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    sheiko_2010

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    sheiko_2010

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    園星本誌20時間目前半ネタの、まだデキてないなかこば。原稿の合間に思いついたのでざっくりした話です。支部にも投稿予定。

    カメラの中3秒間だけ僕らは「そういえば、中村先生が小林先生のこと探してましたよ」
     いまひとつ納得のいかないまま、卒業アルバム用の教員撮影を終えた俺に、星先生が言った。
    「え、そうなんですか。何の用だろ」
    「3年生の進路関係の資料を直接渡したいだとか言ってましたけど……小林先生、バレー部の練習でよその体育館に行ってるから、昼ぐらいには出てくるんじゃないかってお伝えしておきましたが……」
    「ああそうか、俺3年の教科担任入ってるからかな……」
     中村先生は3年2組の副担任であり、倫理担当の先生だ。なんだかよくわからないが、俺のことを何かにつけかわいがってくれている(と思っている)。
    「じゃあ社会科資料室覗いてみます。ありがとうございます」
     星先生に礼を言い、職員室を出ようとしたときだった。先ほど撮影してくれた金子先生が俺を呼び止めた。
    「小林先生、中村先生に会ったら、14時頃に撮影するから職員室へおりてきてほしいってお願いしといてもらえませんか」
    「ああ、わっかりました、伝えておきます。14時頃ですね、了解」

     3階の突き当りにあるその部屋は、その名の通り社会科の資料がわんさと置いてあり、また社会科教師らのたまり場、というか憩いの場でもある。いくつかデスクが並べてあって、社会科担当のプチ職員室みたいな感じだ。担当者が皆そこにいるわけではないので人が少なく、中村先生などは居心地がいいのか、逆によくそこに常駐していた。
     失礼しま~す、と間延びした挨拶をしながらドアを開けると、予想通り中村先生がいた。
    「中村先生、小林です。すんません、遅くなって。お探しだったって、星先生から」
    「ああ小林くん、わざわざ来てくれたんだ、ごめんね」
     窓際にあるデスクにいた中村先生の顔が見えて、なぜだかほっとした。
    「いや、ちょうど俺も先生に言伝を承ってきたんで。あ~、ここ冷房めっちゃきいてますね、天国~」
     職員室は冷房の効きがいまひとつだ。先日も、盆休みに甥っ子が上京してきて、提出物の都合上やむなく彼を連れて登校したときには、教頭に向かって文句を言っていたぐらい。あのときはヒヤヒヤして、かなり肝は冷えたが。
    「言伝って何かな」
    「14時頃に撮影するから、職員室来てくれって、金子先生が」
    「撮影? あ、そうか今日は写真の日か……忘れるところだった。むしろ正直忘れてたよ」
    「でも全然問題ないじゃないですか、いつもどおりだし」
     中村先生は、長袖のワイシャツにネクタイという、いつも変わらないスタイルだ。俺だって普段は、ポロシャツをユニフォームにして小綺麗にしてるんだけど……。今日に限って、それを忘れるなんて……だったら最初からポロシャツ着て出てくればよかった……汗だくになるだろうし暑いから、部活だけはTシャツで行こうと思って……。思い出すと悲しくなった。
    「小林くんは……フフッ」
     俺の悲嘆をよそに、中村先生が珍しく急に笑い出したものだから驚いた。
    「え、なに笑ったんすか」
    「いや、ごめん。星先生に小林くんのこと聞いたあと、たぶん小林くんのこと見かけた生徒が……なんか、今日の小林先生が助けを求めてたって言ってて、なんだろうって思って……そしたら、フフッ、HELP!のTシャツだから、それでか、って……」
    「も~、笑いごとじゃないんすよ」
    「なに、本気のメッセージってこと?」
     金子先生と同じことを中村先生にも言われるとは。そりゃ、助けてくれって気持ちも、なくはないけど。暑いし、忙しいし、若い子に比べたら体力もないし。
    「いや、だからこれビートルズのTシャツですって」
    「見たらわかるけど……」
    「え、わかってもらえます?」
     ほかの誰もわかってもらえなかったのを中村先生には通じたのが嬉しくて、思わず声がうわずった。
    「俺も持ってるから……」
    「え、意外っすね。中村先生、ビートルズ好きなんすか?」
    「そんなマニアックなわけじゃないけど、普通に聴くよ。小林くん好きなの?」
    「結構好きっすね」
     中村先生は、顎に手をあてて少し何かを考えたのち、ゆっくり口を開いた。
    「……ストロベリーフィールズとか好きそうだもんね」
    「え、なんでわかったんすか」
     中村先生に、特に好きな曲を当てられてビビる。ストロベリーフィールズフォーエバーは俺のお気に入りだった。
    「なんとなく」
    「じゃあ俺も当てます! ん~……中村先生が好きなのは……イエローサブマリン!」
    「まあ好きだけど……いちばんはアイアムザウォルラスかな」
    「あ~そっちかあ」
     まさか中村先生とビートルズトークで盛り上がるとは思わなかった。結構飲みに行ったりはしてるけど、あんまり趣味の話とかしてなかったんだな、と気付く。いつも一体何を話してたんだろ? 酔ってるからよく覚えていないだけなのか。まあでも、趣味の話を迂闊にすると、卒業アルバムの撮影担当にされた金子先生みたいに、ろくなことにならなかったりするしな……。
    「で、笑いごとじゃないってのはなんで?」
     それた話を本筋に戻され、そういえば中村先生に愚痴を聞いてもらおうとしていたのを思い出す。
    「いや、今日学外の体育館でバレー部の練習してたんですけどね」
    「うん、体育館工事してるからでしょ」
    「そうなんすよ、ほんと難儀で。予約とるのもひと苦労だし、遠いし……いや、話が逸れました。で、そんな日に限って卒アルの撮影だって言うから、着替えをね?」
    「……持ってき忘れた?」
    「それです……」
     肩を落とす俺を見て、少し笑いをこらえながら中村先生が言った。
    「え、それで、もしかしてその恰好で撮ったの? あまりにもラフじゃない?」
    「おんなじこと金子先生にも言われましたよ! でも仕方ないじゃないですか、金子先生が、別日にするのも面倒だから今日撮っちゃおうって。その上、緑川先生も長谷川先生も、なんかめちゃくちゃ張り切ったっていうか、率直に言うと変な格好してて……明らかに数学担当だけ浮いてんすよね……どうするんだろ」
    「いいんじゃない? 数学教師らしくて」
    「ちょっと、どういう意味っすかそれ」
     中村先生はくすくす笑っている。ちょっと癪ではあるが、今日は機嫌がいいみたいだ。
    「あ、忘れるとこだった。肝心の資料渡さないとね」
    「いけね、そのために来たんだった」
     本来の目的を思い出し、中村先生のデスクの隣が空いていたので座る。資料一式をうやうやしく頂いた。3年の担任の先生たちに渡す、教科の寸評を作らないとだな。
    「外、暑かったでしょ、今日も」
    「暑かったっすよ~、もう35度いきましたかね?」
    「この調子だといってるんじゃない? アイスコーヒーでも飲む?」
    「え、いいんすか! わーい」
     ここへ来るとコーヒーマシンや冷蔵庫があって、1週間ぐらいなら余裕で生活できるんじゃないかと思う。
    「ブラックだけどいい?」
    「全然平気です、いただきます」
     キンキンに冷えたコーヒーは五臓六腑にしみわたるうまさだった。あんまりコーヒーで使う表現ではないな。
    「生き返る~。いやあ、昼飯もまだなんすよねえ」
    「え、そうだったの? それは悪いことしたね、呼びつけたみたいになっちゃって」
    「いやいや気にしないでください、時間がタイトだったんで」
    「何か食べる? って、小林くんがいつも食べてるのと同じものしかないや」
     そう言って中村先生は、俺が慣れ親しんでいる黄色い箱を揺らした。
    「えっ、なんで」
     中村先生は食べるのが苦手で、飲みに行っても漬物ばっかり食べているし、昼飯だってひまわりの種だったりする。そんな先生がカロリーメイトを持っているなんて。
    「小林くんがいつも食べるの見てたから、刷り込みかな……なんか、水買おうとしたらコンビニでふと目に留まって。食べきれなかったら、小林くんがもらってくれるだろうと思って」
    「カロリーメイト食べきれないとかあります?」
     消費期限も長く、1袋2本が2袋入っているだけの栄養補助食品。余らせるようなもんでもないだろう。
    「いや、1袋食べて、やっぱ違うなとかあるかもしれないって」
    「で、1袋ぐらい食べたんですか?」
    「食べたよちゃんと。これだけでカロリー足りるから悪くないね」
     中村先生は箱を開け、1袋になった状態を俺に見せた。それを取り出し、俺に差し出す。
    「ん……俺もこの味がいちばん好きです」
    「知ってる」
     中村先生、案外細かいとこまで見てるんだな……とちょっと感心した。
    「……じゃあ今度、いただいた分お返ししますね」
     気にしなくていいのに、と言われながら、俺は中村先生がくれたカロリーメイトを開封し、頬張った。いつもと同じ味のはずなのに、なんだかちょっと、甘酸っぱく感じてしまったのはどういうことだろう。冷房きかせてるのに、この日差しじゃさすがに暑いね、と言いながらブラインドを覗き、目を細める先生の気だるげな横顔を見ていると、なんだかふしぎな気持ちになった。

     食べ終えて、とりあえず職員室へ戻るか、と思った時だった。ドアをノックする音が聞こえ、二人で目を注ぐと、金子先生の姿が覗いた。
    「あれ、もう時間過ぎてましたっけ?」
     言伝をした手前、中村先生を引き留めてしまったかとヒヤリとして俺は腕時計を確認した。まだ13時半前で、指定された14時にはなっていなかった。
    「いや、違うんです、まだなんです。ですけど、ちょっと打ち合わせの予定が急遽入っちゃって、ついでなんでこっち覗きにきました」
     俺たちに背を向け、丁寧にドアを閉めて金子先生はこちらへ近づいてきた。
    「金子先生、わざわざすみません」
     座っていた中村先生が立ち上がり、頭を下げる。
    「いえいえ、教科担当で集まるんで、このフロアに来なきゃだったんですよ」
    「それならよかったですが……」
    「じゃあ写真撮らせてもらいますんで、何か準備があればお願いします」
     金子先生に言われ、中村先生は、ちょっと待って、背広着たほうがいいかな、と掛けてあったジャケットに手を伸ばした。
    「上、別にいらなくないですか? みんな夏の装いだったし」
    「でもジャケットぐらい着てたんじゃない? アルバムって渡すの3月でしょ」
    「西谷先生とか半袖でしたよ」
    「そっか。じゃあこのままでいいかな。どっか変なとこない?」
     中村先生に尋ねられ、正面からまじまじと中村先生の上半身を眺める。少しネクタイが曲がっていることに気付く。
    「先生、ネクタイ曲がってる。直しますね」
    「あ、ごめん。ありがとう」
     少し申し訳なさそうにしている中村先生の襟に手をやり、ネクタイを整える。ちょっと結び目のバランスが良くないかも、と気になり始めた。
    「先生、結び直してもいいですか?」
    「えっ」
    「ちょっと、バランスが。気になって」
     俺は有無を言わさずネクタイを解き、結び直し始める。じっと中村先生が俺の手元を注視しているのがわかり、ちょっと緊張した。が、先ほどよりは整ったように思う。
    「小林くん、器用だね。正面からネクタイ結べるんだ」
    「あ~、弟に教えたりとかしてるうちに、なんか向かい合わせでもできるようになりましたねえ……これでよし、と」
    「ありがとう」
     はにかみながら先生に言われると、悪い気はしない。むしろなんだか照れくさくなってしまった。いや全然、と適当に応える。金子先生は、ときどきカメラを構えてはおろしてモニタを確認し、露出やらシャッタースピードやらの設定を調整しているようだった。
    「じゃあいいですか、中村先生」
    「はい、お願いします」
     金子先生の邪魔にならないよう背後に回り、中村先生が撮影されるのを眺める。いつもより少し、表情が緩んでいるというか、柔らかいように見えた。何枚か撮って、一緒にモニタを確認する。
    「大丈夫そうですね、じゃあこれでオッケーです」
     金子先生と中村先生が話しているのを見ていて、ふと思い立った。もしかして、Tシャツの上に中村先生のジャケットだけでも借りて羽織れば、もうちょっとまともに見えるのでは? と。
    「金子先生、俺もリベンジしていいですか?」
    「リベンジ? 撮り直しですか?」
    「そう、中村先生、あのジャケットお借りできません?」
    「え、これ? 構わないけど」
     中村先生の許可を得て、俺は掛かっていたジャケットを羽織らせてもらう。
    「この方がラフ感が緩和されると思いません?」
    「言われてみれば、Tシャツだけよりマシかもしれませんね」
    「うん……ちょっと胡散臭さは否めないけど」
    「え、胡散臭いですか俺」
    「……なんか、胡散臭い起業家っぽいよね」
    「わかります」
     金子先生と中村先生の見解が一致し、俺としては負けた気になる。せっかくいい案だと思ったのに……。やっぱり、あまりにもラフな状態で掲載されるのか、俺は……。
    「いや、Tシャツにジャケットは変じゃないんですけど、サイズ感が……腕パツパツだし、前も締まらなさそうだし」
     それは事実だった。中村先生、上背はあるけどやせ型で、俺とは違うから……。
    「なんか、キャプテンアメリカとか、スーパーマンとかの人みたいになってますね」
     金子先生の評は尤もだった。腕も胴回りもタイトだ。
    「確かに中村先生のジャケットじゃ、きついですけど……」
    「まあでも、せっかくだし1枚ぐらい撮ってあげて、金子先生」
    「そうですね、じゃあ中村先生んとこに座ってください……はい、チーズ」
     ちょっと機嫌が回復し、あやうくピースでもしそうになるのを堪えて、俺は写真におさまった。


    「小林先生~」
     夏休みも残りわずかとなった頃、金子先生から声を掛けられた。
    「金子先生、どうしました?」
    「こないだの撮影のときに試し撮りしてた写真が、妙にいい感じで撮れてて。ちょうど紙焼きの色味も見たかったんで、出力してみたんですよ。差し上げます」
     そう言ってにこにこしながら金子先生が差し出した写真を、俺はおそるおそる受け取った。見てみると、いつの間に撮られていたのか、俺が中村先生のネクタイを直しているシーンが写っていた。一瞬ぎょっとしたが、確かになんだか雰囲気のいい写真ではあった。
    「えー、びっくりしました……いつ撮ってたんですかこれ」
    「カメラの設定いじってるときに、試し撮りで。職員室と社会科資料室とじゃ、明るさとか違いますしね」
     それは確かにそうなんだけど。
    「2枚……」
     枚数を数えて呟くと、金子先生は、そうなんですよ、と話し始めた。
    「連写してたんで、ほら、こっちの表情とちょっとだけ違うのわかります? でもどっちもよかったんで、せっかくですからお二人にと思って」
    「え、くれるんですか? これを」
    「いや、出力した手前、人様が写ってる写真を処分するとか、いくら試しでもちょっと抵抗ありません?」
     金子先生の言い分は理解できる。俺もあの日、無理言って撮影のリベンジまでさせてもらったし、そのぐらいは協力しよう。引き取ることに決め、金子先生に礼を言った。

    「ってなわけで、これ、中村先生の分です」
    「え、俺の分まであるの?」
    「金子先生のはからいですよ。まあ、好きにしていただいて構いませんけど」
     社会科資料室を訪ね、写真を中村先生に渡しに行くと、意外な反応だった。
    「そう……たしかに、なんかいい写真だね。よく撮れてる。じゃあ、せっかくだから飾っておこうかな」
    「飾るんすか?」
    「え、ダメ? ちょうど写真立て空いてるし」
     そう言うと中村先生は俺のことなど気にせず、写真立てにセットし始めた。
    「いや、ダメではないですけど……」
    「小林くん強そうだから、なんか……縁起が良さそうかなって。あ、魔除け?」
    「変なこと言わないでくださいよ」
     いつぞやの星先生の学生時代の写真に対して俺が言ったことが中村先生から返って来て、妙な気持ちになる。縁起がいいと思ってくれてんならいいけど。まあ、人に見られたところでどうってことはないか。写真とあわせて、先日いただいてしまったカロリーメイトを箱で返し、俺は部屋を出た。


     後日、それぞれのデスクでその写真をたまたま見た生徒たちが流した「中村先生と小林先生が、なんかいちゃついてる写真を飾ってた」という成森砲が、生徒の暇つぶしのネタになるなんて、この時は思いもよらなかった。
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