たたないっ!2「ねーねー硝子ーどう思うー? 俺なんかしたかって感じなんだけど……」
家入の机の前に勝手に椅子を持ってきて、向かい側に座って頬杖をつく五条に、家入は冷めた目線を向けた。自分を除いた二人の同級生がそういう仲であることも、くっつくまでにあらゆる方面に迷惑をかけまくったことも、身をもって知っている。しかも、どうせ放っておいてもすぐに元鞘に収まるのだ。わざわざ首を突っ込んで火傷を負うほど、家入はお節介でもお人好しでもない。
「失せろクズ」
「ひどい!」
泣き真似をしながら机に突っ伏す五条にも、家入は動じない。誰もが見惚れる極上の美貌も、五条自身をよく知る家入にはまったく効かなかった。柔らかな白髪の上にタバコの箱を積み上げていく家入はしかし、いつもなら「いたずらすんな!」と起き上がる五条の反応がないことに気づいて手を止める。
「……」
机から顔をあげないまま、五条はピクリとも動かない。まるで自分の表情を隠すように。
(……一人で抱え込まない分、成長はしたか)
そう、家入は心の中でつぶやく。入学当初の五条であれば、何か悩みがあったところでこうして他人のもとを訪れるなんて選択肢は取らなかった。そもそも、誰かのことでこれほど悩むこと自体なかっただろう。誰も必要とせず、誰にも感情を傾けない。そんな彼が変わった原因は、ここにはいないもう一人の同級生のせいだ。
本来であれば変えた責任を取れ、とつきだしてやりたいところだが、それはさすがの家入も忍びなかった。
「タバコ、ワンカートン」
「……! おう!」
途端に顔をあげてぱあっと笑顔を浮かべる五条に、こういうところに夏油は絆されたんだろうなと家入はそっと哀れんだ。
「きつく言い過ぎたかな……」
口から吐き出した煙が、細く細く、上へのぼっていく。それをぼんやりと見つめながら、夏油はため息を吐いた。
『お前とセックスする女のリストだけど』
そう言われた瞬間、頭の中が凍った。そして、何を言われたか咀嚼した瞬間かっと燃え上がった。入り口付近にいた五条のもとへ、書類を持って近づき、それを投げつけた。夏油に対しては常に無下限を切っていた五条は、紙をもろにくらう。
『った、なにすん』
『出てけ』
つりあがった眼が、驚きに丸く見開かれていく。夏油は怒りに震えながらもう一度告げた。
『出ていけ。顔も見たくない』
あのときは、完全に頭に血がのぼっていた。「出ていけ」はともかく「顔も見たくない」は言いすぎた。そう思っているのにこうして夏油が喫煙所(と夏油と家入が言っているだけでただの校舎裏である)から動けないのは、夏油自身先ほどの出来事の怒りが収まりきれていないからだった。
夏油は、五条を唯一の相手だと思っている。あのわがままで生意気なお坊ちゃんを、いつからそういう目で見ていたのか自分でもわからないが、彼の隣が世界のどこよりも居心地がよかった。だから、彼のすべてを手に入れたいと思ったし、自分のすべてを分け与えたいと思った。
そういうことに疎い五条を相手に、根気よく恋人同士という関係までもっていき、付き合い始めてからもそれはそれは心を砕いてきたつもりだ。
その結果が、これか。自分以外の誰かとまぐわっても、五条は何とも思わないのか。こんな真似をされても夏油は起こらないと思ったのか。本気なのだとしたら許せないし、冗談だとしても質が悪すぎる。今の心理状態のまま会ったとしても、冷静に会話できる自信がなかった。
深いため息とともに、一際白い煙が立ちのぼる。短くなってしまったタバコを灰皿にこすりつけ、もう一本口にくわえた。火をつけて、そして
「よお、インポ」
突如かけられた声に、思いっきり噎せた。