その声は、 その声は、光のようだった。
***
その人との出会いは、焼け野原になった故郷と呼んでもいいのか分からないほど荒れ果てた土地の、遺体がゴロンゴロン転がっているような場所だった。
「……ひとり?」
そう尋ねてくる声は無機質で、あまりに冷淡で、さっき頭から被った誰かの血よりも冷たいその声が気持ち悪くて、無視をした。
無視をすれば大抵の奴は何処かへ行くか、殴りかかって来て気が済むまで殴ったら去っていく。そう思っていた。
しかし、何故かその人は殴ることもせずに居座り続けて、あろう事か話しかけ続けてきて、挙句の果てには近づいてきて「僕と一緒に来る?」なんて無機質な声で聞いてきた。
──なに、このひと。
そんな、その人の事が、まったくわからなかった。なんで話しかけてくるのか。なんで一緒に来るなんて言うのか。なんで、左の肩から先がなくて、血がダラダラと流れているのに──痛いはずなのに、それを放ったまま自分なんかに構ってくるのか。
何もかもわからなかった。
ただ、「罪滅ぼしに付き合ってやるかくらいでもいい。僕と一緒に来ないか?」と言う、最初は質問だった言葉が“その人自身の希望”に変えられてつむぎ出されるのと同時に、差し出された酷く手が震えていたことだけは、わかった。
そして、その手を握り返さずにはいられなかったことも。
***
その人と再会したのはそれから少し経った頃だった。
謎の白い部屋に入れられて、知らない人によく分からない液体をの飲まされて、拾ったあの人は全然現れなくて捨てられたのかなと思った頃、ひょっこりと顔を出してきた。
「……シャオくん」
そう、硬い笑顔と硬い声で話しかけてきたその人は、何故かフラフラとしていた。
──調子、わるいのかな。
と思っていると逆に「調子はどう?」と聞かれて、咄嗟に「いい」と答えた。実際、何でかはよく分からないけど、ここに来てから体の調子は良かった。空腹にうなされることも無く、フカフカのベッドで眠る毎日。何だか、前より元気になった気がする。
「そう」
それから、いくつか質問をして、自分もよくわからないことを質問して、何かよく分からないことを言って、その人は頭に触れた。
「僕が、色んなものを食べさせてあげる。色んなことを、教えてあげる」
そう言う声は、初めて会ったあの日よりはほんの少しだけ温度があって、それに少しだけ驚いていると、その人はその場に座り込んだ。
「……どうしたの?」
「うーん、ちょっと調子が……」
──やっぱり、調子悪いんだ。
調子が悪いのに、何で自分のところになんて来たんだろう。……やっぱり、この人は少し気持ち悪い。
そう思いながらどうしようかと考えていると、怒鳴り声とともにやって来たいつもスープを持ってくる人に連れられてその人は何処かへ行ってしまった。
***
それからまたしばらく経った頃、ようやく白い部屋から出されて、その人に連れられてその人の家だという場所にやって来た。
あれからも何度か部屋を抜けては自分のところにやって来て、医者と呼ばれるスープを持ってきてくれる人に怒られながら連れ去られたその人は「ここがこれからの君の家だよ」と言った。
「君と家族になる手続きは済んでいる。君と僕は今日から家族だ」
そう言う声は少しだけ跳ねていて、温度も低いけれどあるような気がした。─なんだ。そんな声も出せるんだ。と思っているとその人はしゃがんで、にっこりと笑った。
「僕のことはロイエでも、お父さんでも好きに呼んでくれればいいから」
やはり、声が弾んでいる。何か嬉しいことでもあったんだろうか。
よく分からないけれど、合わせるのは割と得意だった。
「ロイエ」と覚束無い舌を使って呼ぶと、その人──ロイエは嬉しそうに笑った。
***
「ねえ、シャオくん。お風呂、入らない?」
そう言う声は何だか何かを楽しみにしているような声だった。少しだけ温度があるその声に、期待をしたけれど水の音がして怖くて逃げ出した。でもロイエはそんな自分を捕まえて、お風呂というものと、温かいという感覚を教えてくれた。
「ねえ、シャオくん。これ初めて食べるでしょ? 食べてみない?」
そう言う声は少し遠慮がちで、でも温度はあった。相変わらず、低いけれど、冷たくない。だから、それに頷いて食べてみたら美味しくて、直ぐに好きになった。好きってこんな感じなんだって思った。
「ねえ、シャオくん。これやってみない?」
「ねえ、シャオくん。これどう思う?」
「ねえ、シャオ」
「シャオ〜」
話しかけられる度に、日が経つ事に、その声の温度は段々と変わっていった。冬の日の水溜まりみたいな冷たさから、夏の水溜まりになって、ぬるめのお湯みたいになって。
その温度の変化が面白くて、いつからか話しかけられるのが楽しみになって、自分からも「ねえ」と話しかけるようになった。
「父さん」と初めて呼んだ時には、お風呂みたいな声を、トランポリンみたいに弾ませた。何だこの人。年齢に似合わないななんて思いながら、喜びが百パーセントで伝わってくる声に、少しだけ笑った。
***
「シャオ! シャオ!」
あぁ、ほら。また聞こえてくる。近いようで遠いどこかから聞こえてくるような、声。初めて聞くような声だけれど、何処か懐かしさもあるような声だ。だから、こんな走馬灯みたいなことを考えてしまったのだろうか、と思う。
──これは、そうだな。
真っ暗で何も見えない視界が、冷たい体が、温かさに包まれる。焦っているからか少し熱めだけれど、俺のことが大事だと伝えてくるような、そんな声。
例えるなら、そうだな。
凄く温かい、光のような、声。
いつも、俺の事を導いてくれた父さんにピッタリの、声、だ。
終