韋駄天×女夢主3(女夢主視点)目覚めて、上体を起こしたところで、私の意識は覚醒した。
あ、あ……
『マスターは、俺のことが好きなのか?』
『俺のことを男として好きなのか?』
『俺はマスターとキスやセックスをしてみたい』
昨晩のアキレウスさんの発言が、頭や耳で、まざまざと再生される。
そう。昨晩、いつもの魔力供給の後に。上記を問うアキレウスさんに迫られて、逃げ回った末に私は、彼に頭突きをかましたのだった。
脳内で再生されるアキレウスさんの声音は真剣なもので、私に迫って来た時の表情もどれもそうだった。
それなのに、私はろくに言葉を返せず、むしろ返事代わりに頭突きをする有り様で……。
やばい、やばい、やばい
アキレウスさんを絶対怒らせた。
それに、取り乱し過ぎて恥ずかしい。
ってあれ、何で私ベッドで寝て……服も着て……?
記憶が間違っていなければ、私は上半身ほぼ裸(下着は着けていた)で、服で隠しながら逃げ回ったし、頭突きの後の記憶がない……から、その時点で意識を失ったはず。恥ずかし過ぎるけどっ。
え……これから導き出される結論は……とか勿体振って少しでも先送りにしようと足掻いても、頭の中では既に結論が出ている。
――アキレウスさんにベッドまで運ばれて、服も着させられたんだ……丁寧に掛け布団も掛けられて。
こんな貧相な身体をアキレウスさんに触られてしまった!
じゃなくて! 多大な手間まで掛けさせてしまった……!
い、いや! もしかしたら、ケイローン先生、は男性だからないとしても、アタランテさんを呼んでくれたかもしれないし! 子供好きで世話焼きそうな(私は子供じゃないけど)アタランテさんなら丁寧に掛け布団まで掛けてくれるかもしれないし!
……いや、それはないか……自身が叱られそうな選択肢をアキレウスさんが選ぶとは思えないし……。
――つまり私は、アキレウスさんの真剣な問いに頭突きで返事をして、あまつさえそのまま気を失い、ベッドまで運ばせた上に服も着せてもらって寝かし付けられてしまったと……。
穴があったら入りたい、穴を掘ってでも入りたいとはこのことか……。
ヤバイ。恥ずかしいとか通り越してマスター辞めたい……消え去りたい……。
アキレウスさんと私の間のパスは感じ取れるから、まだあちらから切られた訳ではないようだ。ああ、連日の魔力供給で強靭になったパスが、今は存在を主張してきて辛い……。
――どうしよう。
朝食の時間までは後少しある。とりあえず、ベッドからそろりと出て、いつも通りの身支度を緩慢にして、再びベッドの上に戻ってきた。
その間に何らの決心もつかなかった。
朝食に出たら十中八九アキレウスさんと会うことになる。面と向かう勇気は……ない。
とはいえ、朝食時間を過ぎて暫くしたら、さすがに誰かが様子を見に来るに違いない。それがアタランテさんにせよ、ケイローン先生にせよ、説明をせざるを得ないだろう。
アキレウスさんは……こういう時に来るだろうか。
――来ないで欲しい。
でも、そのまま彼のマスターを続けることも、もうできない。
ああ、ギリシャの名だたる英雄たるアキレウスさん達のマスターであるために気を引き締めていたつもりだったのに、自分の錯乱によってこうも容易く崩れ去るものなんだ。
マスターでいられなくなった私は、元の一職員に戻り、元通りカルデアで働かせてもらえるのだろうか。
それも許されなければ――自死するしかない。
むしろいっそ、誰からも面と向かって糾弾されていない今のうちに……。
――などとうじうじ悩んでいる間に。
「マスター……いるか?」
ドアをノックされる音と共に、ある意味一番聞きたくなかった声が、壁一つ隔てて聞こえてきた。
「、ぁ……だ、ダメ……です……い、いませんっ」
「ぷっ、なんだよそれ。……悪いけど、入らせてもらうぜ」
「え……?」
どういうこと? まさか扉を破壊するつもりじゃ――とドキリとしていたら。
何のことはない、アキレウスさんは霊体化して入室してきたのだった。
って、何のこともあるし大有りだし! これじゃ鍵掛けてても意味ないしっプライバシー皆無だし! っていうかそれについてはツッコミも何もかも今更だし!
~~ッッ、霊体化ズルい……!! 反則!!!!
と、心の内で英霊召喚システムに怒りの声を上げている私は、現実ではベッドに体育座りし、掛け布団を被り震えているのだった。
「あー……、マスター?」
ひえっアキレウスさんの声がさっきよりもめちゃくちゃ近くで聞こえる!
ベッド脇に感じる気配からして、実体化したアキレウスさんに見下ろされているようだ。
「んー……、そのままで良いから、俺もちょっと失礼するぜ」
アキレウスさんの座る気配と音が気になってチラリと布団の隙間から覗き見ると、アキレウスさんはベッドに背を凭れさせる様にして、床に胡座を掻いていた。
その背中はいつも通り大きいけれど、今は少し緊張しているような、困っているような雰囲気が感じられる。そこに、昨晩のような強引さは見られない。
――ああ、アキレウスさんなりに気を遣ってくれているんだ。
そう気付いたら、何だか少し緊張や恐怖が薄れて。アキレウスさんを困らせてしまっているのは本当に申し訳なく思うのだけど、同時に安心してしまう自分勝手な私もいる。
布団を頭から被るのは止めて、ベッドの上で体育座りをした。
「あー、昨日はすまなかった。マスターは男が苦手だってのに……。触れるのも見るのも必要最低限にした……から……」
言葉を途切れさせながら説明するアキレウスさんは、普段と全く違う。
「私もすみませんでした……ず、頭突きとか……そのまま意識なくしたりとか……というかやっぱりあそこで意識なくしてたんですね……」
「いや、その、俺が強引過ぎたのが悪かったんだから……そうだ、頭は痛くないか? サーヴァントにぶつかったんだ、マスターの方が痛かっただろう」
「や、痛みとかはないので……大丈夫です」
少しの間ができる。
こうも歯切れの悪いアキレウスさんに相対するのは初めてで、その原因は私にある申し訳なさはあるものの、こちらとしても戸惑ってしまう。
っていうか、やっぱりアキレウスさんに介護してもらったんじゃないかー! 本人の口から必要最低限にしたとか弁解されてしまうと逆に恥ずかしさがががっ、……ショートしそう……。
「……で、マスターには悪いが、こうなってもやっぱり訊きたいんだがな……。……マスターは俺に恋心を抱いているのか?」
ちょ、アキレウスさんっ、この状況で更にそれ聞いちゃいます!? 私はもう何が何だか……混乱で頭がどうにかなりそう……。
――かと思えば、混乱が一周して逆に冷静にもなってきて、
「…………はい」
体育座りした膝を擦り寄せて、その膝をぼんやり眺めながら、小さく呟いた。
もう、逃げられないと思った。
昨日はあんなに頑なに言わなかったのに、今朝のアキレウスさんの態度のせいなのか、自分でも驚くぐらいにするりと言葉が出た。
「でも……駄目なんです。叶うなんて到底思っていないし、言うつもりも全くなかったんです。バレないようにしてきたのに……」
「それは何でだ?」
「だって、アキレウスさんに知られてしまったら、優しいアキレウスさんは私にそう接してくれるかもしれない。恋なんかしちゃったら、私は駄目になってしまいます。人理の危機なのに、カルデア職員なのに、マスターなのに、役目を忘れて溺れてしまいそうなんです」
アキレウスさんにも、誰にも言うつもりなんてなかったのに。弱い私の言い訳を全て曝け出してしまった。
ああもう、涙が勝手に出る。カッコ悪い。項垂れた頭を上げないまま、腕で涙を拭う。
「……そうか、ありがとうな、打ち明けてくれて」
アキレウスさんの優しい声音に、また涙が溢れてくる。
うう……その優しさは罪です……もっと好きになっちゃいます……。
いつもなら頭をぽすぽすと撫でられそうな場面なのだけど、アキレウスさんは動かない。今は私を刺激しないように徹してくれているのだろう。
掛けてもらえる声だけでもこんなに胸がいっぱいになるのに、宥められたらもっと泣いてしまうから、今はこれで良いんだ……。
「でも、マスターが危惧するようにはならないと思うけどな。何かあれば先生や姐さんが叱って導いてくれるし。俺も一応しっかりしてるつもりだし。それに、マスターはマスター自身が思ってる程弱くないと思うぜ」
「うう……私は弱いですよう……」
うう、この状況で良く私を買い被れるものですね……。
「マスターは火事場の馬鹿力みたいなのが凄いじゃないか。それは俺が一番知ってるしな」
「うっ……いつもいつもすみません……」
カラカラと笑われ、今までのあれこれが思い出されて更に項垂れてしまう。
とはいえ、普段のアキレウスさんと私のやり取りに戻ってきた気がして、私の気持ちも少し浮上できた。アキレウスさんが気を遣ってくれたのか、自然とそういう方向に話してくれたのかは分からないけれど、大英雄はやっぱり凄い……。
「ってことで、俺も本気で考えるから。昨日は、マスターが俺のことを好き、俺もマスターとシてみたい、それならシちまった方がウィンウィンだって軽く考えてた。すまん。でもそれなら、俺もマスターを本気で好きになっていってもいいんだろ。ちゃんと順を追えば問題ないよな?」
ん? って、ええ!?
もはや告白して振られたみたいな気分でいたのに、これはどういう展開ですか!?
アキレウスさんが、私を本気で好きになる?
順を追うって……順……いや何というか既に順とか有るのか無いのか……?
大英雄の思考速度に追い付けず固まる私である。
気付けば、アキレウスさんはこちらを見ていた。
って、ちょっと、気遣いタイムがいつの間にか終了してるじゃないですか。
頭の中はまた変にツッコミを入れるばかりで、やっぱりろくに働いてくれない。ただ、もう衝動的な逃亡も頭突きもしてはならないと心身で弁えて、結果固まっている。
「えっと……その、あの……」
「勿論、強引なことはしない。マスターの気持ちを尊重する」
アキレウスさんはベッド脇の床に座ったまま、こちらを見上げている。
昨日と同じ、真摯な眼差しと声音で、好きな方にそんな提案を持ち出されて。私はもう何が何だか分からなくて、ただただ火照ってままならない思考のまま――
「ぅ、あ……お、お手柔らかに、お願いします……」
「ん、ありがとうな、マスター」
うう……笑みが眩しい。
しかも頭を撫でられて、唐突な接触にまた気絶するんじゃないかと思う私だった。