しい。どこからやってきたんだ、おまえ」
🌸は嬉々とした表情で何処からか摘んできた猫じゃらしをふよふよとさせながら、家に迷い込んできた猫をじゃらしていた。……夫である私を放置して何処の馬の骨とも知らぬ野良猫にそんなに愛嬌をふりまくとは……。
無意識に目の前の野良猫に敵対心を持ちながらも、通じない人語で猫に話しかけてやりながら、楽しそうにじゃれている妻が可愛すぎてついそちらに見惚れてしまった。
「かわいいねこちゃんだねぇ~~いつもは何処に住んでるのかにゃ??」
すっかり猫と対等に話そうとする彼女に応えるように、みゃおんと甘えた声を上げてしっぽをご機嫌といわんばかりにぴんと立てて擦り寄る猫を「わー! 可愛いにゃんにゃんだねぇ~!」とか言いながらひょいと抱き上げた。
暴れるどころか警戒心がないのかなんだか知らないが、にゃんにゃんと普段は聞けない語尾を付けながら話しかけられて、その上妻のふわりとした柔肌に抱きかかえられるこの野良猫が羨ましくて仕方ない。大人気がないだろうか。だが猫への羨望とイライラが同じくらい込み上げてくる。
「わは~っ! かわいい~~! 大人しくして良いにゃんこだねぇ~……ね、利吉もにゃんにゃんなでなでしてみる??」
ほら。と抱きかかえた猫を彼女が身体ごと寄せて近付けてくるので、気に食わない猫だが控え目にそろりと眉間をひと撫でしてやった。ご機嫌なのか目を細めて居る。確かに猫は可愛い。だがやはり気に食わん奴だ。そりゃこんな可愛い可愛い私の妻にそう甘やかされたらご機嫌で当然だろうなコイツ……!!
「……え。それだけでいいの?! いい子だから全然噛んだりしないよ? ……ほらほら~ゴロゴロ~~」
ひと撫でしてまた眺める私にそう言うと、「可愛いでちゅね~」と彼女に喉を撫で回された猫はぐっと顔を上にあげて撫でられやすい姿勢をとりながらク゛ルルと更に機嫌のよさそうに喉を鳴らしっぱなしだ。
――…だァ――ッッ!! 我慢していたがいよいよイライラしてきたッ!! 猫と言えどこの私の目の前で見せつけてくるとはいい度胸じゃないか。
「……🌸、貸してみろ」
「え?」
撫でることに夢中になっていた妻からひょいと猫じゃらしを奪い取った。絶妙な塩梅でふわりと猫の前でそれを揺らしてやれば、猫は急に私の振るじゃらしをじっと見つめた。暫くそうしてからタイミングを見計らってぽいと遠くへじゃらしごと投げてやれば、バッ! と勢いよく彼女の腕の中から飛び出て行った。
「あっ! 猫ちゃんっ!!」
「上手いでしょう?」
「そ、そうだけどっ……! もうちょっとなでなでしたかった……!」
「……」
「……え? どしたの利吉」
残念そうに猫が駆けて行った方に目をやる妻に、ずいと頭を傾げて距離を詰めた。
「……私のことは甘やかしてくれないのか?」
「へ?」
「…………」
「……ふ、うふふっ……!! 利吉、もしかして、、猫ちゃんに妬いてたの??」
「ぅ、うるさいッッ!! 妬いてなんか無い!!」
「嘘。ふふっ……だって今、すごくヤキモチやいてる時の顔してるもん」
「……なッ!!」
抗議しようとしたが即刻ズバリと言い当てられて僅かに動揺していると、ぽんぽんと傾げた頭を彼女の小さな手が撫でた。――ッ、、!! 可愛い可愛い可愛い!! ていうか、嬉しすぎる!! ……あの猫め、こんな気持ちを味わっていたとは……許せん。
「大きなにゃんこだねぇ~いつもは格好いい猫ちゃんだけど甘えたくなっちゃったのかにゃ?? ……あ。違う違う。……かな??」
「違わない。続けて」
「えぇっ?! やだよ! 恥ずかしいって……!!」
うっかり猫に話す口調でそう言いながら撫で続けてくれる🌸に間髪入れずにリクエストした。「もうっ!」とか言いながらも撫でる手を止めない妻は愛おしい。
「……なぁ、私も……」
「? どうしたの??」
「私もやっぱり猫を可愛がりたくなってきた」
「えぇ? でも、もう何処か行っちゃったよ? 猫ちゃん…………ぅわっ!?」
意図を理解していない彼女から頭を垂れるのをやめて、サッと抱き上げれば、驚く声が聞こえてきた。
「今、貴女に甘やかしていただいたので、私も可愛がろうと思って」
「は、はぁ!?」
「……先程見ていたでしょう? 猫を戯らすのは意外に上手なんだ、私は。……🌸とも沢山戯れ合いたいなと」
そこまで言ってやればやっと意図を理解したのか、妻は一気に顔を朱に染めた。
「お、下ろしてっ?!」
「嫌だ。🌸は大人しくて良いにゃんこじゃないのか?」
「私は猫じゃないよっ?!」
「可愛いから同じようなものだ」
「なっ……!? ちょっっ!! 利吉……!!」
「沢山可愛がってじゃらしてあげるから、そう暴れないで大人しく私によしよしされようか」
「なっ……!?!!」
「あぁ、そうそう。🌸は今から可愛い猫だから。……沢山ニャンニャン鳴くように」
小さく震える彼女の桜色の唇へ同じそれを落として、「ね?」と、声を掛けると、僅かに弛緩する身体に思わず頬が緩む。これが私に身体をゆるすときの🌸の合図であることを妻は知っているのだろうか。敢えて黙っておこう。
――猫を可愛がるのもたまには悪くないな。
fin.