滝夜叉丸の心臓になれたら滝夜叉丸が目を覚ましたのは保健室だった。
「私は……」
「……」
ベッドサイドには砂で汚れた体操服姿の喜八郎が黙って座っている。
「……喜八郎。私は――」
「……アホ夜叉丸」
それだけ言ってから喜八郎は滝夜叉丸の額を指で弾いた。
「何をするアホ八郎!?」
額を押さえながら滝夜叉丸は飛び起きた。
「アホは滝夜叉丸だろ? 見学って言われてた体育の授業に勝手に参加して倒れたアホ夜叉丸」
「そんなにアホアホと連呼するんじゃない! 私は五教科の成績は学年で一番、実技科目の成績も学年で一番のスーパースター、平滝夜叉丸だぞ!?」
「でも、保健体育は座学でカバーしてるよね。全力を出せないから」
「それは仕方ないだろう? 不本意だが運動は制限されているから。……しかし、残り短い命だ。死ぬ前に体育の授業で美しい私の姿を披露するのもいいと思わないか?」
「……滝夜叉丸って本当にアホ」
喜八郎は滝夜叉丸の胸に寄りかかった。滝夜叉丸はベッドに倒れこむ。
「何をするアホ八郎!? 重いではないか!!」
「それだけ話す元気があるなら心配して損――」
言いかけて喜八郎は口ごもった。
「喜八郎? 何か言ったか?」
「……何も」
話しただけで滝夜叉丸の息は上がっていることに喜八郎は気がつく。話す元気も本当はもうないのかもしれない。
「……それはそうと喜八郎。いつまで私の胸に頭を乗せている? 重いのだが」
「……」
喜八郎は何も言わない。滝夜叉丸の胸元に耳を当てて動かない。
「……滝夜叉丸の心臓になれたらいいのに」
困惑する同級生には目もくれずに滝夜叉丸の心音を聞きながら喜八郎は小声で呟いた。