守れぬ約束。 正直、契約したのが岡崎事務所じゃなかったら、酸いは味わわなくて良かったと思うし、芸能界の闇を知らずにいられたと、思う。
だけど、ユキさんに、ユキさんらしい歌を歌ってもらうためには、岡崎事務所が良かったし、芸能界の裏側をこれでもかってくらい見せられたのは、良かったと思う。
ユキさんを守る術を、沢山身につけられたから。
どんな事をしてでも、オレはユキさんを守りたくて、だから自然と身についた処世術で守った。
それなのに、これは何だ。
「……ユキ」
「言い訳はしないよ」
「いや、してよ!?」
「だって、見つかっちゃったものは見つかっちゃったものだし。もう大々的に『遺書』って書いてあるし、ていうか今生きてるんだから言い訳も何もないでしょ」
狭いワンルームの畳の上、オレたちの間にあるのは、綺麗な時で『遺書』と書かれた封筒。
それと、もう一つ。
「じゃあ聞くけど、もうひとつの『大神万理殺害計画』って何!? 超物騒なんだけど!!」
「万が置いてったの、よく考えたら腹が立ってきて殺そうかと思った」
「殺さないでよ!! 友達でしょ!?」
「だって、腹立つじゃない。友だちなのに黙って居なくなるなんてさ。信じられない」
封筒と一冊のノートを挟み、オレたちは揉めていた。この人、知らぬ間に殺人計画と自殺計画立ててた。しかもその証拠を捨てたならまだしも、捨てずに大事に引き出しの中に取っておいてあるとか本当にどういう事。オレがいなかったら実行するつもりだったって事か?
マジで一ヶ月通いつめて良かった……。
「わかった。バンさんの方は納得するとしよう」
「するんだ」
「しないと話が進まないからだよ! バンさん見つけても絶対に殺しちゃダメだからね!」
「んー、殴るくらいは?」
「しちゃダメ!!」
そっか、としょぼくれるユキに、いやそりゃダメでしょと思う。アイドルが手を出してるところ見つかったらそれこそ一発アウトだよ。オレも庇えきれなくなっちゃう。
「この殺人計画ノートは直ぐに捨てて。内容も忘れて」
「上手くできたのになぁ……」
「上手くできてたらダメなの!」
仕方ないな、とユキがゴミ箱にそのノートを突っ込んだ。よし。あとはゴミの日までにあのノートがゴミ箱から取り出されていないことを確認すればいい。
問題はもう一個の方。
「遺書は、もういらないんだよね?」
「何でそんなに弱気な感じなの」
「だって、遺書って! 死ぬ気じゃん!」
「万、もしかしたらもう死んでるのかと思って。後を追おうとした」
「やめて!?」
「ていうかさっきも言ったけど、今生きてるんだからいいじゃない。実行しなかったって事だよ」
「そういう問題じゃないよ! オレ、これ見つけた時心臓止まりそうだったんだから……」
たまたま、本当にたまたまだった。探し物をしてて、見つからなくていつもは開けない引き出しを開けたら、奥の方にきちんと仕舞われてた。
せめて雑に入れておいてくれたらまだ良かったんだけどそこは綺麗好きなユキらしく、本当に数ヶ月前のもの? と疑いたくなるほど、きちんと丁寧に綺麗な状態で入ってて、指先が冷たくなった。
ユキさんがいなくなったら、オレは。
「大丈夫だよ」
その声とビリビリと紙が破られる音に顔を上げると、ユキは『遺書』と書かれていた封筒をビリビリに破っていた。
「モモがいる限り、死んだりしないよ」
「……ほんとに?」
「本当だ。約束する」
封筒を破りきったユキはゆっくりとオレの前に座り、小指を立てた状態の右手を目の前に差し出した。指切りげんまんのあれだ。
「だから、モモ。絶対に僕の前からいなくなっちゃダメだよ」
「……うん。当然!」
五年。五年経ったらいなくなるつもりのクセに、オレはその小指に自分の右手の小指を絡めた。破られる約束だと、わかっているのに。
だけど少なくとも、これでも最低でも五年はユキを守るというオレの最大の使命と存在意義は全うされる。その頃には有名になれて、バンさんが見つかっている筈だから問題ないだろう。
「へへ。約束だよ、ユキ!」
ユキも、ユキの心も全部護ってみせる。オレの小指に絡められた細い小指を見つめながら、改めてそう思った。
終