jujuno_yu☆quiet followMAIKING灰七(不成立)前提の五→七になる予定のものこっからが長くなると思われる…😔 ご飯が食べられなくなった七のお話灰原が死んだ。たった一人の級友、同期だった。一人で道を歩いている時はなんの感慨もなかったのに、隣に灰原がいると一人では気づくことのなかった発見をもたらしてくれていた。 雲の形、どこまでも続く青天井、太陽の陽気。コンビニで買うよりも格安な価格設定の自動販売機を見つけて、お宝発見!とばかりに大袈裟なくらい喜んだ灰原が買ってみると、選んだ飲み物とは別の品物が出てきて二人で笑ったこと。渡った横断歩道では通りゃんせが流れていることに、言われて初めて気づいた。音響信号機の使用曲として減ってきていることを言えば、物知りだねときらきらした瞳を向けて心底感心した後でそのメロディを口ずさみ始める。続きの歌詞が思い出せず、私自身も日本の童謡に芳しくないため結局最後まで歌われることはなかったけれど、それでも穏やかに歌う君がいた。 昨日までは咲いていなかった道端の花にすぐ気がつく君。いつも見かけて遠巻きに見ることしか出来なかった白猫が、好奇心旺盛な灰原が近寄って触れてみると実は人懐っこかったことなど。目に見える世界を自分のプラスの方向に考えては楽しそうにしている彼の横顔が、なによりも眩しかったのを覚えている。誰も彼も悪い面を持っているけれど、良い面だけを掬いあげては尊敬している、そんな生き方が素敵だと思った。例えそれが、術師としてもっと人を疑うべきだと先輩に言われていても。彼が視る世界は輝いているようで、その鮮やかな色彩をずっと隣で見ていられたらなんて、そう思っていた。灰原が死んで、それこそ世界が灰色に変わった。その言葉さえ、彼の存在を感じさせられて嫌だった。────親友であり、相棒だった男だ。灰原のためなら頑張れたんだ。早朝からの任務でなかなか起きられない時、夜遅くまで寝ぼけ眼を擦って報告書を仕上げている時も、彼の『一緒に頑張ろう』という激励の言葉に何度も救われてきた。あの言葉が私を支えてくれていた。幾度となく傷を負っても、ボロボロになっても立ち上がれたのは、それでもなんとかやって来れたから。 だからあの時も『一緒に頑張ろう』って言葉があったから、きっとなんとかなるって思えたんだ。一緒に帰れるって。当たり前のように先輩方にお土産を買って帰って、皆でそれをつつきあって。話して、笑って、そんな日常に帰れるって思った。……とんだ思い違いだった。なぁ、灰原。こんなクソみたいな世界にいても、君のためなら頑張れたんだ。私はこれから、なんのために頑張ったらいい?二人きりだった教室が嫌に広く感じて、それなのに、息が詰まるようで。忘れ物をするのは嫌だからともう入れる隙間もないくらい教科書やレジュメがぎちぎちに詰め込まれていた隣の机は、その中身だけが引き取られて空っぽのまま鎮座されている。敢えて弔いの意を込めた花瓶なんぞ置かれることはなかったが、まるで彼の存在すらもなかったかのような扱いを感じてしまって嫌だった。彼は確かにここにいて、共に食事を摂っては談笑して笑いあった。授業中に隣の席でふとした瞬間に下手くそな落書きの描かれたあの教科書だって、もうない。過ごした日々の思い出が頭を掠めて、胸が苦しくなる。だから、昼食もわざわざ自室に戻って食べるようになった。そこには単に人目を避けたかったという気持ちもあった。一人で過ごす世界はあまりにも静かだった。つくづく、自分の中の彼の存在の大きさを物語っていた。喉を通るもの、その全てが味気のないものになった。食指が伸びず、好きだったパンは食べられなくなった。寮母が気を利かせて学食で提供されたものを弁当に詰めて差し入れてくれたが、ご飯を見ると吐くようになってしまってそのままゴミ箱へ捨てた。そうして私は代わりに、カロリーバーと封が開いたままで机に散らばっていたいくつかのサプリメントを適当に取って辛うじて飲み下す。──なんのために?生命維持のために。生き長らえるために。──彼の犠牲の上で生き延びたくせに?「………………ぉ、え…っ」結局その日は、全て吐き戻した。君が死んでから。口からは全て出てしまうのに、何故か涙だけは未だに出ない。とんだ薄情者だ。『放っておいたら死ぬよ、アイツ』二人きりになった教室で、久しぶりに顔を合わせるなりそう言い放たれた。誰のことを指しているのかなんて、言われずとも察している。『何とかしてよ、硝子』『私で何とかなるんだったらやってるっつの』どいつもこいつも馬鹿だから、私の言葉じゃ何にも届きやしないんだと。硝子は煙草の煙を吐き出す。それは長い長い溜め息のようにも思えた。纏う無下限は有害なヤニの臭いも弾く。だから煙たいと咎めたことはないし、学び舎で堂々と煙草を吸うことに対して倫理観を説くのはいつも決まって、もうここにはいない誰かさんだった。叱りに来いよ。お前の仕事だろ、なんて。散々疎ましく思っていたその説教が、今更に恋しい。「………くそ…」灰原が死んでから七海のやつ、らしくもなく塞ぎ込んでるんだってさ。お前、俺よりちゃんと先輩してただろうが。後輩のアフターケアなんて分かんねえよ。どうにかしろよ。重だるい体は腰をかけて休息することを求めていたが、座ったら座ったでそのまま事切れそうな気がして仕方なしに立ったままで手元の清涼飲料水を飲み下す。「あっっま………」チープな甘味が舌に広がる。こういう代物には芳しくないが、これを飲み続けたらヤバイというのは何となく分かった。自販機で手軽に買える魔剤と呼ばれるそれ。その手軽さと安価ゆえに若年層に人気らしく実際に死亡例が出ているとは聞いたことがあるが五条には何が良いのか分からなかった。缶の裏側に記載されている成分表とにらめっこしてみたってどれが脳に作用するのかあまり分からないし、気休めにとなんとなく買ってはみたもののそもそも効能を信じてすらいないからプラセボ効果すら期待出来ない。目が霞んで文字がぼやけているのを自覚して、それを認めたくなくてもう見るのをやめた。微炭酸のそれをグッと一気に飲み込み、腹いせに缶を親指大くらいに丸めてから指で弾いて缶入れのブリキのペールにシュートした。…と、思ったら照準がブレて縁に当たり、乾いた音を立てて床に転がった。見なかったことにする。どうせ清掃員が掃除をするのだろう。『こら悟。ちゃんと捨てな。』そんなお説教の空耳が聞こえてくるようで、五条は顔を顰めながら逃げるようにその場を去った。過去は変えられない。そう分かっていても、あの時の光景を回顧せずにはいられない。 もし彼と今の自分の立場が逆だったとするのなら、彼は死んで行った七海を想い涙をし同じように心に深い影を落とすのだろうが、それでもきっと燦然と戦場を駆けるのだろう。灰原にはそういう芯の強さがあった。……死ぬべきは自分だったのだ。呪霊の体は見た目の割りには意外と脆く、容易に切断することが出来た。人の形を模したソレが無謀にも抵抗を続けるため7:3の割合が上手く掴めなくて、その体に鉈を何度も何度も叩きつける。こちらの優位には変わりないのだから比率が分からないままでもこうして攻撃をしていれば、いずれ祓除出来るだろうとがむしゃらに振るう。こんなのは最早一方的な暴力だ。劈くような悲鳴が遠くのもののように聞こえて、呪霊のどす黒い体液に塗れながらああ早く帰りたいとぼんやり思った。部屋に帰れば。一度眠ってしまえば。いっそ耳がおかしくなるほどの静寂も、ありとあらゆるものに彼の存在の名残を感じて張り裂けそうになる胸の痛みも、ともすれば吐いてしまいそうな気持ち悪さが常に腹の中でとぐろをまいているこの感覚も、全て分からなくなる。肉を潰し骨を砕く不快な音が無くなると同時に、鉄骨が所々剥き出しになっているコンクリートに振り下ろした鉈を強かにぶつける。衝撃が右手を襲い、その痛みに思わず得物を取りこぼしてしまう。カラン、と乾いた金属音が辺りに響いた。ぼうっとしているうちに祓除していたらしい。「………………帰ろう」帰る場所なんて、もうとっくに心安らぐ場所ではなくなったのに。それでも、眠りさえすれば嫌なことを何も考えなくて済むから。………もちろん、眠りにつくことが出来たらの話だけど。高専に戻り、報告を終えてから自室へと向かっている最中であった。意識をして何も考えないようにただ歩を進めていた七海は、突如として耳に入ってきたその声に静かに顔を顰める。男子寮と女子寮がそれぞれ別棟になっているのだが、寮へと続く道の手前には食堂があり、そこで呑気に談笑をしている声が嫌に耳についた。先輩方の笑い声に混じって、自分たちの後輩にもあたる一年の伊地知の声も聞こえた。おおかた、気の弱い伊地知を弄って遊んでいるのだろう。どうしてそんなに笑えるんだ。どうしてなんでもないように振る舞えるんだ。御三家出身と一般家庭出身、置かれた境遇は違えど対等に渡り合えた相棒への想いはそんなものだったのか?初めて出来たと可愛がっていた後輩を喪った悲しみはそんなものか?私はまだ、灰原がいなくなった後の世界で一度も笑えたことがないというのに。激しい憤りを感じて、ギリと奥歯が音を立てた。その時だった。「なーーーーーなみっ♡おかえり♡」「───────は、っ…?」ぷに、と。背後に気配を感じて急いで振り返ると同時に、頬に何かが刺さる。大した痛みはないそれの元を辿れば五条の長い人差し指であることに気がついて、くだらない戯れに付き合わされたことと『隙あり♡』と小馬鹿にした笑みを浮かべられたことに対してこれ以上にない屈辱感と苛立ちを感じた。背後に迫っていたことに気づかなかった自分にも。「なにす、」「あれ、なんか痩せた?ほっぺの弾力が前より悪いぞー?」「〜〜〜〜っ!ちょ…っと、!」肩を組まれ至近距離でじいっと見下ろされ『うわ隈やば』と付け足される。息がかかるほどの距離感にどうしようもない居心地の悪さが襲ってきて抵抗を示すも、いかんせん模擬訓練や組手で一度も勝てたことがない相手だ。振りほどくことは容易でない。せめてもと顔を背けて拒絶することが精一杯だった。「ちゃんとメシ食ってんのかよオマエ。前にも増してモヤシじゃね?」「放っておいてください。アナタには関係ないでしょう」「せっかくだしメシ食っていけよ。僕が奢ってやるからさぁ」寮母が作るとはいえ学食は無料なのだから、奢るも何もないだろう。七海は呆れてそうツッコミを入れることすら億劫で黙りこくる。半ば強引に食堂に押し入れられると、すでに食事をしていた家入が軽く手を挙げて挨拶をし、同席していた伊地知も慌てて会釈をした。テーブルには食べ進められていた三人分の学食が置いてあるのを見て、灰原との生前のやり取りが頭を過ぎる。『おかえり。二人とも任務お疲れ様』『先輩が奢ってやるぜ。ありがたく思えよ』『学食は無料でしょうが…』『じゃあ僕、ここからここまでで!』『おう無視すんなや』『灰原がとうとうスルースキルを覚えたね』『無料とはいえいつも頼みすぎだろ』『おいしくてつい!』『よく入るよねえいつも』そんなくだらないやり取りをしながら、四人席のテーブルを囲って。食べ盛りの男子高校生が四人集まれば、机の上が中華料理屋のような有り様になるのは当然だろう…いや、大食いの灰原が頼んだ学食がそのほとんどを占めていたが。そんな騒がしい食事の風景の中で『おいしいね、七海』と楽しそうに笑う彼の笑顔が、もう一生見ることが叶わないなんて。「………………いやだ…」事ある毎に彼との思い出が脳にチラつくのだ。どうしたって、何をしたって、灰原雄が脳裏に浮かぶのだ。今ではもう、彼は思い出の中の産物でしかない。その事実が容赦なく突きつけられてどうしようもなく苦しいんだ。 これ以上ここにいたら吐いてしまいそうだった。七海は渾身の力で五条の腕を振りほどく。情けなくよろけてしまって、近くの椅子に足がぶつかって大袈裟なくらい音を立てる。『おい!!』と呼ぶ五条の声が妙に必死さを伴っていて、何故か立ち止まってしまった。「……部屋に帰ります。もう放っておいてください」「うるせーな放っておけるわけねぇだろ。んなヘロッヘロな体になって、三級のザコにでも負けて死ぬつもりかよ」”死”というワードは、まさに今の七海にとって地雷であった。ギリと歯噛みをして思わず振り返って五条を睨む。遮光性の高い真っ黒なサングラスに遮られて分からないがその体から放つ怒気が、彼もまたこちらを睨み返しているのだと伝わる。灰原に託された身であり、生かされた…いや、生かされてしまった自分が容易に逃げ出すことも、ましてや今こうして腑抜けていることだって許されないことなんて分かりきっている。だからこそ、それを他人にとやかく言われたくはなかった。触れて欲しくなかった。これは正しく、灰原雄という人間の形にくり抜かれた、一生をかけても癒えぬ傷だから。「あの、一回落ち着きましょう…」一触即発と言った具合のこの睨み合いの沈黙を破ったのは、恐る恐るといった様子で声だけでも止めに入ろうとする伊地知であった。それに続けて『放っておけ。飯が冷めるぞ』と家入はこちらにも聞こえるような声量でそう返す。止まることを知らない彼女の箸の音だけが食堂の静寂を破る。「これ以上メシ食わねーってんなら胃に直接ぶち込むぞ。硝子が」「いや私がやるのかよ。やだよ」「鬱陶しいのならそもそも構わなければいい話でしょう!?」「先輩の粋な計らいだろうが!」「余計なお世話です!!」「ごちそーさま。よし逃げよ」誰よりも早く夕食を食べ終えた家入は、さっさと席を立つ。その時だった。簡素な造りの木製の食堂椅子を引いた彼女の動作に合わせて、脚がフローリングに擦れて立つ喧しい音より大きい七海の怒号が響いたのは。ついに呆れ果てた家入が見遣ると恐らく軽い揉み合いの過程でそうなったのであろう、七海の手甲が五条の顔面に当たる寸前で無限に阻まれていた。五条の体に纏う無下限呪術は、呪力の強弱のみならず迫ってくる物質の質量・速度・形状などからその危険度をオートに選別出来るようになった。仲間である七海の咄嗟の所作でさえ、彼の意志とは関係なく攻撃と見なされて弾かれる。七海はその力量の差に改めて触れ、思わず顔を歪めた。「…………っ、この、技があれば、」この技が可能になったのは今年の夏からだった。…灰原が死ぬ、少し前から。現時点で呪術界最強と謳われる特級呪術師。呪術界御三家の一つ、五条家の嫡男。華々しい肩書きと遜色ない実力。そんな先輩を持ったことによる劣等感なんて最初から塵ほどもなかった。だからこそ、こう思わざるを得なかったのだ。『もうあの人一人で良くないですか?』と。この言葉が口をついて出てしまったことは、今でも後悔していない。「アナタが最初から、あの場にいたら、」いとも簡単に命を搾取されるこの世界で、絶対的強者のアナタだけが存在していたのなら。──────灰原は、死なずにすんだのに。誰しもが時を止めた。あの家入でさえも。は、と激情に呑まれていた七海は漸く気がつく。自分がもうどうしようもないことを言っていることに。そしてこれは言ってはいけないことだとも分かっていた。再び静まり返った食堂。伊地知や家入の視線に憐憫の色が篭もるのを感じて、堪らず背を背ける。「七海。」その背に、五条が呼びかける。「ごめん」起伏のない声音であった。思わず振り返る。遮光性の高いサングラスの下は計り知れない。けれども、雰囲気だけは伝わってしまった。言っても仕方の無いこと、彼は悪くないってことも分かっていた。共に親友を喪ったばかりで傷は深い。腹を割って話したわけではないが、彼にだって様々な苦悩を抱えているはずなのに、七海はそれらから文字通り目を背けてその場から逃げ出した。Tap 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