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    yuna_ki

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    さぼしき、柳さんの誕生日祝いに柳さんが結婚するんですよー、って報告する話を書こうとしたのに事件ものの冒頭になった。正直COCの導入にしか見えない。

    #細胞神曲
    cellularDivination

    柳さんの結婚相手を調査する話(阿+柳)「阿藤さん。私、結婚するんです」
     客数の割に静かなので、仕事でもよく使う喫茶店の片隅で。
     微笑んだ柳は文字通り、花のように見えた。

    「それは本当に、おめでとうございます」
     迷うことなく祝いの言葉を口にする。ここは躊躇う理由がない。父は邪推していたが、自分と彼女は友人だ。あの事件を超え、最愛の恋人を失ってもなお歩き続けた強い人。そんな彼女が新たな道を歩み出すなら、祝福しない理由がない。
     このまま彼女が相手の人柄や出会いについて話し出したなら、喜んで傾聴しただろう。だが会話は不自然に途切れた。明らかに何か言いたげだが躊躇っている様子に、仕方がないと口を開く。
    「……違っていたらすみません。依頼内容は、結婚相手の身辺調査ですか?」
     違っていたら怒鳴られても文句は言えない暴言だ。少なくとも困惑の一つはされるだろう。案の定、柳は大きな瞳を驚きの色に瞠っている。これは説明の必要がありそうだ。
     と言っても単純な話。阿藤の友人でしかない彼女が、わざわざ奈胡野に訪ねてきて結婚を報告する理由がないのだ。仲間内のグループLINEは日頃活発に動いているし、手間をかけても電話で十分だったはず。それを推してまで訪ねてきたということは、電話やLINEでは言いにくい用があるということだ。
    「さすがですね、阿藤さん」
     だが阿藤が説明するより早く、目の前の柳が微笑んだ。華奢な手がカップを持ち上げて、湯気が残るコーヒーを口に流し込む。少し勢いがよすぎたらしく涙目になっているのはご愛敬だ。一連を黙って見守っていると、彼女は何度か目を瞬かせた後ようやく阿藤に目を向けた。
    「結婚相手がアプリで会った人なんです。お互いの両親には挨拶済みですし、向こうのお友達にも紹介してもらいました。職場ももちろん知ってます。でもお父さんが『いい人過ぎて怪しいから結納前に調査しろ』ってうるさくて……」
    「親御さんの感情としては当然ですよ。調べて何も出なければそれでいいわけですし」
     探偵としては浮気調査に次いでよくある案件だ。自分と音羽の知人は概ね被っているので阿藤が直接依頼を受けるのは非常に珍しいが、なかったわけではない。
     個人としてはこの場で受けると即答したい。だが人員調整の問題もあるし、受けるにしろ受けないにしろ事務所に一度持ち込まねばならないだろう。その旨を目の前の柳に告げると、当然ですと彼女はしっかり頷いた。
    「なら所長の都合を確認するので、少し待ってください。……でもその依頼をお受けするのは、うちでいいんですか? 柳さんのお家の近くに他の探偵事務所や興信所もあると思いますけど。言い辛いんですが、県外となると出張費が別途かかっちゃいますし」
    「はい、ちゃんとホームページも見てきましたからわかってます。……だから、これは私のわがままを聞いてもらえればなんですけど」
     すっと、柳の背筋が伸びる。迷わずこちらを見つめた目には、覚えがあった。
     大粒の涙をこぼしながらも、炎に消え行く彼女の恋人を送った瞳。あの時と同じ力強さで、真正面から彼女は阿藤に相対する。

    「あの人の調査を、阿藤さんにお願いしたいんです。阿藤さん以上に信頼できる探偵さんは、いませんから」
     照れも躊躇もなくはっきりと。言い切る口調に溢れているのは、揺るぎない阿藤への信頼だ。

    「わかりました」
     だから自然と背筋が伸びた。調査員である自分が顧客と相対する機会はない。あったとしても所長の音羽からお礼状やメールが回ってくる程度だ。調査の前も調査の後も、依頼人の想いを受け取る機会は阿藤にはない。
    「必ず、とは言い切れませんが。俺からも所長にお願いします」
     だからこそ。友人であり依頼人である彼女からの信頼に、こちらも全力で答えたかった。
    「よかった! ありがとうございます、阿藤さん」
     柳の顔が安堵の形に笑み零れる。見慣れたそれにこちらも少し気が抜けて、目の前の紅茶を口にした。少し冷めてしまっているが、ここの紅茶は十分うまい。
    「柳さんの婚約者には絶対ばれないように調査しますので、安心してください」
    「はい。そこも含めて、頼りにしてます」
     柳もコーヒーを口に含む。穏やかなその表情は、友人として見慣れたもの。だが初めて会ったあの研究所では、決して見ることのなかったものだ。
    (幸せになってもらわないとな)
     彼女自身の為にも、かつての彼女の恋人の為にも。気合を入れて調査しようと、改めて強く心に決める。
     とはいっても彼女が選んだ男だ。もちろん油断は決してしないが、ひどい結果は出ないだろう。少し甘い確信をしつつも、再び紅茶を口に含む。

     この時は、知らなかったのだ。
     このおめでたくてささやかな調査が、悲劇の始まりになるなどと。
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