ERくにちょぎ5話後日談ここ数日、篭手切に避けられてる気がする。
「俺、何かしちまったか?」
救急車内の備品を確認しながら豊前は首を傾げた。篭手切は訓練中でここにはいない。
「訓練くらい、参加させてくれねーのかな……」
職場復帰したのはいいもののあまり体に負担をかけないように松井からは言われている。
「お疲れ、豊前」
救急車の中を覗き込みながら桑名が声をかけてきた。
「桑か。訓練、お疲れさん。出動要請でも入ったのか?」
「違うよぉ。今日、外来行く日だったでしょう?」
「もうそんな時間なのか。篭手切呼んで――」
「今日は僕が付き添うように篭手切から言われたから呼ばなくても大丈夫だよ」
「そーなのか? 何でまた……」
「……さあ。それは僕にもわからないよ」
含みのある様子を桑名は見せていたが豊前は気づかない。
「だよな。身に覚えねーんだけど無意識のうちにあいつの気に障ることしたかな……」
豊前は考える素振りを見せる。
「行くよ豊前。早くしないと遅れちゃうよ」
「お、おう。わかった」
すっきりしない気持ちのまま豊前は救急車を降りた。
「……血液検査の結果も悪くないし、免疫抑制剤の量を少し減らそうか。体調も前回の外来と大きく変わらないようだし良かったよ。他に何か気になる症状はあるかい?」
「気になること……」
診察室の椅子に座って豊前は考える素振りを見せた。
「些細なことでもいい。教えてくれるかい?」
真剣な様子で松井は豊前が言葉を発するのを待つ。
「気になること……つったら篭手切に避けられてることか……」
「え?」
思いもよらない答えに松井の顔が固まった。
「最近、あいつに避けられてんだ。挨拶はしてくれるんだけど話しかけようとしたらどこか行っちまったり……距離を置かれているような気がする」
「……豊前。僕が聞きたいのは君の体調についてなんだけど……」
「ああ。それなら特にないぜ」
平然と豊前は答えた。
「それならいいんだけど……」
松井は明らかに困惑した様子だった。
「……じゃあ、次は3週間後かな。曜日と時間は今日と同じでいいかい?」
「ああ。それで頼む」
「わかった。お大事にね、豊前」
「ありがとな、松」
豊前は椅子から立ち上がった。
「……あ。そうだ豊前。君が気にしてる篭手切のことだけど……心配はしなくていいと思うよ。別に君を嫌ってる訳じゃないだろうから」
「何でわかるんだ?」
「そんな気がするだけだよ。気になるなら本人に訊いてみたらいい」
「まあ、松がそう言うなら……やってみっか」
桑名に連れられて豊前は診察室を出て行った。
会計を済ませて薬を貰ってから豊前が職場に戻った頃にはもう夕方になっていた。
「篭手切、いねーな……。出動要請は出てないみたいだし……どこ行ったんだ?」
豊前は事務室で篭手切の姿を探すも見つからない。
「体調不良で早退したみたいだよ。さっき僕に連絡が来た」
桑名はスマホの画面を豊前に見せた。篭手切からのメッセージが表示されている。
「そうなのか? あいつ一人暮らしだし今まで皆勤だったから心配になるな……。様子見に行ってやっか。俺はそろそろ退勤する時間だし」
フルタイムで働く許可はまだ松井からもらっていないから今は時短で働いている。
「豊前、それは――」
「じゃあ、お疲れさん、桑」
豊前は事務室を出て行った。
「行っちゃった。篭手切、風邪気味だから豊前を避けてたのに……大丈夫かな」
病み上がりの割に動きが素早い。豊前の姿はもうなかった。
「まあ、行ってしまったものは仕方ないよね……」
追いかけるのを諦めた桑名は事務室の椅子に腰を下ろした。
数日前から風邪のような症状があったから万一に備えて薬と食料は確保しておいて正解だった。
「熱……上がってきたな」
体が熱い。勤務が終わるまで耐えられるとは思えなかったからやむなく早退した判断は正しかったかもしれないし何より豊前の付き添いをしなくていいことに篭手切は安心していた。早く治そうとベッドに横たわりながら目を閉じているとチャイムが鳴った。
「誰だろう? 荷物が届く予定はないし……」
上着を羽織って眼鏡をかけてから篭手切は玄関へ向かった。ドアを開けると豊前の姿があった。
「りいだあ?」
「篭手切、でーじょーぶか? 連絡しても返事ないから何が欲しいのかわからず色々買って来たんだが――」
「す、すみません!」
慌てて篭手切はドアを閉めた。
「篭手切? 何で閉めんだ?」
どんどん、と豊前がドアを叩く。
「そ、それは――」
「俺、お前に何かしちまったか?」
不安そうな豊前の声が聞こえた。
「え?」
「お前、俺を避けちょるやろう?」
「そ、そんなつもりは――」
「何か気に障ることをしたなら謝るけん、開けてくれん?」
「……すみません。それは、駄目です」
ドア越しに篭手切の声と咳の音が聞こえた。
「……じゃあ、何で避けるのかだけ、教えてくれねーか?」
「……貴方に風邪を移してはいけないと思ったからです」
喉が痛み、声を発するのも億劫になるが篭手切は口を開いた。
「数日前から喉が痛くて。風邪の引き始めだと思ったのでりいだあと極力関わらないようにしていました」
「そういうことだったのか。そんな気を遣わなくても――」
「いいえ。それでは駄目なんです。だってりいだあ、寛解を維持していても免疫力は落ちたままなんですから。風邪を引くと命に関わることだってあるじゃないですか。私は、それが嫌だったんです」
「……」
豊前は黙って後輩の言葉を聞いている。
「避けているように見えちゃったのは謝ります、すみません。お仕事の帰りに寄ってくださったんですよね? 今日は寒いですし外来もあったみたいですし疲れが出ないように早く帰って――」
言いかけたところで玄関のドアが開き、豊前が入って来た。
「な、何で入って来たんですか!?」
距離を取ろうと篭手切は後ずさりしようとするも体が重くて動けない。篭手切は豊前に向かって倒れこんだ。
「熱、かなり高いんじゃねーのか? お前の体、すげー熱い」
「……あの。離してください。私は大丈夫ですから」
「そんな訳ねーだろ。こんな高い熱が出ているなら体は相当辛いはずだ」
篭手切を支えながら豊前は一緒にベッドへ向かい、後輩を寝かせた。
「飯は食ったのか?」
「ええ。もう食べました。薬も飲んでます」
「そうか。じゃあ、後は寝るだけだな」
「……豊前さん」
「何だ?」
「どうして、ここに来たんですか?」
「お前が心配だったからだよ。一人暮らしだし、体調崩すことなんて滅多にねーだろうし。それに、篭手切には借りが沢山あるからな。一生かかっても返しきれないくらいの」
豊前は篭手切の額に手を当てた。
「返さなくてもいいですよ。私は、出来る最善をしただけですから」
「それでも、借りっぱなしじゃ俺の気がすまねえ。まずは1つ、ここで借りを返させてくれねーか? 風邪引かないよう対策は万全にするから」
「……わかりました」
断り切れず篭手切は了承の返事をした。
「ありがとな」
豊前は微笑んだ。