道満×男夢主 平安官人が道満を召喚※シリーズものとして書く予定のものを先出ししているので(その際はすけべも予定)やや尻切れ蜻蛉感があります。
突如、氏長者道長様からの呼び出しの書簡が到来し、私はびくつきながらも初訪問する事と為った。
私自身には何かを仕出かした記憶が無い。とすると父だろうか。いや、思いも寄らぬ事かもしれぬ……。書簡には内密にとの事だったので、誰にも相談できぬままである。
藤原氏の系図でも端の端にしか位置していない私の家が、氏長者の目に止まる事等、有るのだろうか。伝達に何か齟齬が有ったのではと疑いつつ、夜半、土御門殿へと牛車を着けた。
邸の者の誘導を受け、目立たぬ様にして入る。暗闇の中、かつ敷地の端からでも分かる、広大さと建物の大きさに息を飲む。行きも帰りも誘導されねば迷ってしまいそうだ。……帰りが有れば、だが。
通された部屋は"内密の話"の為か狭く区切られて居たが、全てを見渡す暇も無く、御簾の奥から声を掛けられた。
「――――天覧聖杯戦争?」
内密で有る、声を潜めよと断りを入れられ、始まった話とは。
七名の術者が、それぞれ僕を喚び出し、競わせる儀式――秘密裏に執り行う其れにおいて、私が術者の一人に選ばれたと云う。
私が……? 嘘ではないのか。
聞くに、其の儀式とやらは、陰陽師こそ術者として相応しい類の物であろう。私では分不相応……。それとも、数合わせとしての人選なのだろうか。儀式の贄としての役回りならば、誰でも構わないのだろう。
私を選んだ理由も、儀式の運営者及び運営機関についても開示されず、まるで夢想を聞いているかの様な心地だが。氏長者からの仰せなれば、私は従う他に無い身分で在った。
「――は、確と承りました」
――此の様に末法の世なれば、長生きは出来まいとは思っていたが。意外と短い人生になってしまう様だ。
私は未婚なれば後継ぎも不在、我が傍流は此処で断絶と為るのだろう。内密の儀式で有るからには、遺書を遺す事も許されぬ。即ち、私には父母に謝る機会も与えられぬと云う事だ。
儀式次第書を懐に、邸宅に戻る。其れからの数日は、巻物状の其れを肌身離さず持ち歩く羽目になった。
「英霊召喚」の儀式支度は指定の場に整えられて居り、私は其処へ赴き、「召喚の祝詞」を述べるだけ。其れで儀式の第一段階は為されると云う。
儀式支度を整えるのは陰陽寮の者の可能性が高いが、ならば召喚――儀式其の物も彼等が行えば良いと思うのだが。
儀式の第二段階は、喚び出した者を使役しての殺し合い、だそうだ。一組が残る迄争い合う決まりが有ると云うから、逃亡も助命も許されぬのだろう。
初めから頭数を揃える為の私であるならば、最後の一組に等、為れる見込みは到底無い。我が命は、恐らく其処で尽きよう。
其の様に諦観の気持ちも有れど、矢張緊張はする物である。職務をこなしつつ、殿舎で擦れ違う者が儀式関係者かも知れぬ、と疑心暗鬼に陥って居た。
***
決められた日、刻限に、都の外れへ赴く。途中迄は牛車を使ったが、家の者にも知られてはならぬ為、帰りを待たせる訳にもいかぬ。別用で会う者の牛車に乗せて貰うと嘘をつき、帰らせた。全く、斯様な気を遣う事にすら神経を使う。
儀式次第書に示された場へ歩くだけでも一苦労、余り土地勘の無い地域故、件の場を突き止めるのも一苦労。
其れでも、私は何かに導かれる様にして辿り着いた。
其の場には確かに、次第書に描かれた通りの準備が整えて在った。
――手早く済ませてしまおう。
辺りをぐるりと見渡し、人気の無い事を確認して松明を地面に差す。
次第書を取り出して最終確認をしてから、中央の陣に向かって祝詞を唱えていく。祝詞自体はそう長くも無く、覚えられる分量で有ったのは幸いだ。
此様に祝詞を唱えた処で何かが現れるとは、正直信じ難いのが我が内心である。仕方無かろう、私は陰陽師でも無ければ、信心深くも無い、只の楽士なのだから。
果たして。祝詞を唱えている最中から感じて居たが、周囲の風が中央の陣へと集まり行く――是は偶然では有るまい、と思える異常な様子で在った。
「――――ッッ、」
立って居られぬ、とすら感じる風の流れ。ふらつく身体をどうにか持ち堪えた時、陣の中心に人影が現れた。
「――――、」
不思議な事に、闇夜の中でも其の人影ははっきりと見えた。
異様な背丈である。7尺は有るだろうか。圧倒的な巨躯に、私は息を飲んだ。
「貴方が、拙僧のマスターか」
ゆるりと、良く通る優美な声が問い掛けてくる。其の図体から予想される様な威圧的な声では無かった。
「ます、たー?」
其れに対して私は、聞き馴染みの無い単語が引っ掛かってしまった。何とも間の抜けた声が出てしまう。
「嗚呼相済みませぬ。貴方が拙僧の主ですかな?」
「、え……ええ、はい……私、になります」
即座に丁寧に聞き返され、私は呆気に取られる。まさか、こうも通常の会話が可能だとは、思っても居なかった。
しかし次の瞬間には、彼は私がぎょっとする様な行動を取ってきたのである。
「フフ、貴方が、フフ、ンンンンン……!」
奇っ怪な笑い声を上げながら、此方へと歩み出して来る。未だ嘗て見えた事の無い程の巨躯、未だ正体の良く分からぬ者が、である。私の様な矮小な者は、思わず後ずさってしまう。
「ンンッ、是は失礼、我が召喚者との稀なる縁に悦びが洩れてしまった次第にて」
「は、はあ……」
彼は優美な仕草で頭を下げてみせる。やや仰々しいと云うか、態とらしさが感じられるのが少々気にはなるが……。
「――蘆屋道満殿……?」
「おや、拙僧を御存じで?」
近くで見ると、其の巨躯は時折見掛けた事の有る陰陽師殿に似ていた。見掛けるとは云っても、遠目から目にする程度である。藤原顕光様に雇われている、有名人として。
「それは、もう……高名な陰陽師殿ですから……」
其の高名な方が、何故喚び出されたのか? そもそも人物が喚び出されるもので有ったのか? てっきり獣か魑魅魍魎かと思って居たが……。其れも、何ら関係の無い私の元に、蘆屋道満殿が?
「フフフ……拙僧と貴方は浅からぬ縁……を結ぶ事に成るのです」
解らぬ事だらけだと云うのに、彼の言葉は更に私を惑わせて行く。
「此の拙僧は、云わば其の果てから来た存在にて。影法師とでも云いましょうか」
「? 左様ですか……つまり、真の蘆屋道満殿は貴方の他に居ると?」
「そう成りますなァ」
ううむ……相変わらず何一つ確かには解らぬが、そうと呑み込む他に無い。眼前の異様な風体の男は、私の僕とは云え、矢張こう圧力が有り、逆らえぬと云うか……。
「ささ、此の様な鄙びた処に等留まって居らず、貴方の邸に参りましょうぞ」
野犬等が出なくて良かった、と云いながら、彼は儀式の痕跡を消して行く。
蘆屋道満――陰陽師殿為れば、私よりもこういった儀式の類にも通じて居よう。
もしや、御本人の方も参加されて居るのでは。蘆屋道満殿、安倍晴明殿、陰陽師の双璧は何れも参加されて居ようし、どちらかが儀式の主――本命で有ると推測するのは容易い。
つらつらと物思いに耽りつつ、喚び出した蘆屋道満殿の後ろを歩く。
「――ふむ、主も御疲れでしょうし、此処で一つ拙僧の術を御覧に入れましょう」
「え――、――!?」
俄に道満殿に抱えられるや否や、彼を喚び出した時の様な風が再び吹く。目を閉じ、開けた次の瞬間には、私の邸宅の前に居た。
「是、は――」
目を瞬いてみても、其処には矢張見知った邸が有った。
『ンンンンン予想通りの反応、有り難き次第にて。ささ、貴方の御部屋へ参りましょう』
幻聴かと疑った。耳の中に直接注ぎ込まれた様な感覚に、思わず手を触れる。
『ンンッ耳が"ぞわぞわ"しますかな』
『……突然其処で喋るのは止めて下さい』
『仕方有りませぬ。何せ拙僧は余人には見えぬ故。此の様な念話をする他に手段は無く』
『分かって居ますが……』
愉快そう、なのだ。私の反応一つ一つが、蘆屋道満殿にとって。
私と彼の因縁も未だ解らなければ、蘆屋道満殿の様子も今一つ図り兼ねる。
こう、己の内で考えるだけで、相手に伝え様と云う気持ちが無ければ、道満殿には伝わらぬ様だ。御陰で斯様な思いも巡らせられると云う物である。
『此処が貴方の御部屋に御座いますか』
『狭くて申し訳無いですが』
巨躯を見上げて言うと、何の何のと矢張微笑を返される。
其の巨躯によって、先刻は軽々と塀を越える事が出来、誰に見咎められる事も無く自室に戻って来られたのだが。
『誰も居なくて良かったですが……まあ戻りが遅くて怪しまれて居るやもしれませんが』
『御心配召されるな。拙僧が幻術にて、如何様にも』
道満殿は相も変わらず薄笑いを浮かべて居る。不気味では有るが、喚び出してから今迄、頼りになり過ぎて居るので、不審がるのも悪くなってきている。曲がりなりにも私の僕――相方で在るのだから……。
『――さて、本題ですが』
『其の前に――』
疲労困憊で座す私に対して、道満殿は柱に札を貼って行く。
「結界を張りました故、此の室内では声を出しても他には聴こえませぬ」
「流石陰陽師……有難う御座います」
身形から奇人かと思いきや、細やかな気配りもしてこられ、此方は呆気に取られてばかりである。
「ンンッ主からの称賛こそ何よりの誉れ」
ううむ……時々不可解な歓声?を上げるのには、暫く慣れそうにない……。
気を取り直して、儀式次第書を見せながら、あらましを語る。末法の世を救う為の儀式に選ばれたが、私は一介の官人に過ぎぬ事も、入念に主張しておく。
「フフ、其れは其れは御疲れ様に御座いました」
「本当に、氏長者と直に対面するだけでも、生きた心地がしなかったですよ」
むむ、愚痴っぽくなってしまったな、と咳払いを一つ。
其れにしても、道満殿はただ座して居るだけなのに、此の圧迫感は……。いや、只単に彼の図体が大きいだけなのだろうが……。
狭き室内にて、至近距離で面と向かうと、妙な緊張が走ると云うか。何やら術でも用いて居るのでは、と構えてしまう所為か。
「是からは拙僧が貴方の手足と為りましょう。どうぞ、心行くままに御下命下され」
恭しく頭を下げる仕草は、貴族なのではと思える程に優美であった。
それにしても――――
ち、近い近い近い!
何故こんな、無意味に顔を寄せてくるのだ!
当の道満殿は何故か私の髪を弄んで居る。自身の方が余程長いものを御持ちであるのに。何故彼の毛先は丸まって居るので有ろうか。
――では無くて。
「ンンッ是は失礼。貴方を眼前にすると、つい構いたく為ってしまうものでして」
「意味が分かりません……」
「ンンー、其の塩対応も滾りますなァ」
ス、と身を引いてくれたものの、舌舐めずりをされて、ぞわと私の肌が粟立つ。
此の視線が私を惑わせるのだ。私を捕える様な、粘つく様な其れ。
うっかり目を合わせて仕舞うと、その瞳に雁字搦めにされそうになる。深い、底無し沼の様な漆黒な瞳を見続けて居ると、何時しか堕ちてしまいそう、とすら思える。
顔はやたらと整っている癖に……否、だからこそ余計に恐ろしいのだ。
「ンッフフフフ何やら深く御悩みの御様子。御安心召されよ。儀式の方は悉く拙僧に任されれば良い。我等の障害と為る物は全て取り除きましょう。貴方は勝利の末に叶える願望でも考えて居りなされ」
「願望……? 待って下さい、儀式は末法の世の救済の為である筈では」
「確かに主催者の意図は其れに御座います。が、勝利して聖杯を手にして仕舞えば此方の物。どの様に使うかは我等次第ですぞ」
「――、そんな事を、」
氏長者や御上に背いて、赦される筈が無い。耳元に落とされた誘惑の言に、私の身体は硬直していた。
そして其の目を、視線に堪え兼ねて見てしまった。
「――――っ、」
不味い。捕らわれ――
「フフ、冗談に御座いますよ。我が主は生真面目で居らっしゃる」
「……貴方の気質は何と無く把握出来てきました……が、冗談は程々にして下さい。何者が聞いて居らぬとも限らぬのですから……」
「ンッフフフフ、主の命令と有らば、拙僧、其の様に心掛けましょう」
又しても、恭しく頭を下げられる。高名な陰陽師殿に其の様に接せられると云うのは、何ともむず痒いものだ。
私の意向に対しては存外と素直なのだが、矢張素直と云うのも逆に怪しい、と出会って数刻で幾度と無く思ってしまう。
此の様な調子では、私の命が幾つ有っても足りぬのではないか。さては厄介なものを喚び出してしまったのではないか。儀式の争いで殺されるのが先か、此の蛇の様な瞳に捕らわれるのが先か、分かった物では無い。
私は密やかに溜息を吐き、寝具を出すのであった。
「御早う御座います。我が主」
「御早う御座います……夢では無かったのですね……処で、ずっと此処に?」
「ええ。主の睡眠中こそ、襲撃に備えなくては成りませぬ。ずぅっと、貴方を見守って居りました」
「もしや、是から、毎晩、此の様な?」
「当たり前に御座います」
満足そうな笑みを浮かべる道満殿に、私は朝一で溜息を吐くのであった。