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    nogoodu_u

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    命ふたつ(さみくも)
    さみ→くも所感。花見ボイスの話です

    #さみくも
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     晩春の雨は細かく、霧に近い。村雲は今日も、腹痛を訴えてしくしく泣いている。
    「雲さん、大丈夫ですか」
    「うん」
     五月雨の膝に突っ伏す背を撫でていた手を髪に通すと、心地良さげに息を吐く。無理をしているわけではないようだ。
     開け放った窓の外に、もうほとんど散りかけの桜が見えた。わずかに残った花も雨に落とされつつあり、それが彼の顔色の青白さと重なる。
     
     本丸で花見の宴が開かれた時のことだ。誰かが顕現して間もない村雲の髪を指して、桜の色だと言った。それを聞いて五月雨は、逆ではないかと思ったのだった。
     五月雨は人の身を得てからは冬しか知らず、春が来るよりも先に村雲を迎えた。だから五月雨にとっては、村雲が桜の色なのではなくて、桜が村雲の色なのだ。そのことを自覚して以来、桜を見るとなんとなく、村雲を思い出してしまう。 
     
     五月雨は俳家で、忍びで、犬であるから、神も仏もなくただ生きている。それでも村雲江という刀を見ていると、生とは苦しみであることを強く意識する。
     以前もこんなふうに村雲を介抱してやりながら、五月雨は苦しむ村雲を見かねて思わず、どうしてこんなところに来たのかと訊いたことがある。顕現したときから、姿こそ対のようであったけれども、のびのびと人の身を謳歌する五月雨に引き換え、村雲は食べるのも、吠えるのも、戦うのも、そのために生まれてきたとは思えないほどおぼつかなかった。そんな風にかたちづくられるしかない来歴を持ちながら生まれてきた彼のことが、五月雨はずっと不憫で、不思議だった。
     
    「そんなの、雨さんがいるからに決まってるだろ」
     俺は、雨さんに会いに来たんだ。村雲は項垂れたまま、それでも揺るぎない声で答えた。そうして顔を上げ、ありがとう雨さん、雨さんと居ると癒される、と力なく笑うのだった。
     主が変わり、価値が変わり、価値観さえ変わってしまっても、変わらぬ名前をよすがに会いに来たという。癒されるために、傷つくことを選びとる。己の尻尾を追ってぐるぐると回る犬のように愚かしい、五月雨のたったひとりの同胞。
     村雲は愛着をむき出しにするところのある刀だ。そのせいで、他より傷つきやすくもあるのだろう。五月雨はそんな彼の感性を、犬たるにふさわしい義理堅さとして愛おしんでいる。
     近しい刀は他にも居たのに、心からおなじ生きものだと思えるのは村雲以外にいなかった。おなじものを食べ、おなじ言葉で語らい、おなじ景色を見る同胞の存在は、それまで冬の身を切る冷たさと静けさばかりを愛でていた五月雨には目映いほどにあざやかで、あたたかかった。
     一匹が二匹になる温度は春の訪れと混ざり合い、境界を曖昧にした。季節の循環は目紛しい。ほんの少し前まで、満開の枝ぶりを眺めては次々に湧いて出る句をしたためていた気がするのに。枝に咲き誇る花よりも、風に散っていく花弁を目で追うようになったのは、花びらで埋まっていく足元ばかりを見るようになったのは、いつからだったか。本来ならばその移ろいもまた、五月雨の愛するところであるのに、春の終わりを感じとるごとに言いようもなく胸がざわつくのは、どうしてなのか。
     
    「……桜、もう散っちゃうね」
     少し落ち着いたのか、そのまま身を起こした村雲が、窓の外を見て呟いた。
    「ええ。早いものです」
     六義園に行きたいな。続く声音が晴れやかで、五月雨は思わず目を丸くした。過去を悼んでは、こうして痛がるばかりなのに。
    「雨さんも一緒に行こうよ。あそこはいつでも綺麗だから。桜が散っても次は躑躅が咲くんだ。雨さんもきっと気にいるよ」
     桜を恋しがっているのではないのだと言おうとして、五月雨はようやく、理解した。
     ここに集うあまたの刀をも季語と評する五月雨だけども、村雲のことだけは、本当は季語を愛でるようになど愛したくはないのだと思う。過ぎ去る季節と同じく、わずかの感傷とともに手放すなど、できはしないだろう。何度でもめぐる季節を隣にあって、ともに迎えて欲しい。
     恋とは忍べぬものらしい。数多の歌人が詠み残し、五月雨はそれを知っていたはずなのに。村雲の手を取る。少し冷たくて、指を絡めるとじわりと熱が移っていくのが心地良かった。
     
     犬は、雲を乞うて吠える。雲はやがて雨を呼ぶだろう。五月雨の季節が、すぐそこまで来ていた。
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