ほしふるよるに午前1時、あと1時間ほどで流星群はピークを迎える。
オレはバッグに淹れたての珈琲を入れた水筒を入れると、ババアに教わって作ったジンジャーブレッドをそっと乗せる。
(あとは干したてのブランケットを上から押しこめば…)
「よし」
これで準備万端だ。
外を見れば何時もは明るい街も、今夜は心なしか暗い気がする。
きっと、オレの他にも今夜を楽しみにしてる人がいるのかも知れない。
「ダグも楽しみにしてくれてればいいけど…てか来るかな」
誘った時は興味が無いようだった、何時もみたいに「あ、うん」と返すだけで、「楽しみだ」の一言も無かった。
署で別れた時も今夜のことには触れてこなかった。
「忘れてんのかな」
もしそうだとしたら、今夜はジンジャーブレッドをやけ食いするしか無い。
折角作ったのだから食べては欲しいが、あの調子なら忘れている確率の方が高い。
「…いや、でもダグは約束破った事ねぇし」
だから、きっと大丈夫。
なんて自分を励ましながら、待ち合わせした大通りへと向かう。
途中、公園へと仲良く歩いて行くユリとマックスを見掛けたけど、オレは声を掛けるのをやめた。
だって、こんな特別な日は好きな人と二人きりで過ごしたい筈だから。
まあ、明日話のタネに流星群の話を振るくらいはしてもいいかもしれないけど。
(今はそっとしておこう)
それよりも、問題はオレ自身だ。
あと少しで待ち合わせの場所に着くわけだが、果たしてダグは居るのだろうか
待ち合わせの時刻まであと5分、遅刻してくるかも知れないから1時間は待つつもりだ。
でも、それでもダグが来なかったら
「どうしよう…っ」
嫌な憶測ばかりが駆け巡り、オレの足は歩みを止めた。
この角を曲がれば直ぐなのに、来なかったらと思うと前に進めない。
大体、約束した時から返事は曖昧なままだ。
「あ、うん」じゃ、どっちなのか分かったもんじゃない。
(やべ…泣けてきた)
オレは溢れてきた涙を乱暴に拭うと、地面に視線を落とした。
瞬間、嗅ぎ馴れた香りがオレを包んだ。
「何してんの」
低く響くそれは、ずっと聞きたかったダグの声。
「来ないかと思った」
それはこっちの台詞だと言おうと思って振り向けば、鼻を赤くしたダグが頬を膨らませていた。
「何」
「いや…え何時から居たんだよ」
「覚えてない」
「は」
「家に居ても落ち着かなくて、気付いたらずっとここに居た」
「は」
(あのダグが)
まさか自分との約束を楽しみにして、ずっと待っていてくれたなんて。
そんな事あり得ない、そう思うのにダグの赤い鼻を見たら嘘には思えなくて。
「やば…今なら死んでも良い」
「はなんで…っておい」
言い終わらないうちに、オレはダグの首に飛びつくと真っ赤鼻にキスを贈った。
「キリル」
「オレ今すげー幸せっ」
「んいや…これからだろ」
「そうだけど…」
そうじゃない。
ダグがここに来てくれた、待っててくれた。
赤くなった鼻の分だけ、オレを待っててくれた。
それだけで、それだけのことがオレには凄く嬉しくて。
真っ赤な鼻の恋人に、オレはもう一度キスを贈った。
「来てくれてありがと、ダグ」
きっと今夜は、飛び切り楽しい天体観測になりそうだ。